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瞬間移動

作者: 瀬口利幸

幼馴染みの井原が、瞬間移動できるおもちゃの車を手に入れた、と言って僕を呼び出した。

井原の家に行ってみると、それは本当だった。

ただし、瞬間移動できる距離は、ちょうど地球一周分と決まっていて、瞬間移動しても、元の場所に戻って来るだけだった。

それでも、井原は、試行錯誤しながら、瞬間移動を楽しみ始めた。


日曜日の昼過ぎ。

「凄い物手に入れたから、見に来いよ」

幼馴染みの井原から連絡を貰った僕は、井原の家に向かった。



家に着くと、井原は、玄関の前で待ち構えていた。

「何だよ ? 凄い物って」

「これだよ」

井原は、足元にある、子供が乗るおもちゃの車を指さした。

「何が凄いんだよ ? ただの、おもちゃの車だろ」

「それが、ただの、おもちゃの車じゃないんだよ」

「じゃあ、何なんだよ」

「この車に乗ると、瞬間移動が出来るらしいんだ」

「瞬間移動 !?」

「ああ」

「出来る訳ないだろ。こんなもんで」

「それは、試してみないと分からないだろ」

「絶対、出来ないって・・・どこで手に入れたんだよ ?」

「フリマアプリ」

「フリマアプリ !? ・・・いくらで ?」

「300円」

「安っ ! 絶対、騙されてるって」

「そうかもしれないけど、まあ、安いからいいかと思って・・・送料は6000円掛ったけど」

「らしいって事は、まだ、試してないんだろ ?」

「ああ。今日の午前中に届いたばっかりだから・・・今から試してみるから、見ててくれよ」

と言って、井原は、おもちゃの車に窮屈そうに跨った。

「本当に試すのか ?」

「ああ。この赤いボタンを押したら、瞬間移動するらしいんだよ」

井原は、ハンドルの中央にある赤いボタンを指さした。

「距離は、どうやって設定するんだ ?」

「距離 ?」

「移動する距離だよ」

「ああ、そうか・・・そういえば、説明書に書いてなかったな・・・それらしいボタンも無いし・・・」

二人で探してみたが、やはり、赤いボタン以外は何も無かった。

「まあ、取り敢えず押してみるよ」

そう言うと、井原は、何の躊躇も無く赤いボタンを押そうとした。

「ちょっと待てよ !」

僕は、慌てて、その手を掴んだ。

「何だよ ?」

「大丈夫なのか ? 押して」

「大丈夫って ?」

「・・・変な事が起きたりとか・・・」

「大丈夫だろ・・・そもそも、信じてないんだろ ? お前」

「そりゃ、まあ、そうだけど・・・」

「じゃあ、押すぞ・・・スイッチ、ON !」

掛け声と共に、井原は、赤いボタンを押した。

すると、ウィーン !!! という物凄いモーター音が、おもちゃの車からし出した。

そして、次の瞬間。

シュッ。

僅かな音を残して、おもちゃの車と共に、井原が消えた。

「あっ !!!」

と驚いたのも束の間、井原は、すぐに、全く同じ場所に姿を現した。

辺りを見回す井原。

その視線が、僕で止まった。

「お前も、瞬間移動できるのか ?」

「そんな訳ないだろ」

「じゃあ、ここは ?」

「お前ん家だよ」

「だよな・・・やっぱり駄目だったか・・・まあ、出来る訳ないよな、瞬間移動なんて・・・」

「そんな事ないよ」

「えっ ?」

「一瞬、消えたんだよ。お前」

「一瞬消えた ?」

「ああ・・・本当に一瞬だけど、確かに消えた」

「本当に !?」

「ああ」

「そうか・・・俺も、物凄いスピードで移動した感じはするんだよな・・・でも、元居た場所に戻ってるし・・・どういう事なんだろう・・・」

井原は、ポケットから折り畳んだ紙を取り出して広げた。

「何だよ ? それ」

僕は、その紙を覗き込む。

「この車の説明書だよ」

説明書には、細かい字でびっしりと文章が書き込まれていた。

その中の注意事項を読んでいると、最後に驚くべき内容が記されていた。

「おい ! これ、見ろよ !」

僕は、その部分を指差した。

そこには・・・

『ただし、移動できる距離は、ちょうど地球一周分のみです』

と書かれていた。

「えー !!」

驚いた井原は、説明書に顔を近付けて、もう一度、しっかりと確認した。

「 ・・・なんだよ、地球一周分しか移動できないのか・・・」

井原は、少し落胆した様子だった。

「だから、元居た場所に現れたんだな」

「まあ、安かったからしょうがないか・・・」

「そうだな」

「それに、まがりなりにも、世界一周旅行は出来た訳だから・・・6300円で世界一周旅行が出来たと思えば安いもんか」

「瞬間移動を旅行と捉えるか ? 速過ぎて、ぜんぜん楽しめてないだろ」

「弾丸ツアーと考えれば・・・」

「弾丸ツアーって、弾丸みたいに速いスピードで旅行するっていう意味じゃないけどな・・・あっ ! ちょっと待てよ・・・」

僕は、ある事を思い出した。

「どうしたんだ ?」

「前、テレビか何かで見たんだけど・・・地球って真ん丸じゃなくて、南北より東西の方向の方がちょっと長いって言ってたような気が・・・」

「えっ ! 本当か ?」

「ああ・・・確か・・・だとしたら・・・」

「何か、意味があるのか ?」

「方角によっては距離が違う分、元居た場所じゃなくて、別の場所に瞬間移動できるんじゃないか ?」

「そうかな・・・」

「まあ、分からないけど・・・さっきは東向きに移動しただろ。だから、今度は北向きに移動してみれば、ひょっとしたら・・・」

「じゃあ、試してみるよ」

井原は、おもちゃの車の向きを北向きに変えた。

そして、赤いボタンを押そうとしたが、何かに気付いた様にハッとして、その手を止めた。

「どうしたんだよ ?」

「俺、パスポート持ってない !」

「パスポート ?」

「ああ。パスポート持ってないと、不法入国とかで捕まるだろ」

「捕まる訳ないだろ」

「何でだよ」

「一瞬で通過するんだから、誰も気付かないって」

「そんな事、分からないだろ」

「現に、さっきだって、捕まってないし」

「そうか・・・でも、もしかしたら、今頃、国際指名手配されてるかも・・・」

「大丈夫だって。お前だって、すれ違った人の顔なんて見えてないだろ」

「ああ」

「だったら、向こうだって、お前の顔なんて見えてないよ」

「それもそうか」

「全く、変な所には神経質だな。赤いボタンは躊躇なく押した癖に」

「それは・・・まさか、本当に瞬間移動できるなんて思ってなかったし・・・」

「とにかく、大丈夫だから」

「分かったよ・・・じゃあ、押すぞ」

と言って、井原は、赤いボタンを押した。

すると、さっきと同じ様に、おもちゃの車に乗った井原が消えた。

そして、すぐに、同じ場所に現れた。

辺りを見回す井原。

「やっぱり、駄目か・・・」

僕と目が合い落胆した井原は、

ハクション !

と、大きなくしゃみをした。

「どっち向きでも、地球一周分しか移動できないんだな」

「そうだな」

頷いた井原は、

ハクション !

