もう、届かない
本日からパルシィさまのアプリにて、本作のコミカライズが始まりました……!!よろしくお願いします。
割れそうなくらい、頭が痛い。ゆっくりと浮上していく意識の中で、一番に思ったのがそれだった。
「……っ、う」
「セイディ、目が覚めた?」
薄く瞼を開ければ、眩しい金髪が視界に飛び込んでくる。ぼやける視界が少しずつはっきりしてきて、やがてジェラルドの顔がすぐ目の前にあることに気が付いた。
なんだか随分長い間、眠っていた気がする。見覚えのないこの部屋は、やけに豪華で可愛らしい。どうして私はここにいるのだろう。
「辛いよね、ごめんね。ずっと意識がないから解毒薬を砕いて水に混ぜて、少しずつ飲ませることしか出来なかったんだ。頑張ってこれだけ飲んでほしい」
「…………」
ジェラルドによってベッドから身体を起こされ、水の入ったグラスと小さな錠剤が口元へと運ばれる。
──ああ、そうだ。私はパーティでエリザの身体に入ったメイベルと共に毒を飲んで、倒れたんだっけ。
薬のせいかぼんやりとして、うまく頭が働かない。解毒薬を水と共に、なんとかジェラルドの助けを借りながら飲んだ。
「すぐに辛くなくなるから、安心して」
再びベッドに寝かされ目を閉じているうちに、少しずつ頭の痛みがとれていくのが分かった。それと同時に、妙な違和感のようなものが全身に広がっていく。
ジェラルドはベッドの側の椅子に座り、ずっと私の手を握ってくれていたようだった。
「み、んな、は……?」
「今頃はアークライト伯爵家じゃないかな」
掠れたせいか声に違和感を感じる私に、笑顔のままのジェラルドは、他人事のようにそう言った。
意識がはっきりしてきた私は、再び身体を起こす。まだ少し頭が痛むけれど、だいぶ楽になった気がする。
「ねえ、ここはどこ?」
「エリザの部屋だよ」
「……えっ?」
エリザの、部屋。どうしてそんな場所に、私とジェラルドが二人でいるのか分からない。
そして今発した声に、やはり違和感を感じた。
「なんで……声、私……」
この声は、私の声じゃない。
この自分から他人の声が出てくる感覚には、覚えがある。忘れたくても、忘れられるはずがない。
そうして必死に記憶を辿り、意識が無くなる直前、最後に見たものを思い出した私は言葉を失った。
「──っ!!」
慌てて自身の顔に手のひらを当てる。輪郭も、背中に流れる長く美しい金髪も、私のものではなかった。
心臓が大きく嫌な音を立て、早鐘を打っていく。
「……ま、さか」
「君とエリザの身体が入れ替わったんだ」
いつもと変わらない笑顔を浮かべ、まるで挨拶をするような軽い調子でジェラルドは言った。
その瞬間、頭が真っ白になる。
「ど、どうして……」
こんなの、間違いなく予定にはなかった。けれど目の前のジェラルドに、戸惑う様子はない。
魔道具はメイベルが持っていたはず。それが使われたことを不思議に思わないなんて、明らかにおかしい。
考えたくもない最悪の仮説が浮かんできて、私は縋るようにジェラルドへと視線を向けた。
「ジェラルドは、私達を裏切ったの……?」
「うん」
「どうしてそんなこと……!」
「君を愛しているからだよ」
声が震え、思わずジェラルドの腕を両手で掴んだ私に対して、彼は当然のようにそう言ってのけた。
──私を、愛しているから?
『こちらこそありがとう、セイディ。今後も友人として、仲良くしてくれたら嬉しいな』
『こちらこそ、これからもよろしくね』
そんな会話をしたのも、つい先日だったのだ。まさかジェラルドが裏切るなんて、想像すらしていなかった。
「セイディのままじゃ、君はもう手に入らない。でもエリザの身体に閉じ込めておけば、邪魔者はいなくなる」
「な、んで……」
「メイベルは今頃、記憶が多少欠けているフリでもして『セイディ』になっているんじゃないかな。僕が裏切ったなんて、誰も思わないはずだから」
ジェラルドの言う通りだ。私だけじゃない、皆は絶対にお互いを疑ったりはしないに決まっている。
それほどにあの場所で支え合い、過ごした中で生まれた絆や信頼は、何よりも強いものだと思っていた。
「ジェラルド、お願いだから私を元に戻して」
「無理だよ。魔道具を持っているのはメイベルなんだ」
「そんな……! メイベルはどうして私の身体を?」
「色々とバレてしまった以上、皆に愛されるセイディに成り代わってしまえば安心だと思ったんだろうね。僕が味方をすれば、上手く誤魔化していけるだろうし」
もう、訳が分からなかった。私の足には太い鉄の鎖の足枷が付いていることにも、今更になって気が付く。
ジェラルドは本気で、私を閉じ込める気なのだろう。
「それに彼女はルーファス・ラングリッジに執着していて、あいつこそが自分にふさわしいと思い込んでる」
ルーファスの名前に、心臓が大きく跳ねた。私になったメイベルは、彼に対して何をするつもりなのだろう。
私の口で、声で、好きだと伝えるのだろうか。
そんなの、絶対に嫌だった。悲しくて悔しくて、私の瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
「泣かないで、セイディ」
「触らないで……!」
思い切り手を振り払えば、ジェラルドは今にも泣き出しそうな、傷付いた子供のような顔をした。
「ジェラルド、おかしいよ……! だって、今の私はエリザの身体に入っていて、私じゃないのに」
「セイディはセイディだよ」
取り乱す私とは対照的に、ジェラルドは落ち着き払っている。そして当然のことだと言いたげに、続けた。
「僕はね、中身がセイディならどんな入れ物でも気にしないんだ」
そんな言葉に、ぞくりと鳥肌が立った。
思い返せば彼は、あの場所でタバサの身体に入っていた私のことを好きになったと聞いている。
ジェラルドは私がどんな身体に入っていたとしても、本当に気にしないのかもしれない。
「愛してるよ、セイディ。ずっと一緒にいようね」
再び私の瞳からは、ぽたりと涙が溢れ落ちていく。
涙を指先でそっと掬いとりながら、ジェラルドはひどく幸せそうに微笑んでいた。