世界が終わる一秒前 1
「……本当に、あなたがセイディなの……?」
ルーファスと共にアークライト伯爵邸へ到着すると、泣き腫らした目をしたお母様やお父様、ニールによって出迎えられた。
こんな状況になってしまった以上、二人に隠していられず、ニールが説明したと聞いている。
「ごめんなさい、また心配をかけてしまって」
「あなたのせいじゃないわ、私達だって、また気付けなかったなんて……」
ひどく悔やんでいる様子のお母様は、大粒の涙をこぼし続けていた。
私はどこまでも親不孝者だと胸が痛みながらも、絶対に元の身体に戻ると約束し、ノーマンがいるという部屋へルーファスとニールと共に向かう。
廊下を歩きながら私の入れ替わりに気付かなかったことを謝った後、ニールは肩を竦めた。
「……でも、まさかジェラルドが裏切るなんてね。元々どうかしてる奴だとも、セイディへの執着も異常だとも思ってたけどさ。俺達は仲間だと思ってたのに、ほんと最悪すぎるよ」
ニールは戯けるように言ったけれど、その表情には悲しみの色が濃く浮かんでいる。私達五人の絆は深いものだと、誰もが思っていたのに。
やがてノーマンがいる部屋のドアをノックすると、エリザの声が聞こえてきた。
「ノーマン……!」
遠目からでもベッドの上に横たわったまま意識のないノーマンの顔色は悪く、駆け寄る。
メイベルによると一週間は死に至ることはなく、その間に解毒剤を摂取すれば助かるという。
けれど、一週間も持つとは思えない酷い状態なのが素人目でも分かって、焦燥感が込み上げてくる。
「……本当に、ひどいことを……」
冷たいノーマンの手を握り、これ以上ないくらいの悔しさと悲しさに唇を噛み締めた。
メイベルの言うことなど信じられず医者にも診てもらったものの、どんな毒物だったのか特定できない以上、少しでも毒の回りを遅らせることしかできないらしい。
ノーマンを見つめていた私は顔を上げると、呆然と私の姿を見つめるエリザと視線が絡んだ。
「十八歳の私って、こんな姿をしていたのね」
「エリザ……」
あの場所から救い出した後、ずっとこの屋敷にこもっていたエリザが自分の身体を見るのは十年ぶりだったのだと、今更になって気付く。
泣きそうな顔で微笑んだ彼女にかける言葉が見つからずにいると、エリザは「ごめんなさい」と今にも消え入りそうな声で呟いた。
「本当に、ごめんなさい……私のせいでノーマンが……」
「エリザのせいじゃない! ジェラルドが裏切った以上、遅かれ早かれこうなっていたもの」
「ううん、それに、あなたがこんなことになっていたことにも、気付かない、なんて……」
自分を責め、目に涙を浮かべるエリザを抱きしめる。
ずっと眠れておらず食事も喉を通らないようで、今にも倒れそうな彼女を休ませてほしいとニールに頼み、私はルーファスと共にメイベルの元へ向かうことにした。
メイベルは私の部屋を使っているらしく、屋敷の中央階段を上がっていき、自室へと向かう。
一ヶ月ほどしか離れていなかったはずなのに、何もかもが懐かしく、恋しく思える。
「大丈夫か?」
「……うん」
ドアの前に立つと、私はノックすることなく「私、セイディよ」と声を掛ける。
すると楽しげに笑う自分の声と共に、入るよう返事がされた。心配げな様子のルーファスには下に戻っているよう伝えて、一人で中へと入る。
「あら、元気そうじゃない。何の用かしら? もう金の準備は終わったの?」
「…………」
私の身体に入ったメイベルはソファに背を預けて足を組み、優雅にお茶を飲んでいるところだった。
その余裕に溢れた態度に強い怒りを覚えながらも、私は深呼吸をし、口を開いた。
「本当にお金や脱出手段を用意すれば、ノーマンの解毒剤を用意してくれるの?」
「そもそも解毒剤を用意しないと言ったところで、お前達は何もできないまま、お仲間が死ぬだけでしょう? それなら私の言うことを聞いた方がいいと思わない?」
心底馬鹿にしたような態度に、吐き気がする。私は両手を握りしめると、メイベルをまっすぐに見つめた。
「魔道具はどこ?」
「お前は本当にバカねえ、そんなの正直に答えるはずがないじゃない。……ああ、でも私は優しいから、可哀想なお前にヒントをあげる」
「…………」
「この屋敷のどこかにあるわ。残りの二日、せいぜい必死に探してみなさい。ふふっ」
メイベルの言うことなんて、あてにならないと分かっている。何より本当だとしても、絶対に見つからないという自信があるからこそ、楽しむような素振りを見せているのだろう。それでも。
「……そう、それなら勝手にそうさせてもらうわ」
私はそれだけ言うと、自分の部屋の中を探し始めた。
「あははは! 滑稽ねえ」
どんなに馬鹿にされたとしても、今の私にはもう魔道具のありかを探すことくらいしかできない。
ノーマンを絶対に見捨てられない私達は、二日後にはきっとメイベルを解放してしまうから。
机やクローゼットの中身を引っ張りだし、必死に探していく。そんな中、ふと昔お祖父様にもらって大切にしていたナイフを見つけた。
子供にはまだ早いとお父様に言われて、ずっとしまったままにしていたものだ。
「ふわあ……じゃあ、私は少し寝るわ」
ベッドに呑気に横になったメイベルの喉に突き立ててやりたい気持ちを押さえつけると、私は再び机の中にナイフを戻し、別の場所を探し始めた。




