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愚か者達の恋心



「……ルーファス様?」


 エリザの「セイディはまだ諦めていない」発言に、一瞬、ルーファスが満更でもなさそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。本当にどうしようもない友人だと思う。


 けれどすぐに自身の立場や、彼女の悪行を思い出したらしく「ああ、気を付ける」とだけ答えた。


 とは言え、セイディ・アークライトが侯爵家に執着していたとは、とても思えない。まあ、慢心していただけでその立場を失ってから、今更焦り出したのかもしれない。


「なんだか、変な嘘をつくつもりみたいなんです。今までのは自分じゃなかった、乗っ取られた、みたいな……」


 そういや彼女は婚約破棄の際にも、そんなことを言っていた。もしや最近の彼女の変化も、その嘘に合わせたものなのだろうか。それなら納得がいく。裁縫に関しては謎だが。


「けれど、気持ちはジェラルド様に向いているようです」

「…………」

「あれだけ遊び人だったジェラルド様も、今はセイディに夢中なのか、彼女としか会っていないようですし」

「………………そうか」


 表情には出ていなかったものの、間違いなく堪えている。

彼が持っていたシャンパングラスは、悲鳴を上げていた。




◇◇◇




「それでは、会議を始めます」

「はい」


 ルーファスが去ってしまった後、私達は図書館にある個室を借り、向かい合って座った。


 紙とペンを用意し、それっぽい感じの雰囲気を出してみたものの、お互いにあまり難しいことは言えないから困る。


「ジェラルドのご両親も、信じてくれて良かったね」

「うん。本当に良くしてくれてるよ」


 彼も7年ぶりに家族と再会し、幸せに暮らしているようで本当に良かった。とは言え、毎日沢山の女性からの手紙が届き、困っているらしい。


 私の手紙も、それに混ざってしまうところだったとか。無事に彼の手に渡って、本当に良かった。


「まず、何からする?」

「とりあえず、最初から全部整理してみようか」

「うん、そうだね」


 そして私達は下手くそな字でメモを取りながら、思い出したくもない過去を回想することにした。



 ──私が身体を奪われたのは、10年前の夏だった。


 お母様と手を繋ぎながら王都の街中を歩いていた私は、見知らぬ誰かとぶつかった次の瞬間、見覚えのない小屋の中にいて。そしてそのまま、やはり見たことも無い男に腕を引かれ立ち上がらされ、訳もわからずに無理やり歩かされた。


 小屋の外は、ひたすら畑や森が広がっていた。


『……っいたい、やだ……おかあさまぁ……』

『うるせえ、静かにしてろ』


 歩いているうちに、自身の手足がかなり長くなっていることにも気がついた。服装だって靴だって違う。時折視界に入るのは、いつもお母様が褒めてくれていた自慢の銀髪ではなく、伸びきった茶色いボサボサの髪だった。


 訳もわからず恐ろしくなって泣き出したその泣き声すら、自分のものではなかった。怖くて気持ち悪くて、私はいつまでも泣き続けていた記憶がある。


『大丈夫? もしかして貴女も、気が付いたらあの小屋にいて、知らない大人の身体になってた?』

『うん……なんで……?』

『理由は分からないけれど、私も彼も同じなの。私は先月からここにいるわ。エリザっていうの。貴女の名前は?』

『っセイディ……』

『かわいい名前だ。セイディ、俺達がついてるからな』


 そんな時、私を慰めてくれたのが、連れて行かれた先にいた、エリザとノーマンだった。


 エリザは1ヶ月前、ノーマンは半年前からここにいるという。二人は一晩中、泣き続ける私を慰めてくれていた。私は二人がいたから何とか耐えられたけれど、一番最初にここに来たノーマンは、どれほど心細く辛かっただろうか。


 そしてその翌日から、奴隷のような扱いを受ける日々が始まった。朝早くに起きて農作業をし、夜は裁縫などの内職をする日々。甘やかされていた、たった7歳の貴族令嬢にはあまりにも辛い生活だった。


 精神は擦り減っていたけれど、この身体はどうやら30歳くらいらしく、それなりに体力もあるようで。倒れたりすることもなく、簡単な肉体作業ならばこなすことができた。


 初めて水に映った自分の姿を見たときには、怖くて気持ち悪くて、何度も吐いた。それから数日間は、まともに食べ物が食べられなかった記憶がある。


 最初から着いていた首輪は、電流が走る仕組みになっていて、仕事を休むことも逃げ出すこともできなかった。

 

