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オークをしばく先輩

「あー、疲れた……」


 その日も会社からまっすぐ家に帰ってきた僕は、部屋着に着替えるや否や、ごろっと寝転んだ。ただ一時間ほど電車に乗っていただけなのに、何をするのも面倒くさい。確か買い置きのうどんがあったが、食べることすら億劫だ。


 それならせめて先に風呂に入ればいいのに、スマホを取り出してついつい見てしまう。もはやクセだ。指先だけで楽しめる娯楽は、ひどく中毒性があった。


 いつも利用する動画サイト、そのずらりと並ぶサムネイルを見て、僕は思わず手を止めた。


「……これ、いと先輩じゃないか?」


 間違いなく、知った顔が動画の中にいた。他人の空似にしては、左目元の泣きぼくろの位置まで一緒である。まあ、美人で活発な先輩だから、動画投稿ぐらい趣味でやっていてもおかしくはないが。


「趣味って言ってたマラソン動画かな? それとも 食べ歩きとか?」


 動画タイトルは、そのどちらでもなかった。「定例、異世界ダンジョン攻略中!(2)」と大きな文字が躍っている。ゲームの実況動画のように見えた。


 先輩にこんな趣味があったとは。ファンとして把握していなかったのは痛恨の極み。僕はさっそく確認すべく、やや緊張しながらサムネイルをクリックする。


 ちょうどライブ配信中だった。開始待機の画面が切り替わると、なぜか魔法使いみたいな白くて長いローブをまとった先輩が現れる。


「じゃあ、今日も配信やってくよ! もう千五百人も集まってくれてるなんて、嬉しいねえ!」


 その背景も奇妙だった。薄暗い洞窟の中のように、岩肌が延々続いて、そこには薄くコケが積もっている。それなのに、どうやら所々に建造物が見えるのだ。洞窟の中に家を建てるような人間がいたのだろうか。


 疑問が次々湧いてくる奇妙な空間。しかしそこでも、先輩は元気にガッツポーズをしていた。ゲーム背景の合成には見えない。


「なんなんだ……? 体験型のアトラクションか……?」


 僕が困惑している間にも、先輩はコメントにいちいち挨拶を返している。まあ、聞いていればわかるか、と僕はしばし画面を見つめた。


「『親父のハゲ』さん、いつもコメントや投げ銭ありがとう。そいっ!」


 先輩は笑顔で礼を言うと同時に、おもむろに背後から襲いかかってきた豚のような怪物を殴り倒した。先輩の倍は横幅がある怪物だったのだが、拳を顎下にくらってしまいなすすべもなく倒れている。


「今日最初の獲物はオークでしたっ」


 怪物は起き上がってこない。


〝ワンパン!〟

〝ワンパン聖女!〟


 それと反対に、コメント欄は激しく盛り上がっている。……なんで?






「では、奥に進みます。シャーロット、防御魔法をかけるからこっちに立って」


 先輩が言うと、画面にもう一人フレームインしてきた。黒髪クールな美人である先輩とは対象のような、ふわふわの金髪で小柄なかわいらしい女性である。


〝シャルたん!〟

〝シャルたんキタコレ〟


 コメントがまた盛り上がっているのも理解できた。……しかし、魔法とは?


 呆然としている僕をおいて、先輩は胸の前で両手を組む。


「癒やしの女神……ア、じゃなくてイ、じゃなくて……」

「エーテュウスです、聖女様」

「うん、そのなんたらよ。可憐な穢れなき乙女に祝福を与えたまえ、乙女が傷つかぬよう聖なる帳を与えたまえ。ホーリーバリア!」


 だいぶグダグダではあったが、女性の足下に魔方陣が出現した。陣から放たれていた水色の光が女性にうつり、そしてかき消える。ハリウッド真っ青の特殊効果だが、今の動画ってこんなことまでできるのか。


 補助が終わると、先輩とシャーロットさんは奥へ進んでいく。すると、前方をグミのような赤いぶよぶよした物体が塞いでいるのが見えた。


「おやおや、スライムですねえ。RPGの雑魚として定番ですが、実は結構頑丈で強

いんですよ」


 先輩が解説する。その間に、シャーロットさんがじりじりとスライムとの距離をつめていった。彼女の手には、よく研がれたであろう細身の剣が握られている。


「はっ!」


 気迫と共に、一番手前のスライムが真っ二つに斬られた。スライムは悲鳴のかわりに、内臓をぶちまけてじゅうじゅうと気味の悪い音をたてる。死骸からは真っ赤な煙

がのぼっていた。


「毒持ちスライムです! 補助魔法がかかっていない者は下がりなさい!」


 シャーロットさんが後方に向けて叫ぶ。画面には映っていないが、他にも誰かいるようだ。どれだけ手間のかかった撮影なのだろう。


〝あ、聖女さま食われた〟

〝スライムまみれ聖女〟

〝地味にエロい〟


 僕が画面の外に気をとられているうちに、コメントが物騒なことになっていた。


「食われたって……そんな……うわああああ!!」


 画面中央で、うねうねとスライムが積み重なっている。その透けた体の向こうに、先輩の姿が見えた。完全にのしかかられていて、中でさっきの赤い煙が揺らめいているのも見える。


「なんで、いきなり、ホラーに」


 僕は完全に恐れおののいていたが、コメント欄は歓喜であふれかえっていた。


〝いつものいっとく?〟

〝無敵の聖女を見せてくれ-!〟


 コメントは高速で流れ続け、もはや一つ一つを目視するのも辛いほどになっている。僕だけがドン引きしていた。


「ここから何ができるっていうんだよ……!」


 戸惑う僕の目前で、急になにか赤い物が動いた。──それが、飛び散ったスライムの残骸だと脳が理解するのに、数秒を要する。


「ふはは、相変わらずやわいスライムだこと!!」



 先輩が内部から腕を伸ばし、スライムを貫通したかと思うとそのまま引きちぎっている。そして傷が大きくなったところで、一気に手刀の形にして両断した。


「そ、そんなことしたら毒が……」

「はい、いきますよお。癒やしの女神なんとやら、洞にたちこめし息を焦がす邪なるものを払え、聖なる風よ吹け! テラ・ストーム!!」


 先輩が叫ぶなり、さっきと同じ水色の光が、風の轟音とともに洞窟内を駆け巡った。小柄なシャーロットは飛ばされそうになってとっさに身を伏せ、奥の方からも悲鳴が聞こえてくる。


〝きたきたー!! 派手な魔法!〟

〝シャルたんにサポートいれといて、結局自分で倒しちゃういつものやつ〟

〝痺れるねえ~〟


「いえーい! 毒がなんぼのもんじゃーい!!」


 先輩が拳を天に突き上げる。そして犬が水滴を払うように、ぶるぶるっと身震いして、スライムの残骸をはじきとばした。


「さすが聖女様、スライムの毒など寄せ付けないのですね」

「シャーロット様、もっと褒めてくれてもいいんですよ? あ、コメントと投げ銭もありがとう。質問にも答えるから、どしどし書き込んでね!」


 コメント欄は質問で溢れ、後に歓声や投げ銭が飛び交う。先輩がその対応をしているうちに、一時間の配信は終わった。


「…………なにこれ?」


 僕は結局最後まで見たのだが、詳しいことはなにも分からなかった。どうして、先輩があんな格好をして洞窟の中にいるのか。あのシャーロットという少女や、リアルなモンスターはどこから出てきたのか。


 頭の中をとりあえずすっきりさせるために、僕は風呂を入れる準備をし始めた。





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