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初恋の終わり 2



「ジェラルド……」


 思わず許してしまいそうになるけれど、ルーファスが助けに来てくれなければ、私は自分の身体を奪われ閉じ込められたまま一生を終えることになっていたのだ。


 そもそもはメイベルのせいだと言えど、ジェラルドの裏切りによって、ノーマンも私も命を落としかけた。


 私達を裏切ったジェラルドを、許すことはできない。


 それでも、ジェラルドがここまで歪んでしまった原因も理由も、理解できてしまう。


「……ごめんなさい」


 ジェラルドは誰かの命を奪おうとしたわけではなく、ただ私を望んだだけ。


 やり方を間違えてしまったことに変わりはないけれど、私はもう一度、彼が幸せになる道を作りたかった。


 辛い過去を全て忘れ、遠く離れた土地で暮らし、ジェラルドには一からやり直してほしい。


『僕がみんなの分もやるから、待っていて』

『大丈夫だよ、僕がついてる』


 私だってみんなだって、ジェラルドの良いところをたくさん知っている。あれら全てが演技や上部だけのものではないことも分かっているし、きっと彼なら大丈夫だという確信があった。


 ドアの外へ合図を送ると、すぐに中へ一人の男性が入ってきた。


 彼が記憶を消せる魔法使いだと、悟ったのだろう。


「嫌だ、嫌だよ、セイディ、嫌だ……!」


 魔術師から逃げるように後ずさったジェラルドの足枷が、カシャン、カシャンと音を立てる。


 胸が押し潰されそうになりながらも、私は男性に「お願いします」と告げた。


「……では、始めます」


 男性の持つ杖の先から、眩い光が広がっていく。


 何度も何度も「嫌だ」「ごめんね」を繰り返して暴れていたジェラルドも、淡い金色の光に包まれているうちに、力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。


 もう抗っても無駄だと悟ったのか、やがて私をまっすぐに見つめた。


 震える手は縋るように、こちらへ伸ばされている。


 思わず一瞬だけ、彼に向かって手を伸ばしかけてしまい、すぐにぎゅっと胸元で握りしめた。


 そんな様子を見ていたジェラルドはやがて、眉尻を下げ、困ったように微笑んだ。



「──ごめんね、セイディ。本当に、君を愛してた」



 そんな言葉を最後に、ジェラルドの目は静かに閉じられる。穏やかに眠るように意識を失ったジェラルドを確認し、男性は「終わりました」と告げる。


「…………っ」


 気が付けば私の両目からは止めどなく涙が溢れ、子供みたいに声を上げて泣いていた。


 ジェラルドをベッドに寝かせた後、部屋を出て行った男性が私の状態を伝えてくれたのだろう。


 入れ替わるようにルーファスとエリザが室内へ入ってきて、何も言わず抱き締めてくれた。エリザの目にも涙が浮かんでおり、細い背中へ私も腕を回す。


「う……っく……」


 神でもない私がこんな決断をすることに、罪悪感も抵抗もあった。それでも、私はその責任も背負って生きていきたいと思っている。


 ──改めて私は「ジェラルド」が友人として、家族として、大好きだったのだと実感する。


 今度こそ本当に私の知るジェラルドはいなくなってしまったと思うと、胸の中にぽっかりと穴が空いた感覚はいつまでも消えなかった。



 ◇◇◇



 二日後、()が目覚めたという知らせを聞き、私はすぐに彼が今いるという病院へ向かった。


 体調に問題はなく、記憶も一切ないままだと報告を受けた後、緊張しながら部屋のドアをノックする。


「どうぞ」


 聞き慣れた声のはずなのに、どこか違う気がする。


 そうして中へと入れば、ベッドの上に座る彼の姿があった。見た目も何もかもが私の知る彼のはずなのに、表情や仕草が違うだけで別人のように思える。


 まるで、違う誰かが入ってしまったみたいに。ゆっくりベッドの側へ行くと、彼はふわりと微笑んでくれた。


「こんにちは。君は?」

「私はあなたの友人よ」

「そうなんだ。仲は良かったのかな?」


 私を見つめる深緑の瞳には、以前のような激しい熱は感じられない。完全に記憶が失われたのだと実感する。


 少しの後、私が「ええ」と返事をすれば、彼は「そっか」と疑う様子もなく頷いた。


 これから彼は、遠く離れた国で暮らすことになっている。もちろん、これから暮らす環境もみんなで協力してしっかり用意してあり、後は全て彼次第だ。


 だからもう、会うのはこれが本当に最後だろう。


「本当に何も覚えていないんだ。自分が誰なのか、これまでどう生きてきたのかも」

「あなたは、事故に巻き込まれたの。……とても、とても不幸な事故に」

「そうなんだ。それなら忘れてしまって良かったかな」


 その言葉に深い意味などなく──それが私の知る「ジェラルド」の気持ちではないと分かっていても、ひどく救われたような気持ちになる。


「ねえ、俺の名前を君は知ってるよね? まだ目覚めたばかりで誰も何も教えてくれないんだ」


 実は今日のために、調べてあった。幼い頃に彼がいたという、孤児院を訪れて。


 これからは自らの身体で、誰かの代わりでもなく、本当の自分として生きていってほしい。


 そして願わくばありのままの彼を愛してくれる誰かに出会って、幸せになってほしいと思う。



「あのね、あなたの名前は──……」



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