過去と未来と 1
目を覚ましてから、二日が経った。
『ああ……セイディ……本当に、本当に良かった……!』
『お前ばかりが辛い思いをして……』
最後に見た時よりもずっと窶れ、泣き崩れる両親の姿に胸が張り裂ける思いがした。これからはもう、二度と心配をかけないようにすると固く誓う。
そして改めて医者に診てもらったところ、体調には問題がないらしく、ほっとした。
「体調はいかがですか? 滋養に良いお茶をどうぞ」
「これ、健康に良いお守りらしいです。お嬢様のためにたくさん買ってきました!」
「体調は大丈夫。ハーラもティムも本当にありがとう」
ハーラは私が意識のない間も身の回りの世話をしてくれたようで、私が目覚めた後はずっと泣き続けていた。
ティムも心配し続けてくれていたようで、こうして気遣ってくれている。
今後は周りの人達を今まで以上に大切にしていきたいと思いながら、ハーラの淹れてくれたお茶をいただく。
「……それにしても、二年半も経っていたなんて未だに変な感じがするわ」
私からすれば、少し長く眠っていたような感覚で、みんなの容姿に変化があるのも不思議な感じがする。
鏡に映る私も十八歳から二十歳になり、記憶の中の姿よりずっと大人びていた。
「まだまだ人生は長いんです、二年半分なんてあっという間に取り戻せますよ」
「そうだね。ティムのいつも言っていたパーっと楽しいこと、たくさんしたいな」
「お任せを! ルーファス様に怒られない程度に」
「ふふ」
両親から話を聞いたところ、魔道具の存在や過去のことが全て明るみになり、世の中の私を見る目や風当たりも変わっているんだとか。
あれだけ嫌われていた悪女から可哀想な被害者扱いなんて落ち着かないけれど、アークライト伯爵家の醜聞が払拭できたのなら、本当に良かった。
ラングリッジ侯爵家との関係も無事に修復できたと聞いており、心底安心した。
まだしばらく外出はできないみたいだけれど、こうしてみんなが一生懸命尽くしてくれるから、外に出たいと思うことも、不自由することもない。
「そろそろ皆様がいらっしゃるので、支度しましょう」
「うん、お願い」
これからエリザとノーマン、ニールがやってくることになっている。
ノーマンやみんなも無事でもう心配することなど何もないと聞き、あの日の私の選択は間違っていなかったのだと、ほっとした。
みんなは何度も眠ったままの私のお見舞いに来てくれていたらしいけれど、起きて会うのは二年ぶりだと思うと、なんだかドキドキしてしまう。
そして着替えて軽く髪を整えてもらった頃、みんなの来訪を知らされた。
少しの緊張といっぱいの嬉しさを胸に玄関ホールで出迎えると、エリザは私の顔を見るなり、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「セイディ、本当に目が覚めたのね! 良かった……」
「…………っ」
抱きつかれてつい一瞬びくりとしてしまい、それが伝わったのかエリザはくすりと笑った。
「ふふ、大丈夫よ。中身はちゃんと私だから。あなたのよく知るエリザよ」
「ご、ごめんね。分かってはいるんだけど、なんだかまだ落ち着かなくて」
「当然だわ。あのメイベルに長い間奪われていた身体なんだから」
ゆっくり慣れていって、と笑う笑顔は私の知るエリザと同じで、少しだけ視界がぼやけた。
「ねえ、俺達もいるんだからね。おはよう、セイディ」
エリザの後ろには記憶の中の姿よりも少し背が伸びたニールと、ノーマンの姿がある。
その姿からは、みんなが平穏に不自由なく暮らしているのが見て取れて、また涙腺が緩む。
「ああ。ずっと待っていたよ、セイディ。俺を救ってくれてありがとう」
深々と頭を下げたノーマンに顔を上げるよう言い、きつく抱きしめる。
「ううん、当たり前だよ。私こそ、待たせてごめんね」
