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知らない過去 1



 エリザの身体に入ってから、半月が経った。


 あの日以来、ルーファスがヘインズ男爵家を訪れることはなく、やはり私が入れ替わっていることには気付いていないようだった。


 ジェラルドから聞いた話を考えれば、当然だろう。


 メイベルは記憶が欠けていると嘘を吐いており、私のことをよく知るジェラルドがそれをフォローしているのなら、気付くことなど不可能なのかもしれない。


 何より、薬の副作用で倒れたばかりの私にメイベルとの入れ替わりを疑うなんて、優しい両親や友人達にはできない気がした。


「ルーファスは今頃、何をしてるのかな……」


 恋心を自覚してからというもの、彼のことを考える時間は多くなるばかりだった。


 会いたい、声が聞きたいと何度思ったか分からない。


 私の身体に入ったメイベルがルーファスと親しくしていることを思うと、心が軋む。


「……しっかりしなきゃ」


 私自身が行動しなければ、何も変わらない。とにかく今はジェラルドの信用を得た上で、外に出るきっかけを作るしかない。


 時計を見ればそろそろジェラルドがやってくるいつもの時間で、私は軽く身支度を整えると椅子に腰掛けた。


 無理やり笑顔を作る練習をしていると、やがて聴き慣れたノック音が室内に響く。


 返事をすればすぐに、ジェラルドが入ってきた。


「セイディ、おはよう。今日は君が好きだった花を買ってきたんだ」

「ありがとう、ジェラルド」


 以前と何ひとつ変わらない爽やかな笑みを浮かべたジェラルドは、大きくて綺麗な花束を差し出してくれる。


 笑顔で受け取れば、彼は椅子に腰を下ろした。


 ──ジェラルドは週に六日ほど私に会いにきていて、日に三時間ほど一緒に過ごしている。


 それ以外の時間はアークライト伯爵邸へ行ったり、家の仕事を手伝ったりしているという。


 ジェラルドへの怒りを抑えつけながら、昔のように会話をするたび、心がすり減る思いがした。


「昨日も伯爵邸に行ってきたんだけど、みんなに変わりはなかったよ。ああ、ルーファス・ラングリッジも来ていて、ずっとメイベルに付き添っていたっけ」

「そうなんだ」

「完全にセイディだと信じ込んでいるようで、甲斐甲斐しく世話を焼いているみたいだ。本当に愚かだよね、信じられない」


 ジェラルドには「私の入れ替わりに気付かないルーファスに、何を期待しても無駄」という嘘を吐いた以上、傷付いた顔などできない。


 必死に無関心を装い、相槌を打つ。


 ジェラルドはそんな私を感情の読めない瞳で見つめていたけれど、やがてにっこりと満足げに微笑んだ。


「結婚式のことだけど、西の森の大聖堂はどうかな? 女性に人気だと聞いたんだ」


 今は嬉しそうな様子で話しているけれど、結婚式をしようと彼を説得するのには、かなりの時間がかかった。


 ジェラルドはやはり私を外に一切出したくないらしく、難色を示していたのだ。


 それでも、こんな目に遭って二度と家族にも友人にも会えないというのに、子供の頃からの夢も叶わないなんてあんまりだと涙ながらに訴え続けた結果、ジェラルドは折れた。


 私に嫌われていてもいい、側にいてさえくれればなんて言っていたものの、私に少しでも好かれたいという気持ちがあるらしい。


 他人の好意を利用することに抵抗はあるけれど、もう手段を選んでいる場合ではなかった。


 このままでは一生、私はこうしてジェラルドに監禁されたままになるだろう。なんとかして足枷を外してもらい、外に出るチャンスを得るにはこれしかない。


「セイディ? 嫌だった?」


 西の森にある大聖堂には、幼い頃に一度だけ両親と行ったことがある。


 王都からは少し離れているものの、西の森はかなり広く入り組んでいるため、逃げ出した後、姿を隠すにはいいかもしれない。


 ジェラルドからすれば人気がなく、好都合なのだろうけど。私は両手を合わせ、はしゃいでみせる。


「ぜひ! すごく嬉しいわ」

「良かった。僕達ふたりだけの小さなものにはなってしまうけど、許してほしいな」

「十分よ、いつもありがとう」

「愛する君のためなら、どんなことでもするから」


 ──本当に私のことを愛しているのなら、どうか自由にしてほしい。


 喉元まで出かけたそんな言葉を飲み込み、笑顔を貼り付けて再び「ありがとう」と紡ぐ。


 ジェラルドの愛の形は、ひどく独りよがりなものだ。


 あんなにも優しかった彼が、どうしてこんな風になってしまったのか、気になっていた。


 私は彼のことをよく知っているつもりでいたものの、結局のところ何も知らなかったのだ。


『……いつ、私を好きになったの?』

『十一年前、初めてセイディに会った時からだよ』


 あの場所で会う前から私を知っていた、好きだったというのも気がかりで、直接聞いてみることにした。


「ジェラルドは、どうしてそんなに私のことを好いてくれるの? 十一年前、どこで会ったの……?」


 突然の私の問いにジェラルドは一瞬、両目を見開いたけれど、やがて昔を懐かしむように長い睫毛を伏せた。


「少し話が長くなるけど、いいかな」

「うん、大丈夫だよ」


 すぐに頷けば、ジェラルドは小さく息を吐き、静かに口を開く。


「……そもそも僕は、フィンドレイ侯爵家の人間じゃないんだ」

「えっ?」

「あの家の本物の息子はとっくに死んでいて、よく似ていた僕が代わりとして引き取られただけ。生まれた時から孤児院にいた僕は、本当の両親の顔だって知らない」

「そんな……」


 初めて知る事実に、戸惑いを隠せなくなる。


 そんな私を見てジェラルドは眉尻を下げ、微笑んだ。


「セイディは幼い頃、慈善活動で伯爵夫人とともに孤児院や病院を慰問していただろう? その時、君に出会ったんだ」


 

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