初恋の終わり 1
意識を取り戻してから半月が経ち、心身ともに落ち着いて周りからの許可も下りた私は、ジェラルドがいるという特別牢へと向かっていた。
「無理はするなよ」
「何かあったら、すぐに私達を呼んでね」
「うん、二人ともありがとう」
ルーファスとエリザが付き添ってくれており、とても心強い。それでも、牢の中ではジェラルドと少しの間、二人きりにしてもらうことになっている。
最後は、ジェラルドと二人きりで話をしたかった。
特別牢は絶対に出られないようにされているだけで、中は簡素なホテルの一室と変わらない。
面会も月に三度まで許されているらしいけれど、侯爵夫妻が一度も訪れていないどころか彼への扱いを聞いた時には、胸が締め付けられる思いがした。
「じゃあ、行ってくるね」
心配げな表情を浮かべる二人に声をかけ、ジェラルドがいる部屋の中へ足を踏み入れる。
そこには以前よりも髪の伸びた彼の姿があって、心臓が早鐘を打っていく。
ジェラルドのこれまでの様子についても聞いていたけれど、本当に他人が部屋の中へ入っても気に留める様子もなく、視線は小窓の外へ向けられたままだった。
「……ジェラルド」
何度か深呼吸をし、両手を握りしめ、彼の名を呼ぶ。
「──セイディ?」
するとカシャンとジェラルドの手足に付けられていた枷の太い鎖が揺れ、こちらを向いた彼と視線が絡んだ。
その表情は驚きに満ちており、信じられないという様子で私を見つめている。
「……本当に、セイディなの?」
「うん。半月前に目が覚めたんだ」
ジェラルドのエメラルドに似た両目からは、ぽたぽたと大粒の涙がこぼれ落ちていく。
心の底から安堵しているのが、強く伝わってくる。
「ごめんね、っ本当にごめん……」
やがて片手で顔を覆うと、ジェラルドは震える声で何度も謝罪の言葉を紡いだ。
「あれから何度も何度も後悔して悔やんで、自分の愚かさを呪ったよ。本当にどうかしていたと思うけど、どうしようもなく君が好きなんだ。欲しくて自分だけものにしたくて、仕方なかった」
「……うん」
「それでも俺はあの時にもう一度戻ったなら、同じことをしてしまうんだと思う。俺はそういう人間なんだ」
ジェラルドはそう言って、泣きそうな顔で笑った。
──本当はもう一度だけ友人として、仲間としてやり直せないかと、何度も何度も考えた。
けれどジェラルドの言う通り、もう私達にはその道はないのだろう。
「だから、今日はさよならをしにきたの。ジェラルドにはもう、いなくなってもらうつもり」
そう告げればジェラルドはどこか諦めたような笑みを浮かべ、目を細めた。
「うん。僕は最後に君に会えて、君を想ったまま死ねるのなら本望だ」
私が決めた彼の処遇が、死刑だと思っているらしい。
それでも喜ぶ様子を見せるジェラルドに悲しい気持ちになりながら、小さく首を左右に振った。
「ううん、私はジェラルドを殺すつもりなんてないよ」
「……どういう、意味?」
私はもう一度だけ深呼吸をすると、まっすぐにジェラルドを見つめる。
「ジェラルドの記憶を、全て消そうと思うの」
「──は」
その瞬間、ジェラルドの整いすぎた顔から、すとんと表情が抜け落ちた。
重く苦しい沈黙がしばらく流れた後、やがてジェラルドは「……いやだ」と呟いた。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
「…………っ」
「今すぐに俺を殺してくれ、その方がずっといい、お願いだから、セイディ、嫌だ、嫌だ……!」
子どものように泣きじゃくり必死に縋られ、胸が締め付けられる。
「俺からセイディを、奪わないでくれ……俺の、全てなんだ……」
ジェラルドにとって私は何よりも大切で全てなのだというのが、伝わってくる。だからこそ、彼にとっては一番の贖罪になるはず。
「セイディ、セイディ、嫌だ……ねえ、セイディ、嫌だよ、お願いします……」
弱々しい声で繰り返しながら、ジェラルドは両手を床についた。まっすぐに愛情を向けられて、なりふり構わない姿を見て、心が動かないと言えば嘘になる。




