大切なもの 2
私の身体に入っている今なら、余計に隠しておくのは難しいように思う。とは言え、メイベルならば上手くやっているだろうけど。
「エリザ様はいつも『本当に大切なものは一番近くに置いていないと』と仰っていましたよ」
「一番、近くに……」
メイベルの言葉なんて到底信じられるものではないけれど、何となくこれは嘘ではない気がした。
肌身離さず魔道具を持ち歩いていたとすれば、今はアークライト伯爵邸にある可能性が高い。
「……どうにかして、誰かに連絡をとれたらいいのに」
とは言え、そんな方法なんてなく溜め息を吐いていたところ、ジェラルドの来訪を知らされた。
「おはよう。そのドレス着てくれたんだ、嬉しいな。よく似合ってるよ」
「……ありがとう」
ジェラルドは私の姿を見て満足げに微笑んだけれど、自分の身体ではないのに似合っていると褒められても、嬉しいとは思えない。
それでも笑顔を返してソファに座るよう勧めると、ジェラルドは小さく首を左右に振った。
「僕がお茶を淹れるね。セイディは座っていて」
そしてメイドを下がらせると、鼻歌なんて歌いながらお茶の準備を始める。
やけに機嫌が良く、何か情報を聞き出せないかと考えながら、様子を窺っていた時だった。
「結婚式の日程が決まったよ。来月の一週目の週末に」
「──えっ?」
今からもう一週間ほど先で、聞いていたよりもずっと早い展開に心臓が早鐘を打っていく。
「急いで準備を進めているから、明日からはあまり会いに来れなくなりそうだ」
「……そう、なのね」
「うん。はい、どうぞ」
ジェラルドはティーカップを私と自身の前に置き、ソファに腰掛ける。
「着替えはヘインズ男爵邸で──……」
ジェラルドは結婚式について説明を始めたけれど、私は焦燥感でいっぱいになっていた。
この日を逃せばもう、二度と外には出られないという確信があったからだ。
「──ディ? セイディ? 聞いてる?」
「あっ、うん。ごめんね」
それからも私は相槌を打つのに精一杯で、ジェラルドの話は何も頭に入ってこなかった。
ジェラルドが帰った後、私はベッドに倒れ込み、枕をきつく抱きしめた。
「……どうしよう」
魔法も使えない私が、結婚式の最中に一人で逃げ出すなんて不可能に近かった。
誰か味方がいなくては成し遂げられないものの、この状況では頼れる人だって限られている。
本当はまだ時間をかけたかったけれど、仕方ない。
今日まで必死に考えていたことを行動に起こそうと、私はベッドから起き上がり、テーブルの上を片付けていたマティルダに声をかけた。
「ねえ、マティルダ。あなたにひとつだけお願いがあるんだけれど、いいかしら」
「……なんでしょう?」
私がそう声をかけると、彼女は少しだけ警戒する様子を見せる。やはりまだ時期尚早だったと思いながらも、もう時間がない。
気づかないふりをして、笑みを浮かべたまま続けた。
「実はね、ジェラルドとの思い出の花があるの。結婚式の当日にその花束を作っていきたいんだけど、私はここから出られないでしょう? だからマティルダに手伝ってもらえたらなって」
「なぜジェラルド様にお願いされないんですか?」
「サプライズで渡したいの。彼に良くしてもらってばかりだし、少しでもお礼をしたくて」
心を病んで閉じ込められている私が、愛する婚約者のために結婚式の日に小さな花束を作って渡したいなんて願いは、側から見れば健気な花嫁に映るはず。
それでいて、花ならば危険性も問題もないと判断したのか、少しの後、こくりと頷いてくれた。
「分かりました。あとでお花の種類をメモして渡してもらえますか?」
その返事に心底安堵しながらも、笑顔を作り続ける。
「ええ、もちろん! 本当にありがとう」
ジェラルドが喜んでくれるといいな、と胸の前で両手を組んで嬉しそうに微笑んで見せれば、マティルダも「そうですね」と笑みを浮かべた。
恋人を愛する彼女なら、こうしてお願いすれば了承してくれるかもしれないと思っていた。
優しいマティルダの善意まで利用することに罪悪感はあるけれど、私は時間も手段も選んでいる余裕はない。
「ふふ、忘れないうちに早速書くわね」
「はい」
私はそのまま机に向かうと、紙にペンを走らせる。絶対に間違えられないため、ひとつひとつしっかり思い出しながら、慎重に文字を綴っていく。
「フェギュイと、オアエリスと……」
その様子を見ていたマティルダは、軽く首を傾げた。
「初めて聞く種類ばかりです。エリザ様、お花に詳しいんですね」
「ええ。昔、少しだけ凝っていたことがあって。こういうのはしっかり覚えているものなのね」
この国では珍しいものでも、王都で一番大きな花屋に行けばきっと全て揃うだろう。
やがて書き終えたメモを「お願いね」と渡すと、マティルダは笑顔で受け取ってくれた。
──どうか全て、無事に揃いますように。
今の私にできるのは、もう祈ることだけ。
不安や悲しみを必死に押さえつけると、私は結婚式が楽しみで仕方ない花嫁を演じ続けた。




