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微熱



「……あの女が身体を入れ替えたくなるような状況を作り出すのが、一番いいんじゃないかな」


 改めて大司教から聞いた話を伝えたところ、ニールはぽつりとそう言った。今現在は私を含めた五人で広間の大きなテーブルを囲み、今後のことについて話し合っている。


 ……あの後、押し倒されたままの私の元へニールがやって来て、「何やってんの」とジェラルドを止めてくれたのだ。


 同意無しにこういう事をするのは流石に無いんじゃない、と言った彼の声は驚くほど低く冷たいもので。どうやら本気で怒ってくれているらしかった。


 やがて私から手を離し、身体を起こしたジェラルドは「ごめんね」「返事、待ってるから」と呟くと、起き上がった私の手を取った。


「嫌だったら振り払っていいんだよ」

「……ええと」

「酷いね、ニールは」


 そんな会話をしながら広間へと戻り、今に至る。隣に座るジェラルドはいつも通りの笑顔を浮かべており、気まずさを感じているのはどうやら私だけらしい。


 ずっと彼のことを誰よりも身近な存在だと思っていたけれど、最近は何を考えているのか全く分からなくなっていた。


「入れ替えたくなるような状況って、例えばどんな……?」

「身体に一生物の傷が付くとか、呪いにかかるとか」

「だ、だめだよそんなの!」


 限界が近い可能性がある魔道具を完全に壊すためには、使わせるのが一番手っ取り早いというのは分かる。


 それでも、身体はエリザの物なのだ。その方法はとても容認できるものではない。けれど、斜向かいに座るエリザは「いいじゃない、それ」なんて言って微笑んでいた。


「私の身体のことなら気にしなくていいから、思い切りやりましょうよ。一生、この身体でいるよりマシだもの」


 彼女は本気でそう思っているらしい。エリザは昔から、妙に思い切りがいいところがある。私が絶対に反対だと言い切ると、エリザは困ったように眉尻を下げた。


「あの女は絶対に魔道具のありかは吐かないだろうし、それが一番現実的で早そうだね。もちろん、エリザの身体に負担にならない方法がいいんだけど」 

「死には至らないけど、ひたすら苦しみ続ける毒とかあればいいのにね。専用の解毒薬をこちらで用意すれば、エリザが元の身体に戻ったと同時に使えばいいし」

「そんな都合の良いもの、あるのかしら」

「調べておくよ。言い出したのは僕だし、あの女に使う前に全部僕自身が試すから安心して」


 ニールはそう言うと、やがて私へと視線を移した。


「セイディの気持ちは分かるけど、こんな状況で何のリスクもない良い方法なんてないと思うよ」

「…………」

「ま、もう少し考えてみよう。僕も色々調べてみるし」


 他の案を提案した訳でもないのに、否定ばかりするのは良くないと分かっている。それでも、エリザが心配だった。私も何か良い方法がないか調べ、考えなければ。


 タバサやノーマンの身体を奪っていた男から再び話を聞く日程などを決め、この日の話し合いは終わりとなった。


 それからは久しぶりに、五人でゆっくり話をした。こうして温かく綺麗な場所で、美味しいお茶を片手に話が出来る日が来るなんて、思いもしなかった。 


 エリザとノーマンも元の身体に戻った上で、改めて五人で笑い合いたい。そう、強く思った。




 その日の夕方、ルーファスから明日会えないかという手紙が届いた。どうやら急ぎの用があるらしい。


 ケヴィン様も同席するとのことで、余計に何かあったのかもしれないと心配になってしまう。


 私はすぐに了承の返事を書くと、確実に届くであろうケヴィン様の屋敷へと手紙を届けるよう頼んだのだった。




◇◇◇




 翌日の昼、我が家を訪れた二人を私はすぐに玄関で出迎えたけれど。ルーファスはやけにかっちりとした服装を着こなしており、その顔色は今にも倒れてしまいそうなほど悪い。


 彼の少し後ろに立つケヴィン様も、ひどく気まずそうな様子で。やはり何かあったのだと不安になりながら、自室へと案内する。テーブルを挟み二人と向かい合った私は、メイドにお茶の用意を済ませた後は退室するようお願いした。


 そしてメイド達が部屋を後にし、パタンとドアが閉まる音が聞こえると同時に、私は口を開いた。


「もしかして、何かあったんですか……?」

「……あの日の夜、何があったかを聞いたんだ」

「えっ」


 あの日の夜というのは大司教に会いに行った日、ルーファスがお酒に酔った時のことを言っているのだろう。


 そして彼がひどく思い詰めた様子なのも、ケヴィン様が気まずそうにしているのにも、納得がいった。こうなることが予想できたからこそ、何もなかったと嘘を吐いたのだ。


「本当にすまなかった。二度とこんなことが起こらないようにする。許して貰えるまで、何でもするつもりだ」

「わ、私は大丈夫だよ。まったく気にしてないから!」


 ……本当は毎日のようにあの晩のことを思い出しては、ひどく落ち着かない気持ちになっていた。


 それでもルーファスに気を遣わせたくなかった私は、笑顔でそう言ったのだけれど。何故か彼は、余計にショックを受けたような表情を浮かべている。


「誤解のないようお願いしたいのですが、ルーファスは酒に酔ったからと言って、誰にでも好意を伝えたり触れたりする人間ではありません。むしろ、今回が初めてかと」

「そうなんですか?」

「はい。誓います」

「良かった……」


 ケヴィン様の話を聞き、思わずそんな言葉が口から零れ落ちた。どうして私はこんなにも安堵しているのだろう。


 私の反応を見て、ルーファスは更にへこむような様子を見せた。一方、ケヴィン様は困惑したような様子だった。


「それなら、どうしてあの日はそんなことを……?」

「……それは、その」


 気になったことを何気なく尋ねてみると、ルーファスは口籠もってしまった。言いたくないことがあるのかもしれないと思った私は「何でもない、気にしないで」と慌てて付け加えた。これ以上、彼を気落ちさせるわけにはいかない。


 そんな中、口を開いたのはケヴィン様だった。


「先程の良かった、というのは一体……? ルーファスがこれ以上被害者を出さなくて良かった、という意味ですか」

「っげほ、ごほ、」


 それと同時に、ティーカップに口をつけたばかりのルーファスは思い切り咳き込んだ。慌ててハンカチを渡せば、彼は「すまない」と言って受け取ってくれた。


「……ええと」


 ケヴィン様の質問の答えについて、考えてみる。もちろん彼の言っていた意味ではない。 


「ルーファスが他の女性にも好きだと言っているのを想像すると、すごく嫌だったんです。だから、ほっとして」


 やがて思っていたことをそのまま口に出せば、ルーファスは黒曜石のような瞳を見開き「は」という声を漏らした。



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