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自覚と決意と

後半部分を削除し、ここから修正したものを最終話まで投稿していきます。よろしくお願いします( ˘人˘ )



「どうして、ルーファスがここに……」


 けれどすぐに建物の影に入り、窓からルーファスの姿は見えなくなってしまう。


 今の私には、この部屋を出ることすら叶わないのだ。全て完璧に対策されているせいで、大声を出しても声は届かないし、魔法を使ってドアを壊すこともできない。


「……っ」


 もどかしくて悔しくて、泣きたくなった。


 それでもほんの一瞬、遠目からでもルーファスを見られたのが嬉しくて、救われた気持ちになる。


 それから五分ほどして、ルーファスが馬車へと戻ってきた。窓に両手を突き、必死に姿を目で追いかける。


 ルーファスがこの屋敷に何をしに来たのか、誰と何を話したのかは分からない。けれどきっと、この家の人間は私の存在を隠し通すはず。


 こうしてすぐに帰るところを見ると、彼は異変に気付いていないのかもしれない。


「や、やだ……いかないで……ルーファス……」


 この声が届くはずなんてないと分かっていても、引き留める言葉ばかりが溢れていく。


 そんな中、馬車に乗る直前、振り向いてこちらを見上げたルーファスと目が合った、気がした。


 向こうからは私の存在は見えないのだから、気のせいに決まっている。


 それなのに、馬鹿みたいな期待をしてしまった自分が嫌になった。ルーファスは背を向け、馬車に乗り込む。


「……っう……」


 やがて馬車が見えなくなると、私はずるずるとその場にしゃがみ込み、膝を抱えた。


『セイディ、誕生日おめでとう』

『と、突然すまない。俺はなんてことを……』

『誰にでも、こんなことをするわけじゃない』


 最後に会った時には、あんなに近くにいたのに。


 抱きしめられた時の温もりも香りも、今でもはっきりと思い出せる。


 私の身体に入ったメイベルにも、同じように触れるのだろうか。ルーファスの美しい両目にその姿を映し、優しい声で名前を呼ぶのだろうか。


 そんなことを考えると、胸が張り裂けそうになる。同時に真っ黒なもやもやとした気持ちが、身体の奥底から込み上げてくるのが分かった。


 過去、メイベルやタバサに対し数えきれないほどの怒りを感じてきたけれど、それとは違う。


「……痛くて、苦しい」


 この胸の痛みには、覚えがあった。


『ルーファスが私以外の女性にも好きだと言って、触れているのを想像すると、すごく嫌だったんです。だから、ほっとして……』


 あの時感じたものを、ずっと濃く煮詰めたような感情でいっぱいになっていく。


 ──お願いだから、私以外を見ないでほしい。


 そして、気付く。こんな風に思ってしまうのは、ルーファスだけだということに。


『本当に困った時には、俺を頼ってほしい』

『絶対に力になるから』

『ああ、絶対に助ける。だから大丈夫だ』


『ずっと、セイディが好きだった』

『俺は死ぬまで、セイディしか好きになれないんだと思う』

『好きだ。愛してる』


 今まで数えきれないくらい、ルーファスに対して特別な気持ちを抱く瞬間はあった。


 ただ、この感情の名前を知らなかっただけ。


「……私、ルーファスのことが好き、なんだ」


 いつだってまっすぐで誠実で強くて、少しだけ不器用で、誰よりも優しい。


 そんなルーファスのことが、私は好きになっていた。


 こんな時に、こんな形で自覚するなんてと、泣きたくなる。そして自覚するのと同時に、胸の中で「好き」という感情がはっきりと形で作られていくのが分かった。


 むしろ今まで気付かなかったのが不思議なくらい、この気持ちは大きく育っていたように思う。


「っルーファス……」


 けれど今の私には、この気持ちを伝えることさえ叶わない。瞳からは止めどなく涙が溢れ、気が付けば子供のように声を上げて泣いていた。


 泣いていたって何も変わらないと、私はあの十年で思い知っていたのに。


 それでもこれで最後だと決めてひとしきり泣いた後、涙を袖で拭い、顔を上げる。


 ──絶対にここから逃げ出して、元の身体に戻ってみせる。そして、ルーファスに好きだと伝えたい。


 そう固く誓い、私は両手をきつく握りしめた。



 ◇◇◇



 翌朝、メイド達によって身支度をされながら、気になっていたことを尋ねてみることにした。


「ねえ、これって何か分かる?」


 エリザの右太腿の内側には、薄い布がしっかりと貼られていた。触れてみると、ミミズ腫れのようなものがあり、どうやら数センチほどの傷跡があるらしい。


「そちらについては、私達も存じ上げません」


 今のエリザは記憶もところどころ抜け落ちている設定のため、メイドは特に怪しむ様子もなく答えてくれる。


「ただ旦那様や奥様を心配させたくないとのことで、黙っているよう申しつかっております」


 どうやらメイベルは外でこの傷を作り、黙って治療まで済ませてきたらしい。着替えから風呂まで世話をするメイド達には隠せず、黙っているよう命じたのだろう。


 彼女達も記憶が欠けているとは言えエリザ本人であり、身体に関わることだからこそ、話してくれたようだった。明らかに怪しい話に、私はさらに質問を続ける。


「それっていつか分かる?」

「私がお仕えした時にはもう傷跡がありました。よほど深い傷だったのか、何度か傷が開いてしまっては治療するというのを繰り返されていたようです。つい最近も」

「…………?」


 彼女がメイベルに仕え始めたのは三年前らしく、それ以前から傷はあったことになる。


 しっかりと縫われ治療した傷が、数年間の間に何度も開くなんてこと、ありうるのだろうか。


 疑問は尽きないものの、彼女達もこれ以上は知らないようで、この話は終わりにした。



 それからすぐ、いつものようにジェラルドは私の元を訪れた。


「おはよう、セイディ」


 ジェラルドは当然のようにベッドのすぐ側の椅子に腰を下ろし、笑みを浮かべる。


「昨日、ルーファス・ラングリッジが男爵邸へ来たようだよ。エリザの体調はどうかと心配してきたみたいだ」

「……そう」

「それだけ? 嬉しそうな反応をすると思ったのに」


 私は目を伏せると、首を左右に振った。


「もういいの。メイベルを私だと思い込むようなルーファスに、何かを期待しても無駄だから」


 本当はそんなこと、思ってなんかいない。


 それでも少しでもこの場所から抜け出す可能性を上げるために、嘘を重ねていく。


「十年前はまだしも、今は入れ替わる方法があると知っているのに気付かないなんて……」

「そうだよ、僕にしかセイディを理解できないんだ。あんなやつに期待しても無駄だよ」


 ジェラルドは満足げに微笑むと、私の手を取った。


「嬉しいな、本当に嬉しい。セイディもようやく分かってくれたんだね」

「……うん」


 ジェラルドは私がルーファスに対してマイナスの感情を向けるのが、何よりも嬉しいらしい。


 今すぐに振り払いたい気持ちを抑え、笑顔を向ける。


「僕にできることなら何でもする。幸せにするよ」

「本当に、何でもしてくれるの?」

「もちろん。元の身体に戻すこと以外なら」


 興奮した様子のジェラルドの手を握り返せば、彼はさらに破顔した。


 まずはこの部屋から出ることを、第一に考えなければいけない。


「私、結婚式はしたいな。子供の頃からの夢なの」


 ──そのためにまず、ジェラルドを掌握しなければ。



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