誕生日 3
「セ、セイディ様、お誕生日おめでとうございます……!」
「ありがとうござ……あ、」
私の返事を聞き終わらないうちに、気弱そうな令嬢は俯き逃げるように去っていく。誕生日パーティーが始まったものの、一応は出席してお祝いは言いにきました! というのが丸分かりな参加者の多さに、私は苦笑いを浮かべていた。
今日はいつも以上に、セイディ・アークライトの嫌われっぷりがよく分かる。そのお蔭で相手が誰なのかと悩む必要すらなく、楽ではあるけれど。
「遅くなってごめんなさい、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。来てくれて嬉しいわ」
そんな中、エリザの身体に入ったメイベルが私の元へとやって来た。どうやら今来たばかりらしい彼女は、今日も誰よりも淑女らしい、美しい笑みを携えている。
間違いなく、私がその正体に気が付いていることだって知っているはず。計画通りとは言え、こうして招待に応じ、いつもと変わらない様子の彼女の度胸や自信が不気味だった。
「ふふっ、そのドレスもとても綺麗ね。よく似合ってる。貴女って本当に綺麗な顔をしていて、羨ましいわ」
メイベルはそう言って笑うと、ひどく冷たい手のひらで私の頬に触れた。するりと撫でられ、鳥肌が立つ。
彼女が一体何を考えているのか、私には分からない。必死に怒りを押し殺し、笑顔を返す。
「貴女だって、すごく綺麗よ」
「嬉しいわ。ありがとう」
「今日は楽しんでいってね」
彼女は「ええ」と頷くと、美しいブルーのドレスを翻し人混みの中へと向かっていった。招待客達は皆、彼女の姿を見るなり嬉しそうな笑みを浮かべ、輪の中に迎え入れている。
その背中を見つめながら、私は小さく溜め息を吐いた。
「セイディ、大丈夫だった?」
「うん、何とか。いつも通りすぎて怖くなっちゃった」
すぐに側へやって来てくれたジェラルドに、ジュースの中に果物が入ったグラスを手渡される。
ジェラルドは「これには何も入っていないから安心して」なんて冗談を言うものだから、思わず笑みが溢れた。
「今から三十分後に、給仕を向かわせるよ」
「うん、分かった」
いよいよ作戦開始だと思うと、緊張してしまう。
私が少しでも動揺したり妙な様子を見せたりすれば、勘のいいメイベルは絶対にグラスに口をつけないだろう。しっかりしなければと、私はぎゅっと手のひらを握りしめた。
「ねえ、セイディ。君こそいつも通りだけど怖くないの?」
「痛いのは嫌だけど、怖くはないよ。だって、ジェラルドが付いていてくれるもの」
私がそう言うと、何故か彼は一瞬、驚いたように両目を見開いて。やがて、今にも泣き出しそうな顔をして微笑んだ。
「……セイディは、本当に良い子だね。自分が嫌になるよ」
「えっ?」
「ごめんね」
何に対して、謝っているのだろう。そんなジェラルドは準備をしてくると言い、その場を離れた。
◇◇◇
「もうすぐ作戦を実行しますが、本当に大丈夫なので驚かないでくださいね。あ、でも演技では驚いてください」
「ええ、分かったわ」
「無理はするなよ」
「はい。ありがとうございます」
両親に心配をかけないよう、改めてこっそりと耳打ちをした私はメイベルの元へと向かう。彼女は私の姿を見るなり、親しい友人へ向けるような、柔らかな笑顔を浮かべた。
「あら、来てくれたのね。とても素敵なパーティーで、楽しく過ごさせてもらっていたの」
「良かった、私も嬉しいわ」
それからは当たり障りのない話をしていたけれど、私はタイミングを見計らって、小さく右手を上げた。
「喉が渇いたから、グラスを二つくれる?」
「かしこまりました」
怪しまれないよう、給仕は私達の目の前でボトルの中身をグラスに注ぐ。給仕はやがてグラスを二つ差し出すと、そのうちの一つを手に取るようメイベルに選ばせた。
メイベルが給仕からグラスを受け取った後、私もまたもう一方を受け取る。そしてグラスを傾けると、彼女に向けた。
「乾杯しましょう?」
「もちろん。では、セイディのお誕生日を祝って、乾杯」
軽くグラスを合わせた後、口を付ける。毒の効果が出るのは数分後だと聞いている。しっかりと飲むところを彼女に見せれば、彼女もグラスに口をつけた。
彼女の喉が動きグラスの中身が減ったのを確認し、内心ほっと胸を撫で下ろす。後は、効果が出るのを待つだけだ。
「っぐ……う、あ……っ」
「セイディ?」
そして数分後、どくんと心臓が大きく波打った。すぐに想像していた数倍の苦しさや痛みに襲われ、涙が溢れていく。
息がまともに吸えず、喉からはひゅっという音が漏れた。やがて立っていられなくなった私を、駆けつけたジェラルドが支えてくれる。痛い、痛い苦しい痛い苦しい。
少し遅れてメイベルも喉元を押さえ、苦しみ始めたのを確認した私は、痛みに耐えようときつく目を閉じた。会場は騒然となっているようで、大きなどよめきが聞こえてくる。
後はこのまま部屋に運んでもらい、解毒剤を飲むだけだ。それまではなんとか耐えようと思っても、だんだんと意識が朦朧としてきて、冷や汗が止まらない。
今すぐに心臓を止めて欲しいと思うくらいの苦痛が続き、口からは自身のものとは思えない叫び声が漏れた。
ジェラルドの声が、遠ざかっていく。
「……──様、っエリザ様! 大丈夫ですか!?」
ほんの少しだけ痛みが楽になったと思った途端、すぐ側でそんな声が聞こえた。ジェラルドに抱き抱えられていたはずなのに、今はやけに細い腕の中にいるような気がする。
違和感と胸騒ぎがした私は意識が遠のいていく中、目を開ける。そうして目の前の光景を見た瞬間、息を呑んだ。
ぼやける視界の中には、私の姿があった。
久しぶりの更新になってしまい、すみません。感想や評価、ありがとうございます。がんばります……!!