真実 3
手紙が届いた二日後、私とルーファスは向かい合って座り侯爵家の馬車に揺られていた。
行き先は王都から少し離れたとある街で、そこで大司教が療養しているのだという。ルーファスは彼に会いに行くために、私に時間を作って欲しいと言っていたのだ。
ニールとも再会したノーマンやエリザは、我が家でゆっくり休んでもらっている。ジェラルドも含め皆には、戻ってきた後に報告をするつもりだった。
「大司教が元に戻ってるって、どういうことなの……?」
「まだ屋敷には奴の家族が住んでいるらしく、何か話を聞けたらと思って訪問したんだ。そうしたら、例の猫がいた」
「えっ?」
例の猫というのは、大司教と入れ替わってしまったという猫のことだろう。
「突然賢くなった上に、人間の食べ物を好むようになったらしい。間違いなく中身は大司教だったんだろう」
「本当に、猫と……」
「だが数日前に俺が訪れた際に見たその猫は、どう見ても普通の猫そのものだった。演技かとも思ったが、夫人もある日突然元の調子に戻ったと言っていたんだ」
ちなみに事件当日、家族は皆留守だったらしい。
「そしてそれは、君達が元に戻ったのと同じ頃だった。だから俺は、大司教も元に戻ったと推測した」
きっと、彼の予想は正しい。原因は分からないけれど、あの日あの時間に、魔道具によって身体が入れ替わっていた人間のうち数人が元に戻ったのだろう。
けれど私達が元の身体に戻ってから、かなりの時間が経っている。それなのに何故、大司教は元に戻ってなお田舎で療養を続けているのだろう。そんな疑問を口に出せば、ルーファスは「あくまで俺の予想だが」と続けた。
「身体を入れ替えた後すぐに魔道具を元に戻すつもりが、こんな事態になってしまったんだ。気の狂ったふりを続けて逃げていても、おかしくはないだろうな」
「……確かに」
どうやら神殿内ではまだ、彼の罪が明らかになっていないようだった。もしかすると魔道具のことは、教皇や大司教のみが知っていたことだったのかもしれない。
それに大司教ならば、魔道具について私達やタバサ達が知らないことも知っているはずだ。
「適当に脅せば、奴もある程度は話すだろう」
「うん、そうだね。……ルーファス、本当にありがとう。大変な時なのに、こんなに協力してくれて」
「俺が勝手にやっていることだ、気にしないで欲しい」
やはり彼は、優しすぎる。そう思いながら、私は「あの、お礼とはとても言えないんだけど」と口を開いた。
「移動時間がかかるって聞いて、お昼ご飯を作ってきたの。もしよかったら、後で一緒に食べよう」
「……君が、作ったのか?」
「うん。一応料理の経験はあるし、料理長と一緒に作ったから味は大丈夫だと思う。でも、ルーファスはいつも美味しいものを食べているだろうし、だからその、口に合わないかもしれないし、やっぱり途中でどこかお店に入った方が……」
自分でも驚くくらい、言い訳のようなものが口から溢れてくる。私は一体何に焦り、不安になっているのだろう。
何を言っているのかわからなくなっていると、やがてルーファスは「セイディ」とひどく優しい声で私の名を呼んだ。
「本当に嬉しい。ありがとう」
「こ、こちらこそ」
「昼食、楽しみにしている」
そう言って、ルーファスは信じられないくらい嬉しそうな顔をするものだから。心臓がどきりと大きく跳ねた。
そして昼、彼は何度も何度も美味しいと言いながら綺麗に完食してくれて、悲しくもないのに泣きたくなった。
◇◇◇
夕方近く、無事に街に辿り着いた私達はまっすぐ大司教の元へと向かった。身分を明かし夫人からの手紙を見せれば、すぐに大司教のもとへと案内してもらうことができた。
「気に入らないことがあると、飛びついてきたり噛み付いてきたりするのですが、騎士団長様でしたら安心ですね」
「……ああ」
そんな説明をされながら廊下を歩いて行き、着いたのは一番奥の部屋で。軽くノックをした後、彼はドアを開けた。
「大司教様、お見舞いの方がいらっしゃいましたよ」
「…………」
真っ白で最低限のものしかない部屋の一角にあるベッドの上に、その人はいた。髪は真っ白で、まるで猫のような体勢で背中を丸め、こちらをじっと見ている。
その奇妙な様子に、ぞわりと鳥肌が立つ。やがて案内してくれた男性が部屋を出て行くと、私達はソファに腰掛けた。
「俺はお前と話をしに来たんだが、いつまで猫のふりなんてしてふざけているつもりだ?」
そしてルーファスは、じっとこちらを見ている大司教に向かってそう言ってのけた。けれど、反応はない。
「お前が魔道具を盗み出したことも、既に入れ替わりが元に戻っていることも分かっている。話をする気がないのなら、神殿に行って本当のことを全て話してくるつもりだ。いくらお前が気が狂っているふりをしたって、死罪だろうな」
「…………」
「むしろこの場で、俺が殺してやってもいい。気が狂ったお前が暴れて、正当防衛をしたとでも言えば良いだけだ」
彼の容赦ない言葉に、大司教の瞳が揺れた。もちろん脅し文句なのだろうけど、まるで本気のような迫力がある。
そして少しの沈黙の後、やがて大司教はゆっくりと姿勢を正すと、両手で顔を覆った。
「……頼む、何でも話すから許してくれ。死にたくない」
「いいだろう」
やはり全て、演技だったらしい。自身の罪から逃げるために気が狂ったふりを続けるなど、卑劣にも程がある。
けれど今は、そのことを責めている場合ではない。
「君はラングリッジ侯爵の息子だろう。何が知りたい」
そして私達はまず、あの日何が起きたのかを大司教の口から全て聞いた。タバサの言っていたことは全て本当で、やはり私達と同時に元の身体に戻っていたようだった。
けれど教皇が亡くなったことを知り、自身の犯した罪が恐ろしくなった彼は、この場所で逃げ続けていたのだという。
その後、私は魔道具によって何人もの人間が何もかもを奪われたことを話した。全てを聞き終えた彼は「すまない」と謝罪の言葉を何度も口にしていたけれど、そんな薄っぺらい言葉なんて聞きたくはなかった。
「……私は、なんということを……本当にそんなつもりでは無かったんだ……ただ、」
「御託はいい。お前や彼女が元に戻った原因はわかるか?」
そんなルーファスの問いに、大司教は片手で口元を覆ったまま、小さく頷いた。
「……あれはもう、壊れかけているんだろう」