 畑や森に囲まれたそこでは20人ほどで生活しており、奴隷として買われて来た人々と、私のように気が付いた時には他人の身体になっていた人間とがいた。


 私とエリザ、そしてノーマン。私が入った一年後には、ニールという男の子が、同じようにして入ってきた。


『私達、死んじゃったのかな』

『そうかもしれないね。悪いことなんてしてないのに、地獄に落ちちゃったのかもしれない』


 毎晩、寝る直前には四人で集まってはお喋りをした。けれどいくら考えても、どうして自分達がこんなことになってしまったのか、さっぱり分からなかった。


 悪い夢なら、早く覚めて欲しかった。



 そしてこの身体になって3年が経ったある日。


 毎日ほんの少しだけある休憩時間に、一人猫を追いかけていたところ、その先にあった小屋から話し声が聞こえてきたのだ。誰だろうと、私は小屋の窓からそっと中を覗く。


 すると突然、中にいた小太りでけむくじゃらの男が、奴隷用の首輪を自ら身につけた。私が付けているものと同じものだ。そんな彼はなぜか、ひどく上機嫌だった。


『いてて、ようやく俺の番か。夢にまで見た貴族生活だな』

『お前、どんな人間に入るんだっけ?』

『侯爵家の坊ちゃんさ。綺麗な顔をしていたし、将来は遊び放題だろうな。それにこのひどい腰痛ともおさらばだ』


 そんな意味のわからない会話を続けていると、突然、男の身体がびくりと小さく跳ねて。次の瞬間、きょろきょろとし始めた男は、その見た目に似つかわしくない言葉を発した。


『……ここ、どこ? ぼく、なんでここにいるの……?』


 そう、まるで突然、()()()()()()()()()()()()()()()


 その反応は、私がこの身体になった時と同じもので。『夢にまで見た貴族生活』『人間に入る』という先程の彼らの会話から、子供の私でも気が付いてしまった。


 私達は死んでなんかいない。ここは地獄なんかじゃなく、地獄みたいな現実で。


 その方法は分からないけれど、彼らは故意に誰かの身体と入れ替わっているのだ。私やエリザ、ノーマンもニールもきっと、ああやって身体を誰かと入れ替えられたのだろう。


 つまりこの身体の本来の持ち主が今、私の中にいる。


 そう考えると、ひどく恐ろしかった。私のふりをして、彼女は今も大好きな両親のもとで暮らしているのだろうか。


 私は一生この場所で、この身体で生きていくのだろうか。


 そんな不安を抱えたまま、辛い生活を続け10年が経ち、あの日、私達は突然元の身体に戻ったのだ。



「ねえジェラルド、エリザとノーマン、ニールも元の身体に戻れたよね? 私達だけじゃないよね……?」

「……分からない。皆元々は貴族だと言っていたし、同年代の同じ名前の人間を調べてみるのが良いかもしれない」

「そうだね! 最近様子が変わった人がいるかも」


 もしも他の皆がまだ、あの場所にいたとしたら。私達だけこうしてぬくぬくと過ごしているなんて、絶対に嫌だ。


「そう言えばね、最近仲良くしてくれている方もエリザって言うの。とっても綺麗で優しいんだよ。私が乗っ取られたって話もすぐに信じてくれて、色々と協力してくれるの」

「……そうなんだ。彼女はどこの家の令嬢?」

「ヘインズ男爵家だよ。令嬢の鑑って言われてるんだって」

「…………」


 ジェラルドはしばらく、何かを考えている様子だったけれど。やがていつも通りの笑顔を浮かべ、口を開いた。


「僕も一度、彼女に会ってみても?」

「うん、エリザ様に声をかけてみるね」


 ジェラルドが女性に会ってみたいと言うのは、珍しい。


 とにかく今後は、ジェラルドが三人と同じ名前の人間について調べてみること、近いうちにエリザ様を含め三人で会うことを決めて、今日は解散することになった。




◇◇◇




 そしてそれから6日後、私とジェラルド、そしてエリザ様の三人は、アークライト伯爵家の私の部屋に集まっていた。


「セイディが貴女のことをとても素敵な方だと言うので、是非お会いしてみたかったんです」

「ふふ、そうなんですね。ぜひ仲良くしてください」


 二人はすぐに打ち解けたようで、それからは三人で他愛のない話をしたり、エリザ様から最近の社交界についての話を聞いたりしていたのだけれど。


 私はふと、気になっていたことを思い出した。


「あの、エリザ様。ロイドって方をご存知ですか?」


 ルーファスがあの日、言っていた人物の名前だ。交友関係の広そうなエリザ様なら、知っているかもしれない。


 するとエリザ様は「ごめんなさい、伝え忘れていたわ」と言い、何か思い当たることがある様子で。彼女は優雅な手つきでティーカップに口をつけた後、口を開いた。



「貴女の身体を乗っ取っていた人間が、好きだった相手よ」


 予想もしていなかったその答えに、私は言葉を失った。



読んでくださり、ありがとうございます!元々はのんびり更新する予定だったので、そろそろストックが切れます。


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