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偽りの結婚式 1



 そして、いよいよ結婚式当日を迎えた。


「本当に素敵なドレスですね。ジェラルド様がエリザ様のためにオーダーされたそうで」

「……そうなのね。嬉しいわ」


 マティルダやメイドによって囲まれた私は、幸せの象徴である純白のウェディングドレスに身を包み、美しく着飾られている。


 けれど鏡に映る私は幸せとはかけ離れた酷い顔をしていて、両手で頬に触れると、何度も何度も口角を上げる練習をした。


 しっかりしなければと何度も自分に言い聞かせていると、男爵夫妻がやってきた。


 その手には銀色の鍵があり、ここに来てからずっと嵌められていた足枷用のものだと悟る。


「エリザ、とても綺麗よ」

「ああ。お前の晴れ姿を見られて嬉しいよ」


 男爵夫妻は涙ながらに、感激した様子で何度も何度もドレス姿の私を褒めてくれた。その度に私はエリザではないと否定したくなり、胸が押し潰されそうになる。


 本来こんな形で着るべきではなかったと、ジェラルドを恨まずにはいられない。


 どうか楽しんできてほしいと言う男爵夫人はそっと足枷を外してくれ、両足が自由になる。


 ようやく逃げ出す機会を得て嬉しいはずなのに、足枷が擦れてできた痣を見ていると、悲しさばかりが胸の中に広がっていく。


「セイディ、すごく綺麗だね。今日という日を迎えられて本当に嬉しいよ」

「ありがとう。あなたも素敵だわ」


 やがて私を迎えにきたジェラルドは、純白のタキシードに身を包んでいた。美しい彼の容姿によく映えており、メイドや男爵夫妻も感嘆の溜め息を漏らしている。


「行こうか。……その花束は?」

「今日のために作ったの。気に入ってくれた?」

「うん、とてもかわいいね。君らしい可憐さだ」


 マティルダは約束通り私がお願いした花を用意してくれ、昨日の昼にこっそり届けてくれた。


 そして昨晩のうちに可愛らしい花束にし、今はリボンをかけて抱えている。


 ジェラルドも花束を褒めてくれ、花束から数本の花を引き抜くと、ジェラルドの胸ポケットに差し入れた。


「あなたにもどうぞ。よく似合ってるわ」

「ありがとう」


 嬉しそうに微笑んだジェラルドは、男爵夫妻に挨拶を済ませ、私の手を取った。


 そして玄関ではなく裏口から屋敷を出て、停めてある馬車にすぐに乗り込む。


「こんな馬車でごめん。揺れは魔法で軽減させるから」

「大丈夫、気にしないわ」


 馬車も貴族が普通使うようなものではなく荷物を運ぶための簡素なもので、中に私や彼が乗っているなんて誰も想像すらしないだろう。


 私とメイベルが入れ替わっていることに誰も気付いていないとしても、ルーファスだって男爵邸を先日訪れていたし、メイベルの現在の様子は気になっているはず。


 だからこそ、ジェラルドはこんなにも警戒しているに違いない。今日一日を無事に終えるため、ジェラルドは入念な準備をしていることが伺えた。


「今日があまりにも楽しみで、昨晩はあまり寝付けなかったんだ。セイディと出会ってから、ずっとこんな日を夢見てたから」


 本当に浮かれているようで、ジェラルドの口数はやけに多い。どうかそれが油断に繋がることを願いながら、彼の楽しい気分に水を差さないよう笑顔で相槌を打つ。


 ──きっと、私が逃げ出せるタイミングは一瞬だけ。


 私はきつく両手を握りしめると、口角を上げたまま塞がれている窓へ視線を向けた。



 三時間ほど馬車に揺られ、やがて西の森に到着した。


 人気は全くなく森の入り口で馬車から降りた私達は、そのまま舗装された道を歩いていく。


「……わあ」


 やがて大聖堂の前で足を止めた私は、その美しい外観につい見惚れてしまっていた。子供の頃に見た時よりもずっと美しく、神聖なものに見える。


 じっと見上げていると、ジェラルドに手を掴まれた。


「ごめんね、あまり時間がないんだ。行こうか」

「ええ」


 そうして誰もいない大聖堂の中に足を踏み入れると、私達は誰からも祝福されることなく、ウェディングロードを歩いていく。


 間違いなく今が一番、ジェラルドが油断しているタイミングだろう。彼の夢が叶った瞬間なのだから。


 そっと隣を見上げれば、ジェラルドは幸せそうな笑みを浮かべており、これから自身がすることを思うと罪悪感を覚えてしまう。


 けれど私はきつく唇を噛んで心を決めると、ぴたりと足を止め、俯いた。


 すぐにジェラルドも歩みを止め、私の顔を覗き込む。


「セイディ? どうかした? どこか具合でも──」

「……ごめんなさい」

「え?」


 私はその瞬間、手に持っていた花束の中身をジェラルドの顔目掛けて撒き散らした。


「ぐあ……っ」


 ジェラルドは目元を片手で覆い苦しげな声を漏らし、片膝をつく。彼の両目からは止めどなく涙が溢れ出しており、しっかり効いたのだと安堵した。


「な、に……を……」


 私は再び「ごめんなさい」と謝罪の言葉を紡ぐと靴を脱ぎ捨て、彼に背を向けて走り出した。


 背中越しにジェラルドの声が聞こえたけれど、必死に足を前へ前へと動かす。


 ──これはあの場所で、女性達の間で身を守るために教えてもらったものだった。


 あの場所に生えていた特定の花を組み合わせると催涙効果が生まれ目に激痛が走り、しばらく何も見えなくなるという。


 立場も力も弱い女性達はこうして、護身用の知識を身につけていた。私も一度襲われかけ、ジェラルドに助けられた後、先にいた女性に教えてもらったのだ。


 まさかただの花束にそんな効果があるなんて、誰も想像しないはず。ウェディングドレスに着替える際、メイド達に入念に余計なものを持っていないか確認されたことにも気が付いていた。


 だからこそ武器を持たない私が彼に危害を加えるなんてこと、予想していなかったのだろう。


 けれど、かなり顔に近づけないと効果はないと聞いており、上手くいくかどうかは一か八かの賭けだった。



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