大願成就ならず! ~ 小雪だるまの目を入れる
冬の衆議院選挙、幹事長の塩見彰は、思わぬ逆風にさらされていた。
他の候補の選挙応援も取りやめ、地元に張り付く。
しかし、情勢は、動かない。
ギリギリの選挙戦を戦う塩見の前には、孫の小雪が眠っていた。
わたしは、しおみ こゆき。
わたしの、おじいちゃんは、かんじちょうを しています。
いつもは、優しいおじいちゃんですが、いまは、せんきょで、おおいそがし。
そんな時、おじいちゃんの仕事場で、片目のだるまを見つけました。
かわいそう。
おめめが 1個しかないなんて。
わたしは、持っていた緑の鉛筆で、だるまの目を書いてあげました。
★
刻々と変わる情勢。
まさか 最終日に地元に入ると思わなかった。
百観党の幹事長、塩見彰は、そのダルマのような体で 選挙カーに乗り込んだ。
幹事長など党幹部は、通常、接戦区の応援に入る。
しかし、今度の選挙は 違った。
もちろん、序盤は、各候補の選挙区に応援として入っていた。
しかし、厳しい世論調査が出たのだ。
一転して 地元に舞い戻り、遊説を行うしかなかった。
ポスターが不評であれば 選挙ポスターを刷り直したし、十年ぶりにミカン箱に乗って演説もした。
しかし、情勢は変わらない。
投票日前日、土曜の20時。
低気圧が通過し、冬型の気圧配置となったせいか、強い寒気が流れ込んでいる。
最後の街頭演説を終え、選挙カーに乗り込もうとした時には、雪が舞い始めていた。
★
きょうは、とうひょうび。
おじいちゃんは、きょうも 遊んでくれません。
しかたないので、だるまさんと 遊ぶことにしました。
だるまさんが ころんだっ。
押してあげると、だるまさんは、ころんだあと、ゆっくり おきあがります。
ずっと あそんでいたので、こゆきは、とても 眠くなってしましました。
★
秘書が慌てて飛び込んできた。
先生っ、ダルマに目が入っていますっ。
秘書が言うには、選挙のダルマに目が書かれていたらしい。
吉兆だ。
今日の勝利は間違いないっ。
秘書には、そう答えたが、出口調査から見る情勢は良くない。
それを知っているのだろう。
集まってくる後援会のメンバーの目にも、力が無い。
覚悟をしておいた方が良いかもしれない。
★
午前0時30分。開票は79%を超えた。
当確が出たようだ。
現職の幹事長が、小選挙区で落選するのは、初めてです。
テレビの音が、遠くに聞こえる。
初めての落選に、気持ちの整理がつかない。
部屋をぐるりと見渡す。
ソファーに、孫の小雪が眠っていた。
選挙の忙しさに、両親が、連れて帰るのを忘れたのだろう。
ふわりと毛布を掛け、頭を撫でると、小雪の唇が小さく動いた。
だるまさんが ころんだっ
そうだっ。転んでも 起き上がるのが ダルマだっ。
塩見は、足に力を込めて立ち上がり、小さく うなずいた。
文字数(空白・改行含まない):1000字
こちらは『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』用、超短編小説です。