と、また、くしゃみをした。

「大丈夫か ?」

「・・・北極と南極と赤道を交互に通過したから、寒暖差が凄くて・・・」

「ああ、そうか」

「北向きに移動する時は、上着で体温調整しなきゃ駄目だな」

「無理だろ。瞬間的に上着を着たり脱いだりするのは」

「・・・ペンギン、可愛かったなあ・・・」

唐突に、井原が、ポツリと呟いた。

「ペンギン ?」

「ああ」

「ひょっとして、南極のペンギン ?」

「ああ」

「見えたのか !?」

「ああ。なんとなくだけど・・・スピードに慣れたのかな」

「慣れるの早過ぎだろ。どんな動体視力してんだよ」

「まあ、なんとなくだけどな」

「じゃあ、せっかくだから、続けて瞬間移動してみろよ。もっとスピードに慣れて楽しめるかもしれないぞ」

「そうだな・・・じゃあ、もう一回、東向きに行ってみるよ。最初は楽しめなかったから」

と言って、井原は赤いボタンを押し、それまでと同じ様に消えて、すぐに現れた。

しかし、それまでとは違い、井原は、料理が乗った皿を手にしていた。

「何だよ ? それ」

「スペインで、美味しそうなパエリアの店があったから・・・」

確かに、皿には、美味しそうなパエリアが盛り付けられていた。

「他のお客さんの料理、盗んで来たのか ?」

「違うよ。ちゃんと注文したよ」

「注文 !?」

「ああ」

「あんな短時間で ?」

「ああ」

「言葉は ?」

「翻訳アプリで」

「あんな短時間に翻訳アプリで ?」

「ああ」

「あんな短時間に翻訳アプリで注文して、料理が出て来て、それを持って帰って来たって ?」

「ああ・・・この店で一番早く出来る料理をお願いしますって注文したら、これが出て来たんだよ」

「時間が無い時にする注文の仕方だけど・・・いや、お前も凄いけど、お店の人が凄いな・・・結構、時間が掛かる料理だと思うけど・・・」

「さすがに、食べる時間は無かったから、持って帰って来たけど」

「注文して料理が出てくる時間はあったんだから、食べる時間もあっただろ」

「食べるか ?」

井原が、皿を僕に差し出した。

「ああ・・・それにしても、何であんな短時間で、こんな事できるんだよ」

僕は、皿を受け取りながら聞いた。

「・・・まあ、スピードに慣れたから・・・かな」

「慣れで、どうにか出来る事じゃないだろ」

「今度は、南東の方に行って来ようかな」

「また、行くのか ?」

「ああ。6300円の元は取らないとな」

「もう、充分取れてるだろ」

「じゃあ、行って来るよ」

そう言い残し、井原は消え、すぐに現れた。

すると、今度は、井原の後ろに、小麦色の肌の金髪女性が乗っていた。

その金髪女性は、僕と目が合うと、

「ハーイ !」

と言って、にっこりと微笑んだ。

「誰だよ !? この娘」

「ブラジル人のキャサリン」

「キャサリン ?」

「可愛かったから、ナンパしたらOKしてくれて・・・で、ドライブに誘ったんだよ」

「ドライブって言うか ? ・・・車は車だけど・・・」

「で、結婚する事になったから」

「結婚 !?」

「ああ」

「この短時間の間に !?」

「ああ・・・ブラジルからドライブ始めて、ロシアの辺でプロポーズしたらOKしてくれたから」

「この短時間の間に、結婚を決めたのか !?」

「ああ・・・まあ、交際期間が短過ぎるって言う人もいるかもしれないけど、長年付き合って結婚しても、離婚する夫婦は多いからな」

「短いにも程があるだろ。交際期間、一秒未満だぞ」

「という訳で、これから、キャサリンの両親に挨拶に行って来るよ」

「展開が早過ぎるって」

「じゃあな」

と言って、井原とキャサリンを乗せた車は消えた。

そして、すぐに、井原だけが乗った状態で現れた。

「キャサリンは ?」

「・・・ブラジルに帰った」

井原は、酷く落ち込んだ様子で答えた。

「ふーん・・・で、どうなった ? 結婚は」

井原の様子を見れば答えは明白だったけど、一応、聞いてみた。

「振られた・・・」

「振られた ?」

