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世界が終わる一秒前 2



「あーもう、全然見つからないね」


 ニールは苛立ったように前髪をくしゃりと掴み大きな溜め息を吐くと、引き出しを閉めた。


 ──アークライト伯爵邸に戻ってきてから、一日半が経つ。私はみんなと共に、魔道具を探し続けている。


 メイベルが屋敷のどこかに魔道具があると話していたと伝えれば、ニールやみんなもその可能性は高そうだと頷いていた。


 私とメイベルが例の薬を飲んで倒れた後、すぐに私の身体は伯爵邸へ運ばれたという。


 メイベルの性格を鑑みると、絶対に他人に預けはしないだろうというのも全員の考えだった。


『エリザ様はいつも『本当に大切なものは一番近くに置いていないと』と仰っていましたよ』


 マティルダの言葉を思い返しても、こればかりは嘘だと思えない。


 メイベルはあの部屋からをあまり出ていなかったと言うし、そもそもこの屋敷に詳しくない彼女が隠せる場所など限られているはず。


 それでも一向に見つかる気配はなく、時間だけが無情に過ぎ去っていく。


「セイディ、少し休んだ方がいい」

「ううん、私は大丈夫。ルーファスこそ、仕事だってあるのに……」


 誰よりも多忙なはずなのに、ルーファスもずっと私達と共に行動してくれている。


「……もう、メイベルを解放するしかないのかな。エリザもノーマンが死ぬくらいなら、一生あの身体のままでいいってさ」

「…………」


 ニールは眉尻を下げると「どうして俺達ばっかりこんな目に遭うんだろうね」と目を伏せた。


 魔道具を探す傍ら、メイベルを解放する場合のお金や移動手段も手配していた。


 もちろん最悪の手段でしかないけれど、ノーマンのことを考えると行動しないわけにはいかない。


 一方、メイベルはノーマンの命を盾にして、まるでこの屋敷の主のように振る舞っていた。ハーラや使用人達も、朝から晩まで彼女の我が儘に付き合わされている。


 あんな人間の勝手がまかり通るなんて絶対に許されないというのに、神様はどこまで私達を苦しめれば気が済むのだろうとやるせない気持ちになる。


「私もう一度、部屋を探してくるね」

「俺も一緒に行く」


 そうしてルーファスと共に立ち上がるのと同時に、私達のいる部屋のドアが開いた。


「セイディ……っ!」


 涙を流すエリザが中へと入ってきて、彼女はやがてその場に泣き崩れる。


 私は嫌な予感が的中していないことを祈りながらエリザの元へと駆け寄ると、何があったのかを尋ねた。


「ノーマンが、ノーマンがっ……死にそうなの……!」


 そう告げられた瞬間、頭が真っ白になる。


 ニールが泣きじゃくるエリザを支え、四人でノーマンのいる部屋へと向かうと、そこにはベッドの上で痙攣を起こすノーマンの姿があった。


「───っ」


 かなり危険な状態だということが、はっきり分かる。


 再びノーマンの姿を目にしたエリザは泣き崩れ、ニールも言葉を失い、立ち尽くしていた。


 医者を呼びに行っているらしいものの、こんな様子では間に合うはずがないことも、手の施しようがないことも明らかだった。


 私は目尻に浮かぶ涙を袖で拭うと、部屋を出てメイベルの元へと駆け出した。


 ルーファスも私の後をついてきてくれ、私の自室へ入ると、ベッドの上で寝転がり、メイドにマッサージをされていたメイベルは苛立った様子で眉を寄せる。


 私は彼女に詰め寄り、服の首元を掴んで引き寄せた。


「解毒剤はどこ? 今すぐに使わないとノーマンが死んでしまいそうなの! 早く!」

「はあ? 何よいきなり」

「本当にもう時間がないの……! お願いだから、解毒剤を出して!」

「あのねえ、そんな手には──」


 最初は必死に訴えかけている私を嘲笑っていたメイベルも、解毒剤欲しさの嘘ではないと察したのだろう。


 初めてその表情から、余裕が消える。同時に、恐れていたことが現実になったのを察した。


「……まさか、解毒剤はそもそも、ないの?」


 喉が詰まるような感覚がして、声が震える。


 メイベルは我に返った様子を見せた後、片手で前髪をかき上げると、溜め息を吐いた。


「そうよ。解毒剤があると嘘をついて、時間を稼いで逃げるつもりだったの。あーあ、私も運のツキが来ちゃったのかしら。この十年、何でも上手く行きすぎた結果の怠慢からかもしれないわ」

「なんて……ことを……!」


 ぐっと肩を押せば、そのままベッドにメイベルを押し倒す形になる。


 至近距離で、自分の顔と視線が絡む。メイベルはぷっと馬鹿にするように吹き出すと、口角を上げた。


「万が一の時のために持っていたただの遅効性の毒で、詳しいことなんて知らないの。一週間はもつって聞いていたのに相性が悪かったのかしら、あははっ!」


 自分の顔がこんなにも醜くて下劣な表情ができるなんてこと、私は知らなかった。


 両目からは堪えていた涙が、ぽたぽたと落ちていく。


「ふざけないで!」


 思い切りメイベルの頬を叩くと、彼女は「自分の顔を叩いて楽しい?」と鼻で笑ってみせる。


 目の前の女が憎くて殺したくて、もう一度頬を叩いたところで、ルーファスに止められた。


「セイディ、気持ちは分かるがお前の身体なんだ!」

「っだってもう、どうしたら……」


 ──このままでは本当に、ノーマンが死んでしまう。


 それでも震える手で涙を拭った私は、まだ解決方法が残されていることに気付く。


「魔道具はどこ!?」


 ノーマンを今すぐに元の身体に戻せば、助かるはず。


 きつくメイベルの肩を掴むと、彼女はなおも嘲笑うように声を立てて笑った。


「教えるわけがないじゃない。私がこの身体に入っている以上、生ぬるーいお前達は、私を殺すのはおろか傷付けることもできないんだから」

「よくも……!」

「それに探したって、絶対に見つけられないわ。私は拷問されたって、絶対に口は割らない。どうせ殺されるなら、お前達を巻き込んで死んでやるから」


 はっきりと言ってのけたメイベルはやはり、絶対に見つからないという自信があるようだった。


「ほら、こうしている間にお仲間のノーマンだっけ? もう死んでいるかもね」

「黙れ! セイディ、今はこいつに構う時間が惜しい」

「…………っ」


 とにかく魔道具を探さなければと思っても、パニックで頭がうまく働かない。



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