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10年前の約束 2

最終話です。



 披露宴を終えて主役の二人を見送った後、私はラングリッジ侯爵家の馬車に揺られていた。


 ルーファスが屋敷まで送ってくれることになり、向かい合って座っている。


「とても素敵な式だったね。本当に感動しちゃった」

「ああ。二人が幸せそうで良かった」


 これまで入れ替わりの事件を一緒に追ってくれ、共に過ごす時間が多かったルーファスも二人を大切に思っているようで、その顔には喜びや安堵が浮かんでいた。


「このお花も、今日の大切な記念として保護魔法をかけてもらわないと」


 そうして胸に抱いた色とりどりの花のブーケへ目を落とすたび、また幸せな気持ちになる。


「……その花束の意味は聞いたか?」

「? ううん。何かいいことがあるとだけ」


 挙式の後、エリザが「絶対にセイディに、と思っていたの」と渡してくれたのだ。


 結婚式に参加するのは初めてだけれど、これを持っているといいことがあるのだと、エリザがこっそりと教えてくれた。幸運のアイテムなのかもしれない。


「そうか」

「うん」

「…………」

「…………」


 そんなやりとりの後、何故かルーファスの口数は少なくなり、疲れたのだろうかと心配になる。


 少しでも休んでほしくて、屋敷に着くまでは大人しく黙っていようと窓の外へ視線を向けると、不意にルーファスに名前を呼ばれた。


「……隣に行っても、いいだろうか」

「えっ? ど、どうぞ」


 予想もしていなかった問いに、戸惑いながらも慌てて頷く。ルーファスと何度も一緒に馬車に乗ったことはあったけれど、こんな風に尋ねられたのは初めてだった。


 すぐに窓際に寄ると、ルーファスは立ち上がり、こちら側へと移動してくる。


「…………」

「…………」


 ただ隣に座っただけなのに、驚くほど心臓がうるさくて早鐘を打っていく。


 しばらくの沈黙の後、ちらりとルーファスを見上げれば、熱を帯びた瞳と視線が絡んだ。


「結婚式で花嫁からブーケを渡されると、次に結婚できるというジンクスがあるんだ」

「えっ」


 もちろんそうとは知らず、浮かれていたのが恥ずかしくなる。エリザは絶対に知っていたはずなのに、どうして教えてくれなかったのだろう。


「そ、そうだったんだ。じ、じゃあ、私ももうすぐ結婚できるのかな? なんて……」


 動揺してしまった私はついそんなことを口走ってしまって、慌てて口を噤む。とてつもなく恥ずかしい発言だったと、後悔が止まらない。


 笑い飛ばしてほしかったのに、ルーファスは真剣な表情のまま、私を見つめている。


「どうだろうな。だが、俺は子供の頃からずっとセイディが好きで、結婚したいと思ってる」

「…………っ」


 突然の告白にやはり戸惑ってしまいながらも、嬉しさが全身に広がっていくのが分かった。


 私も改めて自分の気持ちを伝えなければと、ルーファスを見つめ返す。


「……ありがとう。私もルーファスとずっと一緒にいたい、です。私でよければ、よろしくお願いします」


 そう告げれば、ルーファスの瞳が揺れる。


「本当に、たくさん待たせてごめんね。私、ルーファスのことがすごくすごく大好き」


 そして次の瞬間、私はルーファスの腕の中にいた。


 苦しいくらいにきつく抱きしめられ、私もそんな彼の背中に腕を回す。するとルーファスは今にも消え入りそうな声で「ありがとう」と呟いた。


 その声も少しだけ震えていて、胸が締め付けられる。


「……私を好きでいてくれて、ありがとう。ルーファスのお陰で今の私がいるもの」


 これまで何度、ルーファスに救われたか分からない。


『ああ、絶対に助ける。だから大丈夫だ』


 私が困った時、いつも助けてくれたのも彼だった。


 気付いていなかっただけで私はあの頃にはもう、ルーファスに惹かれていたと思う。


「それくらい、礼を言われるようなことじゃない」

「ううん。そもそも十年間も悪女だった私を見捨てないなんて、普通なら絶対に無理だよ」

「俺は何があっても、セイディが好きなんだろうな」


 眉尻を下げて笑うルーファスは「それに」と続けた。


「昔、約束しただろう?」

「約束?」

「お前は覚えていないかもしれないが、十年前に約束したんだ。俺達が好きだった、あの花畑で」

「……あ」


 不意に、何度も夢に見た懐かしくて優しい光景を思い出す。花畑の中でくっついて座り、幼い私とルーファスはとても楽しそうにしていた。


『──じゃあ、俺と結婚してくれる?』

『うん、いいよ。でも、わたしたちはまだ子供だし、大人になってもまだ好きでいてくれたら、結婚しようね』


 そんな私の言葉に頷き、ルーファスは花で作った指輪を嵌めてくれる。


 そして小さな彼は「大丈夫だよ」と笑うのだ。


「俺はずっと、セイディを好きでいるから、と」


 いつも会話の内容までは思い出せなかったけれど、今頃になって鮮明に蘇ってくる。


 どうして私は、忘れてしまっていたのだろう。


 あの場所で過ごす辛い日々の中で、幸せな記憶や未来の約束を思い出せば辛くなるだけだと、自ら記憶に蓋をしていたのかもしれない。


 それでもルーファスはこんなにも長い間、約束を覚えていて守っていてくれたのだと思うと、涙が溢れて止まらなくなる。


 そんな私の涙を指先で掬うと、ルーファスは再びきつく抱きしめてくれ、肩に顔を埋めた。


「本当にここまで、長かったな」

「……うん」


 ルーファスの声は震えていて、これまで彼もたくさんの辛い思いをしてきたのが伝わってくる。


 タバサに身体を奪われてから十年、意識を失ってからは二年半も、ルーファスは私を待ってくれていたのだ。


 私には想像もつかないくらい、長い時間だったはず。余計にルーファスへの愛しさが溢れて、彼を大事にして幸せにしたいと、心から思う。


「ずっとずっと、好きでいてくれて、ありがとう」

「ああ。絶対に幸せにする」


 ──私達が失ってしまった十年という月日だって、もう二度と戻らない。


 それでも大切な家族や仲間達、そして大好きなルーファスと共に過ごすこれから先の未来は、辛い過去の分も幸せに溢れたものになるという確信があった。



これにて完結です。ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!;; ようやくセイディとルーファスが幸せになることができて、良かったです。


今後は二人や周りのみんなの幸せいっぱいの番外編などを投稿していければと思っています。

書籍やコミカライズも好評発売中です。今後とも「乗っ取られ悪女」をどうぞよろしくお願いいたします。


また、今後も色々とお話を書いていく予定です。

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