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世界が終わる一秒前 3

流血表現などがあるので、苦手な方はご注意ください。



 ルーファスはメイベルの身柄を拘束し、私は再び部屋の中を探し始めた。


「どこに……どこにあるの……」


 震える手で、必死に棚の中、裏、ベッドの下などを見ていく。


 昨晩のうちにもう、探せるところは全て探したのだ。あれだけ探して見つからなかったのに、すぐ見つかるはずなんてないと、焦りと不安で押し潰されそうになる。


「ノーマンは頑張っているはずだ。信じよう」

「ルーファス……」

「今は無作為に探すよりも、一度落ち着いて考えた方がいい。大丈夫だから」


 私の背中を撫でながら、ルーファスは優しい声音で話しかけてくれる。


 彼の言う通りだと必死に探す手を止めた私は、何度か深呼吸を繰り返した。


「……ごめんね、ありがとう」


 ルーファスのお陰で少し落ち着き、頭が働くようになった気がする。そっと目を閉じ、改めて考えてみる。


 ──もしも私がメイベルだったとしたら、絶対に肌身離さないはず。


 これまでの行いを考えれば誰も信じられないし、魔道具を失えばこれまで築き上げてきた全てを失うことになるのだから。


 けれど先程調べた時にも、メイベルが魔道具を隠し持っている様子はなかった。部屋の中だってくまなく探したし、隠し場所だって限られているはず。


 なぜメイベルはあんなにも強気でいられるのだろう。


「ルーファスは絶対に見つからない場所って、どこだと思う?」

「手の届かない、目に見えない場所くらいしか思いつかないが、そんな都合の良い隠し場所がこの屋敷の中にあるとは思えない」

「……手の届かない、目に見えない場所……」


 確かにそれくらいでなければ、いつだって用意周到なメイベルが強気でいられるはずがない。


『エリザ様はいつも『本当に大切なものは一番近くに置いていないと』と仰っていましたよ』


 そしてふと、マティルダのそんな言葉が脳裏に蘇る。


「──まさか」


 点と点が線で繋がる感覚がして、私は跳ねるように顔を上げる。


 そのまま立ち上がり机へ向かい引き出しを開けると、数日前に見つけた短剣を取り出した。


 そして縛られたままのメイベルの元へ向かうと、ドレスを捲り上げる。


「ルーファス、メイベルを押さえて! お願い!」


 戸惑いながらもルーファスはすぐに頷き、メイベルを床に押さえ付けてくれる。


「何よ、痛いわね! くそが!」


 メイベルは必死に抵抗しているものの、私の身体でルーファスの力に敵うはずがない。


「──やっぱり、あった」


 やがて太腿まで裾を捲り上げると、そこには見覚えのある薄い布が貼られていた。


 無理やり剥がせばエリザの身体にあったものと同じような傷があり、自身の予想が当たっていることを悟る。


「ぐっ……やめろ! 離せ!」


 メイベルも私が気付いたと察したのか、先程までの余裕が嘘みたいに抵抗し、暴れ始めた。


 短剣を鞘から取り出し、心臓が早鐘を打つのを感じながらも、鋭く光る刃先をメイベルに──自身の身体へと向ける。


「セイディ? 一体、何を──」


 そしてルーファスが息を呑むのと同時に、私は太腿の傷跡の上にナイフを振り下ろした。


「ぐああああっ! いやああ、ああああ! 痛い痛い痛い痛い! あああああ!」


 肉を刺す感覚に吐き気を覚えながらも、唇を引き結び、ぐっと深く突き刺す。


 そしてナイフを引き抜くと、血が吹き出す傷口に迷わず指を刺し入れた。


 やがて指先に硬い感触を感じ、それを指二本で手繰り寄せて一気に引っ張り出せば、メイベルの絶叫が部屋中に響き渡る。


「これが……」


 そして私の手には、血に塗れた金色の棒──私達を長年苦しめ続けた魔道具があった。


 ──メイベルは魔道具を、自分の身体の中に隠し持っていたのだ。


 私の身体を奪った後も、医者がグルであれば可能だったはず。誰もがそんな可能性など疑わないし、普通に探したところで見つかるわけがなかった。


「……嘘、だろう」


 ルーファスも信じられないという表情で、血塗れの魔道具を見つめている。


「ぐあああっ……あああああ……いだいっ……! このクソ女、ゆるさないから、な……!」


 痛みに耐えきれなくなったメイベルは暴れ、血が吹き出す足を必死に押さえている。


 この怪我や痛みが全て自分に返ってくると思うと、恐ろしくて仕方ない。


 それでも大切な仲間を、未来を失う方が怖かった。


「返せ! っがえせええ! それは、私の……っ!」


 苦しみながらもメイベルは片手をこちらへ伸ばし、必死に取り返そうとする。


 その様子から、この魔道具が本物なのだと確信した。


 ノーマンの容体も一刻を争うし、今すぐに自分の身体を取り返すべきだろう。


「ルーファス、今から元の身体に戻るね」

「……ああ。そうしたらすぐに、手当をしよう」


 辛そうな表情を浮かべたルーファスは、私の身体の傷を心配してくれているようだった。


「…………」


 既に魔道具はメイベルの入った私の血が付いているため、これをこの身体に刺すだけでいい。


 ──正直、怖かった。


 私やみんなの人生を狂わせたこの魔道具を自ら使うなんて、怖くないはずがなかった。


 それでもこれで、全てが解決するはず。ノーマンだって絶対に助かる。


 そして、きつく魔道具を握りしめた時だった。

「セイディ! ノーマンがもう、本当に──」


 ドアが開き、目に涙を溜めたニールが入ってくる。


 ニールは血塗れの私を見て言葉を失ったものの、私の手の中にあるのが何なのか、すぐに察したようだった。


「まさか……セイディ、早く! 医者が到着したけど、本当にもうノーマンは限界みたいだ!」

「分かったわ!」


 そうして魔道具を自身の手のひらに突き刺そうとした瞬間、私は息を呑んだ。


「──え」


 先程メイベルの腹部に突き立てたはずのナイフが、私の身体の心臓に突き刺さっていたからだ。


 呆然とする私を見て、メイベルは口から血を吐き出しながら、にやりと笑ってみせた。


 もう魔道具が私達の手に渡った以上、彼女は全てを失うことになる。死罪だって確定だろう。


 それならばいっそ、身体を入れ替えているうちに私ごと自死しようとしているのだと気付く。


「くそっ! ふざけるな! ニール、医者を──」


 ルーファスの声が室内に響き、頷いたニールがすぐに走り出す。


「…………っ」


 元に戻った場合、私は死ぬのかもしれない。けれどもう今は、悩んでいる時間なんてなかった。


「ねえ、ルーファス」


 魔道具を握りしめ、数歩あとずさる。メイベルを押さえつけるルーファスに、止められないように。


「私ね、ルーファスのことが、大好き」


 そう告げた瞬間、ルーファスの両目が見開かれる。


 最後にこれだけは伝えられて良かったと、こんな時なのに自然と笑みがこぼれた。


「セイディ! やめてくれ、頼む!」


 ルーファスは必死に叫び、私へ手を伸ばす。


「……ごめんね」


 ──どうか、これでもう全てが終わりますように。


 そう祈りながら彼の手が届くよりも先に、私は自身の手に魔道具の先端を突き立てた。



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