1話
光の届かない神殿の最深部。祭壇の椅子に座っているのは四天王の一人。サイクロプスキングだった。
「……オマエ、ヒトリデココマデ……?」
その巨大な体を持つ鬼人が俺にそう尋ねた。
「そうだけど」
俺はそう言いながら杖を構えた。深緑色に輝くこの杖の名前は「碧旋杖・極」。恐らく現在で最も魔力が高い杖である。
「ナメラレタモノダ……。オマエ、シヌゾ」
サイクロプスキングが立ち上がる。その巨体は優に3メートルを超えるだろう。だが、そんなことはどうでもいい。本当にどうでもいい。もしかしたらと期待はするが、恐らく結果は同じだろう。
「ワレコソハ、シテンノウガヒトリ。サイクロプスキング……。ソノマエニヒトリデアラワレルトハ。キサマハ……」
「あー、いいから。早くかかってこい」
「ナマイキナ! シネェ!!」
サイクロプスキングはその片手に持った巨大な鉄の棍棒を振り下ろした。目の前に迫る巨大な鉄。俺はそこに手をかざし、詠唱する。
「《プロテクション》」
魔法で生成した大きな青色半透明の盾が出現。するとその怪力と重力によって振り下ろされた棍棒はあっさりと弾き飛ばされた。ちなみにプロテクションは“初級”防御魔法である。
「ナ……キサマ……」
「はぁ……」
俺はため息をついた。今回も同じか。四天王でもこのレベル。もう飽きてきたな。
「《ヴェルンド》」
そう唱えると俺の杖は光を放ち、長い剣へと姿を変えた。光り輝く刀身をサイクロプスキングに向け地面を蹴る。
「《インビジブル・ドライブ》」
一瞬でサイクロプスキングとの距離を詰め、その剣で心臓を貫いた。
「グォァァアアアアアア!!」
断末魔と共にそのまま後ろに倒れるサイクロプスキング。ドォンとレンガの地面を割り、ピクリとも動かなくなった。
そして、俺は天井を見上げて呟いた。
「やめるか……。飽きたわ……」
――――――――――――――――――――――――――
「クロくん。お疲れ様。日が半分沈んだから、交代の時間だ」
「分かりました。ではあとはよろしくお願いします」
今日も村の見張りが終わった。冒険者を辞めた俺は現在、地方の村で見張り番をしていた。とは言ってもこの周辺はBランクかCランクの魔物がほとんどなので相手にはならない。俺はこの村でのんびり暮らしていくことにしたのだ。
最初はスリルのあった冒険者も、もうあまりやる気が出ない。どのクエストを受注してもソロで攻略可能なものばかり。ハラハラドキドキといった感覚がない。手に汗握るような駆け引きもない。
そんな生活をするくらいなら辺境の村で良いので農業でもしながらスローライフでも満喫してみようと思ったのだ。
「ん、少し雨が降ってきたな……。さっさと戻ろう」
村の中とは言っても少し外れの方に俺の家はある。そこへ急いで帰宅し、濡れた体をささっと拭く。
外を見ると既に日はほとんど落ちていた。誰もいない家で独り言を呟きつつ、俺は夕食の支度を始める。
「スープでいいかな……」
この村で栽培されている野菜を使ったスープはそれだけで一品成り立つ。温度を操作する魔法を利用した木の箱から俺はいくつかの食材を取り出して、スープを作った。
コンコン。
するとノック音が聞こえた。誰だろう。外は雨だし、もう日も沈んでいるし、こんな時間に尋ねてくるということはあまり良い用事ではなさそうだ。
ガチャリと扉を開くと、そこには紫色の帽子の下に銀色の長い髪が覗く少女だった。
「あ、その、突然なんですけど、い、入れて下さいませんか……?」
「ん……あぁ。いいよ。入って」
突然訪ねてきた人物を家の中に通すというのは不用心に思えるかもしれない。しかし、例え俺に襲い掛かってきたとしても俺は恐らく大丈夫。というのもあるが、目の前にいる女の子にそんな気配はなかったという理由の方が大きい。
びしょ濡れになったローブを引きずりながら家の中へと入ってくる。そのローブの胸の所には不死鳥の形をした小さな青色のバッヂがついていた。
つまり、この少女はずっと北の王国で運営されている貴族出身者の多いギルド。「フェニクス」のメンバーだという証拠だ。なんでそんな人がこんなところに……?
「ほいっと」
「え? うわわ」
「それ使って」
近くに干してあったタオルを投げて渡す。
「そこの左の扉が風呂だから使っていいよ」
「あ、はい、ありがたいです……」
そう言って少女は風呂場へ行った。10分くらい経って上がった音がし、扉の向こうから声をかけてきた。
「すみません、服を、なんでもいいので貸してください……」
「ん、あぁ、そっか」
ローブは着れたものではないからな。魔法使いっぽいので、昔使っていた白いローブを渡した。少し大きいけれどそれは我慢してもらうしかない。
「色々ありがとうございます」
脱衣所から出てきた少女はペコリと頭を下げる。さっきは大きな帽子で顔が隠れていて見えなかったが、結構整った顔をしている。貴族出身者はそういうのが多いので遺伝なのかもしれない。
「いやいや、いいよいいよ。困っている時はお互いさまって言うしさ。それで、どうして……いや、それよりも、俺は“クロ“っていうんだ。キミの名前は?」
「リコチェットです」
「リコチェットね。よろしく」
「あ、よろしくお願いします。えっと、クロ……さん……?」
「なんで疑問形なんだよ」
リコチェットは自信なさげというか、落胆というか、そのような表情を浮かべている。
「これ飲むか? スープなんだけど」
「あ、是非。いただきたいです」
少し多めに作ったスープをよそって彼女に差し出す。
「それで、何があったんだ? フェニクスのメンバーが一人でこんな辺境の村に来るなんて」
「はい。それはですね……」
彼女は一呼吸おいてスープを飲んだ。すると何か微妙な表情を浮かべる。あれ? どうした?
「……これ、何と言いますか……独特な、個性的な味がしますね……?」
「……マズいならマズいって言っていいぞ」
俺は料理が得意というわけでもない。俺が食えればいいくらいの味で作ってあるから口に合わない人がいるのも事実だろう。
「ちょっと借りますね」
彼女はスープの入った鍋の前に立つと、壁に置いてある普段は使わない(使い方が分からん)スパイスや調味料、香辛料を少し加えた。
そして、スプーンで一口飲むと、満足げにうなずいて俺にそのスープを差し出した。
「旨いな……」
一口飲むと良い香りが鼻を抜け、じんわりと体中に温かみが広がる。俺が作っていたスープとは全くの別物だった。
「良かったです」
落ち込んでいた彼女は俺が旨いというと少し表情を緩めた。しかし、すぐに厳しい表情に戻り、口を開く。
「それで、なんでここに来たのかということでしたが……フェニクスを追い出されちゃったんです」
「なんだって?」