後悔の先に 4
「そうだったわ、少しだけ思い出した。ルーファスには赤がよく似合うなって思ったの」
そう告げられた瞬間、頭を思いきり殴られたような衝撃が走った。記憶が多少欠けていたとしても、性格は変わっていないはずなのだ。
いつだって素直なセイディは、適当なことを言ったりするような人間ではなかった。
『私、ルーファスともう少しだけ一緒にいたい』
『もっと前に元の身体に戻れたらよかったのに。……そうしたらタバサが馬鹿なことをせず、ずっとルーファスの側にいられたかもしれないもの』
『ルーファスの手、温かいね』
これまで感じていた違和感も、間違いではなかったのだろう。予感が確信に変わっていく。
──この女は、セイディではない。
メイベルと入れ替わっているのだと思い至った瞬間、これ以上ないくらいの怒りや嫌悪感が込み上げてきた。
この女がセイディや彼女の友人達、そして俺の人生を狂わせたのだ。今すぐにでも剣を抜き殺してやりたいという衝動を必死に堪え、きつく手のひらを握った。
入れ替わった状態で一方が死ぬと、もう一方も死ぬと聞いている。何より、これはセイディの身体なのだ。傷ひとつ付けるわけにはいかなかった。
目の前にメイベルがいるというのに、何もできないこの状況が、悔しくて腹立たしくて気が狂いそうになる。
「……ルーファス?」
黙り込んでいた俺に、メイベルは心配げな視線を向けてくる。セイディの身体で、声で俺の名前を呼ぶなという言葉を飲み込み、口を開く。
「すまない、その時のことを思い出していたんだ」
「ふふ、そうなのね」
メイベルは「これからも身に着けていたい」と言い、ネックレスを手に取る。
「あれ、なんだか上手く着けられないわ。ねえルーファス、お願いしてもいい?」
「……ああ」
メイベルはネックレスを受け取った俺に背中を向け、長く美しい銀髪を前へと避ける。
細い首、真っ白なうなじを前にしても、中身が他人だというだけで、何も感じない。
なぜこんなにも違うのに十年もの間気づけなかったのかと、自責の念に強く苛まれる。
「…………」
だが、今まで散々上手くやってきたこの女が、何故こうも簡単にボロを出したのだろう。
そんな疑問を抱いたものの、すぐに答えは出た。
──メイベルは、俺がセイディ・アークライトに嘘を吐くと思っていないのだと。
タバサと入れ替わり悪女になっていたセイディに、俺は十年間ぞんざいな扱いを受けていたにもかかわらず、婚約を継続し気に掛け続けていた。
メイベルは俺がどれほど愚かな男かという話を、タバサから聞いていたはず。社交界でも何故婚約破棄をしないのかと散々話題になっていたのだから、尚更だ。
この女は俺を心底侮り、油断しきっている。そしてそれは、間違いなくこちらにとって有利になるだろう。
己の愚かさが今になって役に立つなど、皮肉にも程がある。だが今は、手段を選んでいる場合ではない。
「できた?」
「……ああ」
「ありがとう」
微笑むメイベルの笑顔だけはセイディそのもので、やるせない気持ちになる。
セイディは今頃エリザの身体に入り、ヘインズ男爵家で閉じ込められている可能性が高い。
ようやく元の身体に戻れたというのに、再び身体を奪われ一人で過ごしているであろうセイディのことを思うと、胸が張り裂けるような思いがした。
何より、あの薬を摂取した後、解毒剤もない状態であることを思うと心配になる。
エリザの身体に入ったセイディに何かあった場合、メイベルの命にも関わるため、何らかの方法で解毒剤を飲ませていると信じたかった。
そもそも、いつどうやって身体を入れ替えたのかも調べる必要がある。魔道具についても疑問は尽きない。
とにかく一刻も早く、セイディを救い出さなければ。
そう思った俺は、静かに立ち上がった。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ、仕事の予定があるんだ。またすぐに時間を作って見舞いに来る」
「……ルーファス、ありがとう。忙しい中、こうして来るのは大変でしょう?」
「お前のためなら、これくらい大したことじゃない」
小さく笑みを浮かべそっと手に触れると、メイベルは照れたように微笑む。胃の底から吐き気が込み上げてくるのを感じながらも、俺は続けた。
「記憶を失って不安なことも多いだろう。困ったことがあればすぐに言ってくれ。お前のためなら何でもする」
「ありがとう……ルーファス」
メイベルは「あなたがいてくれてよかった」と感激したように瞳を潤ませ、俺の手を握り返す。
──完全に俺を信用させ、絶対にこの女を地獄に落としてやると、固く誓った。