私は二人にも抱きつくと、改めて全員が元の身体に戻った喜びを噛み締めた。
その後、私の部屋へ移動して四人でテーブルを囲み、みんなの近況報告を聞いた。
みんな平穏で幸せな日々を大切な人達と過ごしているようで、嬉しくなる。
「いちいち何でも驚いては感動してしまうから、両親がその度に気を遣っちゃって……」
「あー、わかる。俺も最初はそうだったよ」
普通の人にとっては当たり前のことでも、私達にとっては奇跡みたいなもので。二年経ってもまだまだ慣れないと笑う姿に、笑みがこぼれた。
そんな中、ふとエリザとノーマンが顔を見合わせたかと思うと、ノーマンがエリザの手を握る。
どうしたんだろうと首を傾げる私の隣に座っているニールは「あ、やっぱり?」と呟いた。
「実は俺達、結婚しようと思うんだ」
「えっ」
そして告げられた言葉に、あまりの驚きで手に持っていたティーカップを落としそうになる。
すかさずニールが支えてくれて事なきを得たけれど、呆然としながら二人を見つめることしかできずにいた。
「まあ、そんな気はしてたけどさ」
「黙っていてごめんなさい。どうしても一番最初に、セイディに報告したかったから」
「ああ」
そう言って微笑み合う二人は想い合う恋人同士そのもので、胸がいっぱいになっていく。
「お、おめでとう! 大好きなエリザとノーマンが結婚なんて……う、嬉しくて……」
「ありがとう。セイディに喜んでもらえて良かったわ」
「ごめん……びっくりと、幸せな気持ちで……っ」
また涙腺が緩んでしまった私に、エリザがハンカチを差し出してくれる。
──あの村から今まで支え合ううちに、家族愛や友愛だけでなく、恋愛感情も芽生えていったという。
きっと優しい二人は、私が目覚めるのを待ってくれていたのだろう。二年もあったのだから、結婚の準備だって何だってできたはずなのに。
「本当におめでとう! 私、全力でお祝いするから!」
「ありがとう。エリザは必ず幸せにするよ」
「うん、うん……!」
ノーマンの言葉に幸せそうに微笑むエリザを見ていると、余計に涙が溢れて止まらなくなる。
これから結婚式の準備を始めるらしく、来年の春に式をする予定だそうだ。
今から楽しみで浮かれてしまう私に、三人はひどく優しいまなざしを向けてくれている。
「あーあ、俺もそろそろ結婚したいなあ。一人だけ何の予定もないなんて」
ぷう、と片方の頬を膨らませたニールに、私だって予定がないと言えば「いやいや」と呆れたような顔をされてしまった。
「セイディも結婚するでしょ、ルーファス様と」
「えっ? ええと……」
「まだ具体的な話はしていないんだ?」
確かにルーファスと両思いな気はしていたけれど、まだそういった話はしていない。
そもそも目が覚めてからも色々なことがありすぎて、元の身体に戻る直前に告げた以来、好きだと伝えることすらできていなかった。
けれどもちろん、そうなりたいという気持ちはある。もしもルーファスと結婚したら、なんてことを色々と考えてしまい、顔に熱が集まっていくのを感じた。
「セイディは相変わらず、可愛いねえ」
「ルーファス様にも、タイミングや準備があるんだ。あまり俺達が言うことではない」
「そうだね。野暮なことを聞いちゃった」
三人から生暖かい視線を向けられ、じわじわと顔が熱くなっていく。
この先、ルーファスとずっと一緒にいられたなら、それ以上に幸せなことはないだろう。
ニールもなんだかんだ好き勝手できる今の自由な生活に満足しているらしく、恋愛はのんびりしていきたいと話していた。
改めて全員が元の身体に戻り、笑い合い、未来の話ができることに心から喜びを感じる。
「みんな幸せになって、本当に──……」
けれどそこまで言いかけて、私は口を噤んだ。私が望み思い描いていた未来には、もう一人いたから。
「……ジェラルドは、どうなったの?」
その疑問を口にした瞬間、場はしんと静まり返った。




