それでもまた、陽は登る
人生にはどうにもならないことがある。
災害や、事故、誰かの悪意に飲み込まれる。
病気にかかったり、怪我をしたり、そんな人生における障害は誰にでも起こり得る極々当たり前のことだ。
でも、大抵の人はそんな当たり前が自分に起きるはずがないと思って生きている。
自分だってそうだった。
ノンフィクションで送られる闘病記を読んでもやっぱり人ごとで、漫画やテレビで描かれる悲劇の登場人物を見ても現実感がなくて、海外で起きている戦争は所詮は他所の出来事で。
それは正常性バイアスで、人をストレスや不安から守るための防衛反応なんだろう。
でも、それは確かに世界には潜んでいて不意に現れるのは事実なんだ。
さて、そんな風に私の前にひょっこりと不意に現れた病気について書いていこうかと思う。
このエッセイに何か意味があるのかと問われればよくわからない。
まだ心の整理がつかない自分の吐き出し口なのかもしれないし、病気との日々を記して日記のようにしたいだけかもしれないし、単純に何かを残さなければならないと衝動に駆られているだけかもしれない。
ただ、一つ言いたいのは前述した通り"人生は何が起こるかわからないのだぞ! 障害は突然やってくるんだからな!"と皆を不安にさせたい訳ではない。
人は遅かれ、早かれ、必ず終わりがくる。
それは、特別でもなんでもなく当たり前のこと。どうにもならないこと。
過程はどうあれ、人として唯一の平等とも言える終着点。
要するに、人生は有限なんだ。
そんな大事な大事な時間達を、皆大切にしてほしいと思いながら……というよりも、大切にしなければいけないのだと自分に言い聞かせながら書いていく。
何が起きようと、何を抱えようと、生きている限りはまた陽は登る。
あと何回登る朝陽が見れるかなんてわからないけれど、一日、一日を大切に生きてかねばと心に刻みながら駄文を連ねていこうかと思う。
ということで、ご興味があれば、お付き合い下さいませ。
ちなみに、ここまで大袈裟に書いたけど今のところ余命がどーのとかの状態ではないので悪しからず。
少し珍しめの病気なのでネタにせざるを得ないよね! 物書きとして!






