飼い主の責任
何となく書いてみました
「ただいま」
1日の仕事が終わり自宅の扉を開ける。
この時間が私にとって何よりも好きなのだ。
「おかえりなさいあなた」
愛する妻と、その胸に抱かれている本当の我が子が玄関で私を待っていてくれた。
40歳を過ぎ、ようやく手に入れた本当の家族。
何て愛おしいのだろう。
家に入り、妻と娘の頬にキスをする。
中年男の私には照れ臭いが、一回り以上年下の妻は当然と感じていた。
「弁護士から手紙が来てるわよ」
「手紙?」
「ええ」
妻は娘をあやしながら軽く言った。
弁護士からの手紙、中身は私の別れた家族からの物。
弁護士から手紙を預かったと連絡を受けたので、ここに転送するよう頼んだのだ。
この事は妻も知っている。
彼女は私が5年前に離婚をした原因を知っている。
離婚調停で悩み、苦しんでいた私を励まし、救ってくれた、当時は私の部下だったから当然だ、
「そうか、後で読むよ」
「分かりました」
素っ気ない態度を崩さないで言う。
自分でも意外だったのは無理なく言えた事にだった。
「どれ」
食事の後、娘の風呂を妻に任せ、書斎で手紙の封を開ける。
中からもう一通の封筒が出てきた。
そこには私の名前が書いてあったが、誰の字だ?
差出人の名前を見ても...ああ、娘を名乗っていた人か。
ようやく1人の名前を思い出した。
私はこの人を18年飼っていたんだ、血の繋がらない人の娘を...
「ほう」
手紙の中身は私に対する謝罪から始まっていた。
前妻と離婚の際、私を罵倒した事。
離婚の数年前から私を前妻と無視した事。
最近ようやく前妻の裏切りが離婚の原因だったと知った事。
「それがどうしたんだ?」
いくら読んでも何も感じない。
他人の独り善がりな告白には何の意味も持たない。
一応先を読み進める。
大した事は書いて無いだろう、しかし今の生活を脅かされては大変だ。
前妻は浮気相手の家に刃物を持って乱入し、男を刺して警察に捕まったと書いてあった。
「犯行理由は積年の恨みと私に対する申し訳なさか...」
益々理解出来ない。
男の家庭は壊したくない、迷惑を掛けられないから妊娠した子供を私の娘と托卵したんじゃなかったのか?
それが何故積年の裏切りなのだ?
私に対する申し訳なさ?
そんな物ありはしなかっただろうに。
私と結婚する前から続いていた前妻の上司だったんだろ?
本当に好きな人と私に宣ったじゃないか。
「まあ良い」
更に先を続ける。
もう疲れて来た。
「[母の凶行から自分が托卵の子であったと知り、私を育ててくれた有り難みを知りました。
いつも優しく接してくれた貴方が本当のお父さんです]...か」
手紙の内容を口にする。
白々しい。
それが何だと言うのか?
別に優しく接したのは親子の愛情からでは無い。
私が前妻の裏切りを知ったのは18年前だ。
当時この娘を名乗る人が5歳の時だった。
その事を知った当時の私は前妻を問い詰めた。
しかし前妻は居直ったのだ。
『身寄りの無いあなたと結婚してあげたのに?
離婚したければしたら良いわ』
愛していた筈の女の言葉に私は壊れてしまった。
気力を失い、まともな思考が出来なくなった。
そして行き着いた答えは...
『俺はコイツらを飼っている飼い主なんだ』
私は既に狂っていた。
前妻の実家は娘の裏切りを知り、謝罪はしたが離婚だけは許してやってくれと言うばかり。
当時前妻の家族と同居していた私に行く先は無かった。
慰謝料を分取る気持ちすら湧かなかった。
転機が訪れたのは7年前に前妻の両親が亡くなり、遺産を相続した時だった。
『これだけあれば人生をやり直せるかもしれない』
結構な資産家だった前妻の実家。
もちろん私に相続権は無い。
しかし前妻とその娘を名乗る人達には充分な金額。
生活には困らないだろう。
私は弁護士に相談して離婚を前妻に申し出た。
『....どうして、急に』
前妻は絶句していた。
何故ショックを受けたのだろう?
夫婦生活は浮気が分かった時から一切無くなっていたし、私に対する愛情なんか有る筈も無いのに。
『もうあの人とは完全に切れてます!
今はあなただけを愛してるの!!』
前妻の言葉に恐怖を抱く、何を言ってるか理解出来なかった。
結局成立に2年も掛かった泥沼の離婚となった。
その間今の妻が支えてくれなかったら私は諦めていたかもしれない。
当時、彼女とそんな関係では無かった。
会社で何度も倒れた私の体調を気遣い、食事を作ってくれたのだ。
夫婦の預貯金を折半する事でようやく話が付いた時、娘を名乗る人が18歳になっていたのは良かった。
養育費も発生しなかった。
もっとも払う義務も無かったが。
「馬鹿らしい」
手紙をゴミ箱に投げ捨てる。
何を今さら...もう飼い主としての責任は果たしたろうが。
娘を名乗る人が私に愛情を感じたのは勝手だが、私にしてみれば親子の情からでは無い。
ペットに対する物が近かった。
躾をしただけ。
良ければ褒める、悪い事をしたら叱る。
それだけだった。
「あなたお風呂上がりました、着替え置いておきますね」
妻の声に立ち上がる。
これが本当の家族、私が欲しかった家庭なんだ。
「ありがとう、今入るよ」
ゆっくりと書斎を後にした。
ありがとうございました。