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もう一度、ここから 3




 ──声が聞こえる。大好きな人達の、優しい声が。



《おはよう、あなたの好きな花を庭に植えたのよ》

《ああ。お前は子供の頃から好きだったよな》


《今日はニールがセイディの好きなものばかりだからって、カフェのケーキを全部買い占めようとしたのよ》


《セイディ聞いてよ、ずっと欲しかった資格が取れたんだ! 一番に聞いてほしくてまっすぐ来ちゃった!》


《弟達もセイディに会いたいと言っていたよ。早く目が覚めるよう一緒にお守りを作ったから、飾らせてくれ》


 ありがとう、嬉しい、おめでとうと返事をしたいのに、私は目を開けることすら叶わない。


 そしてみんなは最後に必ず、悲しげな声で私の名前を呼ぶ。それがどうしようもなくもどかしくて苦しくて、悲しかった。


《セイディ》

《……守れなくて、本当にすまない》


 一番聞こえてくるのはルーファスの声で、どれほど彼が私を心配し、想ってくれているかが伝わってくる。


 必死に暗闇の中をもがいて叫んでも、声にならない。


 みんなの元に帰りたいと強く念じた途端、どこからか

笑い声が聞こえてくる。


 それが自分の声だということに、すぐに気が付いた。


 ──本当に? もう辛い思いなんてしたくないでしょう? このままの方が楽じゃない?


 確かに私はこれまで、人よりもずっと辛いことが多い人生だった。


 人生のほとんどを身体を奪われ奴隷のように過ごし、いざ元に戻っても嫌われ者の悪女として扱われ、信じていた仲間にも裏切られてしまったのだから。


 それでも、私はセイディ・アークライトとして生まれてきたのを後悔したことはない。


 優しい両親の元に生まれ、大切な人達に囲まれ、信頼できる仲間に支えられ──そして、大好きなルーファスと出会えたことは、何よりも幸せなことだった。


《頼むから、目を覚ましてくれ》


 また、ルーファスの声が聞こえてくる。


 きっと彼は今、泣いている気がした。そしてそれが私のせいだということも分かっている。


《……好きなんだ、愛してる》


 ルーファスのまっすぐな愛の言葉がどうしようもなく嬉しくて、泣きたくなった。


 たくさん心配をかけてごめんなさい、私も大好きだよって、伝えたい。この先もルーファスと一緒なら、どんなことだって乗り越えられるという自信がある。


 ──だから私はもう、絶対に大丈夫。


 はっきりと心を決めてみんなの元へ戻りたいと強く願った瞬間、目の前が明るくなった。



 ◇◇◇



 ゆっくりと目を開けたものの眩しさに耐えきれず、すぐに目を閉じた。それでも何度か繰り返すうちに慣れてきて、視界がはっきりしていく。


「──セイ、ディ?」


 ぼやけて揺れる景色の中でも、目の前にいるのが誰なのかは、すぐに分かった。


「目が、覚めたのか……?」


 喉が枯れていて声を出せないけれど、大丈夫だよと伝えたくて、握りしめられていた手を指先で握り返す。


 ルーファスの手のひらの温もりを感じ、自分が生きていること、ルーファスの元へ帰ってこられたことを実感して、余計に視界がぼやけてしまう。


「セイディ……! よかった、本当に……っ……」


 ぽたぽたと彼の瞳からは雫が降ってきて、手の甲を濡らしていく。やはり声は上手く出ず、ゆっくりと口角を上げれば、ルーファスは子供のように泣きながら、私を抱きしめてくれる。


 こんなにも心配をかけてしまったことを謝り、ずっと待ってくれていたことにお礼を言いたい。


 そしてたくさんの大好きを、これから時間をかけて伝えていきたいと思った。



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