少しずつ、急接近
「と、とっても、美味しいね」
「ああ」
その日の晩、私とルーファスはこの街唯一のホテルのレストランで、向かい合って座っていた。
目の前に並ぶ食事はとても美味しい、けれど。私達の間には、なんとも言えない空気が漂っている。
「…………」
「…………」
よくよく考えてみると、私が自身の身体に戻ってからというもの、彼と普通の時間を過ごしたことがなかった。
だからこそ、何を話せば良いのかわからなくなっていたのだ。きっとそれは向こうも同じなのだろう。ルーファスも時折こちらを見ては、何か言いたげな顔をしている。
……子供の頃は何を話そうなんて考えることなく、常に楽しくおしゃべりをしていたはずなのに。
そう思うとなんだか寂しい気持ちになってしまいつつ、せっかくの機会を無駄にしたくないと思い、私は当たり障りのないことを尋ねてみることにした。
「お仕事は最近忙しいの?」
「いや、普通だ」
ちなみに先日ゲートを勝手に使った件は、日頃の彼らの行いが良いせいか、上の方が揉み消してくれたらしい。彼らにはなんの罰もなかったようで、本当に良かった。
ルーファスも私に話しかけられること、質問をされることも嫌ではなさそうで。彼のことをもっと知りたいと思った私は、色々と聞いてみることにした。
「ケヴィン様とは騎士団に入ってから、仲良くなったの?」
「ああ、同期だった。二人で遅くまで訓練したりしていた」
「そうなんだ、素敵だね。すごく仲良さそうだもん」
「そうだな。あいつとはよく食事や飲みにも行く」
「ふふ、そっか。そもそも、どうして騎士になったの?」
「セイディが格好いいと言っていたからだ」
「……えっ?」
何気なく告げられた予想もしていなかった答えに、私は思わず驚きの声を漏らしてしまった。ルーファスも言うつもりはなかったのか、慌てて口元を右手で押さえている。
……私が、格好いいと言っていたから? 確かに私は、昔から騎士に対して漠然とした憧れがある。だからこそ、彼にも何気なくそんな話をしたことがあったかもしれない。
けれどルーファスが騎士になったのは、間違いなく私が身体を乗っ取られて何年も経った後だ。嫌な思いや辛い思いをし続けていたはずなのに。
つい「どうして」と呟いた私に対し、ルーファスは眉尻を下げ、困ったように笑った。
「セイディが、好きだったからだ」
そんな言葉に、切なげな声に。心臓が大きく跳ねた。
子供の頃、彼が私を好いてくれていたことはもちろん分かっていた。そしてそれが、過去のことだということも。
「……ありがとう」
ルーファスはずっと、私の言葉を忘れずにいてくれた。それはとても嬉しいことなはずなのに、何故か胸の奥がずきずきと痛んだ。一体、どうしてなのだろう。
「それなのに、君が別人になっていても気が付かなかった自分が、未だに許せないんだ」
「本当に仕方ないことだったもの。ルーファスはずっと私の心配をしてくれていたって、お父様からも聞いたよ」
そんな状態の私を見捨てなかっただけでも、彼がどれほど私を大切に想ってくれていたかは分かる。それにルーファスは、いつだって私に優しかった。
「本当にありがとう。今こうして普通に話せるようになっただけでも、本当に嬉しい」
彼が私を信じてくれて、本当に良かった。そしてルーファスが「俺はお前と」と何かを言いかけた時だった。
「おや、ルーファスじゃないか?」
「……アントン、さん?」
「ああ。本当に久しぶりだな」
私達のテーブルの横を通りがかった男性が、ルーファスの顔を見るなり声を掛けたのだ。
嬉しそうにルーファスの背中をバンバンと叩いた男性はなんと、前騎士団長らしい。引退後は一人でのんびりと、国中を旅しているのだという。
ルーファスと会うのも数年ぶりらしく、偶然会えたことで二人はとても嬉しそうだった。
「もしかして、こちらはルーファスの婚約者か?」
「えっ? ええと、私は」
「こいつから話はよく聞いてたんだ」
「……私の話を?」
「ああ、いつも君の話ばかりだったよ」
するとルーファスは「やめてください」と慌てた様子を見せた。もしかすると、当時の最低最悪な私の相談なんかをしていたのかもしれない。
「よければ少し、一緒に飲まないか?」
そんなアントンさんの誘いを受け、ルーファスは伺うようにこちらを見た。久しぶりに会えた二人の邪魔はしたくないし、気も遣わせたくない。
そう思った私は丁寧にお断りをして、先に部屋に戻らせてもらうことにした。
◇◇◇
「……ルーファス?」
風呂から上がった後、何か飲み物でも貰いに行こうと部屋の外に出ると、アントンさんに肩を支えられふらふらと歩くルーファスの姿が見えた。
その顔は赤く、かなり酔っているのがわかる。
「お、良いところに。こいつ、ベロベロになっちまって」
「ええっ」
「……おれは、よってませんよ」
「酔ってる奴は大体そう言うんだ」
お酒のせいでふにゃりとしたルーファスは、なんだか可愛くて。思わず笑みが溢れてしまう。つい飲ませすぎたと、アントンさんは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
アントンさんは彼を部屋へと運ぶと、ベッドにどさりと下ろした。大人しく横たわったルーファスはどうやら酔っているだけで、具合が悪そうには見えずほっとする。
「ルーファスのこと頼むな。こいつは本当にいい奴なんだ。これからも一緒にいてやってくれ」
「はい。私でよければ」
アントンさんは、私達の婚約が解消されたことについて知らないのかもしれない。彼を見送ると、私は急いで水をコップに注ぎルーファスの元へと向かう。
「ルーファス、大丈夫? お水飲める?」
そして近くのテーブルに水を置いて声を掛けると、ルーファスがじっとこちらを見ていることに気が付いた。
「……かわいい」
そんな言葉に、「えっ」と声を漏らした時にはもう、思い切り腕を引かれていて。
気が付けば私は彼の上に覆いかぶさるようにして倒れ、きつく抱きしめられていた。