「ああ・・・ブラジルに帰る途中で・・・冷静になってみたら、やっぱり、あなたとは結婚できないって・・・」

「よく冷静になれたな。そんな短時間で」

「マリッジブルーになったのかな ?」

「そんな短時間でならねえよ」

「こういうの、成田離婚って言うんだろ ?」

「いや、まだ結婚もしてないし、成田も使ってないし」

「はあー・・・」

井原は、大きく溜息を付いた。

「よく落ち込めるな」

「そりゃ、落ち込むだろ。結婚を約束した相手に振られたんだぞ」

「出会ったのは、数分前だろ」

「だから、時間じゃないんだよ、こういうのは・・・俺とキャサリンの間には濃密な思い出が・・・」

「あるのか ?」

「・・・不思議と思い出せないけど・・・」

「だろうな・・・まあ、これ食って、元気だせよ」

僕は、まだ手を付けていなかったパエリアを差し出した。

井原は、それを受け取り一口食べると、

「美味いな !」

と言って、満面の笑顔になった。

そして、その後も、

「美味いな !」

を連発し、パエリアから得たカロリーを漏れなく笑顔に変えながら完食した。

「美味かったか ?」

「ああ。最高だったよ !」

「キャサリンの事は忘れられたみたいだな」

「キャサリン ?」

「完全に忘れてる・・・」

「お前、誰だよ ?」

「忘れ過ぎだろ・・・お前の幼馴染みだよ」

「ああ、そうか・・・」

「食べ終えたんなら、皿、返しに行った方がいいんじゃないか ?」

「そうだな・・・じゃあ、行って来るよ」

車の向きを東向きに変えてボタンを押すと、井原は消え、すぐに現れた。

すると、それを待っていたかのように、どこからともなく、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

何があったんだろう、と思っていると、パトカーの音はどんどん近づいて来て、井原の家の前で止まった。

中から二人の警察官が下りて来て、井原の前で立ち止まった。

「井原誠二さんですね ?」

一人の警察官が、井原に話し掛けた。

「はい・・・」

「これ、あなたですよね」

警察官は、一枚の紙を井原に差し出した。

僕が、その紙を覗き込むと、おもちゃの車に跨った井原の写真が印刷されていた。

「何ですか ? それ」

井原が訪ねると、

「オービスの写真です」

「オービス ?」

「車がスピード違反した時に、写真を撮影する機械です」

「ああ、あれか・・・えーっ !!?・・・スピード違反で、写真撮られたっていう事ですか ?」

「ええ。あなた、今日の午後二時三十五分頃、東名高速を通りましたよね」

その時間で、ここから東名高速を通ったという事は、最初に東向きに瞬間移動した時だろうか。

皿も持っていないから、多分、その時だろう。

「いや・・・通ったっていう認識は無いんですけど・・・」

「通ってるんです。こうやって、きっちり写真に撮られてるんですから」

「いや、まあ・・・通ったんですかね・・・」

「それにしても、時速二億一千万キロオーバーって、どういう改造してるんですか ?」

「時速二億一千万キロオーバー !!?」

「ええ」

「改造っていうか・・・」

「それに、ナンバーも付けてないし」

「よく分かりましたね。これが井原だって。ナンバーも付けてないのに」

僕が口を挟んだ。

「顔認証で、運転免許証の写真と照合したんです」

「ああ、そうか」

「取り敢えず、署まで御同行願います」

そう言って、警察官は、井原の腕を掴んで、パトカーに引っ張って行った。

「ちょっと待ってください !! 改造とかじゃなくて、瞬間移動してただけなんです !」

井原は、必死に抵抗したが、

「瞬間移動 ? 何を訳の分からない事を・・・」

警察官には、聞く耳を持ってもらえなかった。

間もなく、井原を乗せたパトカーが走り出した。

「オービスって、凄いな・・・」






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