唯一の友人
あの後、様子のおかしかった男性にもお礼を言われ、美味しいケーキと紅茶を頂いた私は、まっすぐ帰宅した。
夕食を食べながら、とても楽しかったとその日の出来事を両親に話せば、二人はひどく嬉しそうに話を聞いてくれた。どうやら私はいつも、食事は部屋に運ばせて一人で食べていたらしい。寂しい思いをさせていたことに、胸が痛んだ。
そして家庭教師もすぐに探してくれると、お父様は約束してくれたのだけれど。
「すまない、かなり良い条件を出しているんだが……」
「謝らないでください、お父様は悪くありませんから」
そう、びっくりするほどの好条件で募集しているものの、さっぱり見つからないらしい。
けれど普通に考えれば、悪評高いセイディ・アークライトが突然家庭教師を募集するなんて、おかしい話なのだ。怪しすぎる。多分、私でも受けない。
そしてしばらくの間は、無理をしないようにと数日に一度だけ、お母様が色々と教えてくれることになった。
「本当に、裁縫がお上手なんですね」
「そうでしょ? いつも暗闇で急いでやっていたから、こうして明るいところでゆっくりやるなんて、簡単だもん」
「お嬢様…………」
「あっ、全然大丈夫だからね! ごめんね、気にしないで」
その為、空き時間のほとんどは裁縫をして過ごしている。みんな喜んでくれるといいなと思いながら、私は幸せな気持ちでそれぞれへの贈り物を作り続けていた。
ハーラにはいつも、喋り相手になってもらっている。
「そういえば、私ってやっぱり友達とかいなかったの?」
「ええ、よく他のご令嬢に喧嘩を売っては揉め事を起こしていましたし……。ああ、でも何度かエリザ様が遊びにいらしたことがありますよ。唯一のご友人かと」
「……エリザ?」
「はい、ヘインズ男爵家のご令嬢です。私達使用人にもお優しい、とても素敵な方でした」
偶然にも、この10年間あの場所で一番仲が良かった友人も、エリザという名前だった。まさかとは思ったけれど、確か私達の世代ではかなり多かった名前なのだ。
確か一度、彼女の姓を聞いたことがあったような気がするけれど、さっぱり思い出せなかった。あんな場所では、私達はただのセイディと、ただのエリザでしかなかったからだ。
思い出しても辛くなるだけだからと、お互いにあまり貴族令嬢時代の話はしなかった。どうか彼女も、私やジェラルドのように元の身体に戻れていますように。
「エリザ様、か」
とんでもなく性格の悪かった私とも、仲良く出来るような人なのだ。きっと、とても素敵な人に違いない。
そんな彼女に、会ってみたいと思った。
◇◇◇
元の身体に戻って一週間が経った私は今、ジェラルドに手紙を書いている。悲しくなるほどに字が下手だけれど、彼なら分かってくれると信じたい。
とにかく元気で幸せに暮らしているということ、いつでも良いから会って話がしたいということを何とか書き綴り、可愛らしい封筒に入れた。
セイディ・アークライトからの手紙なんて、取り次いでもらえないかもしれないのでは、と少し不安ではある。ジェラルドに届きますようにと祈りながら、メイドに手渡した。
今日は天気もいいし、お母様を誘って庭でお茶でもしようかななんて思っていると、お父様が呼んでいるとハーラに声を掛けられ、私はそのまま広間へと向かった。
ソファに腰掛ける両親の表情は、なんだか暗い。何かあったのかと不安に思いながら、二人の向かいに腰を下ろした。
「実はな、先程これが届いたんだ。お前にも一応、伝えておこうと思って」
そう言ってお父様が私の目の前に置いたのは、一通の手紙だった。何かの招待状のようだ。
恐る恐る開けて、ゆっくりと文章を読んでいく。なんだか堅苦しく、難しい言葉が多い。
「ええと……ぶとう、かい?」
「ああ、そうだ。王家主催の舞踏会が、来月行われることになったんだ。お前への招待状だよ」
王家主催の舞踏会。それも私への。嫌な予感しかしない。
「あのね、セイディ。実はこの舞踏会には、18になる歳の貴族令息子女は強制参加なの」
「えっ」
「私達も18の時には参加したのよ。昔からあるものなの」
この国の結婚適齢期は18歳で、それに合わせた伝統的な催しなんだとか。全く知らなかった。
「だが、今のお前が参加したところで辛い目に遭うだけだ。参加はしなくて良い。万一、他から舞踏会のことを耳にすることがあるかもしれないと思い、話しておいただけなんだ」
「本当に大丈夫なんですか……?」
「ああ。参加しないと罰があるとか、そういう訳じゃない」
二人はそう言ったけれど、強制参加というくらいなのだ。行きたくないので行きません、が通用するとは思えない。
「……わかり、ました」
とりあえず、私はそう返事をして部屋に戻った。
本当に参加しなくて大丈夫なのか心配だったけれど、私はマナーもさっぱりな上に、ダンスなんて出来ないのだ。行くことで余計に悪い結果になる可能性だってある。
こういう時、誰に相談したら良いのだろうか。使用人に聞いたところで両親と同じことを言うに決まっている。
しばらく悩んだ私は、唯一の友人であったらしいエリザ様に手紙を書くことにした。
◇◇◇
「ふふ、久しぶりね。貴女の方から呼んでくれるなんて、珍しいじゃない?」
手紙を出してから数日後、エリザ様は早速我が家へ来てくれた。手紙に「実は身体を乗っ取られていて、最近元に戻ったんです」なんて書いたところで混乱を招くだけだと思い、相談があるから会って話が出来ないか、とだけ伝えてある。
絹のような美しい金髪に、桃色の瞳をした彼女は、とても美人だった。物腰や言葉も柔らかく、第一印象だけで素敵な女性だというのがわかってしまう。
私は彼女を自室へと案内すると、メイドにお茶の用意を頼んだ後、二人きりにするようお願いした。やがてエリザ様はティーカップに口をつけると、ふわりと微笑んだ。
「そういえば貴女、いよいよルーファス様に婚約破棄されたんですって? まあ、当然の結果だとは思うけれど」
「……あの、私、何かしたんですか?」
「まあ、とぼけちゃって。ラングリッジ侯爵家の名前を使って、犯罪まがいの話に手を出したって聞いたわよ」
「えっ」
初耳だった。私は思っていた以上にとんでもないことをしていたらしい。彼女の言う通り、婚約破棄されて当然だ。
むしろ、それで済んだだけ有りがたい。ラングリッジ侯爵家に、一体どれほどの迷惑がかかったか計り知れない。私にはよく分からないけれど、下手をすれば侯爵家ごと罰されてしまうような話ではないだろうか。
それなのに我が家がその責任を取らされる、両親が責められるという事態には未だ至っていないようだった。侯爵家やルーファスには、感謝しかない。
「でも、お互い良かったじゃない。私がもらうわね」
「…………?」
もらう、とは何の話だろう。やはり私にはよくわからないけれど、どこから彼女に話そうかと悩んでいた時だった。
「それにしても、雰囲気が変わったわね。流石の貴女でも、ルーファス様に捨てられたのがショックだったの?」
「ええと、実は私、」
「ふふっ、貴女まさか元の身体に戻った、なんてつまらない冗談を言うんじゃないでしょうね」
彼女は鈴を転がしたような声で、くすくすと笑った。