変化
「お嬢様、お嬢様。急いで起きてください、ジェラルド様がいらっしゃいました」
「んー……ジェラルドが…………えっ?」
前日の疲れのせいかぐっすり眠っていた私は、ハーラによって叩き起こされ、慌てて我に返ると飛び起きた。
彼は王都から離れた場所に向かったため、往復で二日はかかると聞いていたのに、どうして此処に。とにかく慌てて最低限の身支度を整えた私は、彼が待つ応接間へと向かった。
廊下で歩きながらハーラに聞いたところ、ノーマンとエリザも先程起きて部屋で朝食を摂っているらしい。二人に変わりはないようで、安心した。
「ごめんね、待たせて」
「いや、大丈夫だよ。むしろ早くにごめんね」
ジェラルドはいつもと変わらない笑顔を浮かべると「寝起きもかわいい」なんて言ってのけた。
「でも、二日はかかるって聞いてたから驚いちゃった」
「途中で引き返してきたんだ」
「何かあったの?」
「……そうだね。僕の中では色々あったかな」
ジェラルドはそう言うと、何故か自嘲するような笑みを浮かべた。途中で戻ってくるほどの何かがあったのだろうか。
とは言え、ノーマンもエリザも無事に助け出すことが出来たのだ。あの男に誓約魔法をかけて解放する必要もなくなったことで、結果的には良かったのかもしれない。
「手紙読んだよ、大変だったね。二人は今ここに?」
「うん。呼んでこようか?」
「いや、まだ大丈夫だよ」
「そう……?」
まだ、という言葉に引っかかったものの、私はそれからジェラルドに手紙で伝えきれなかったことを全て話した。
そして今私達が一番にすべきなのは、魔道具をメイベルという女から奪うことだということも。
ジェラルドは、時折相槌を打ちながら聞いてくれて。彼はとても聞き上手で、昔から私は彼によく長話をしてしまっていたことをふと思い出していた。
「肝心な時に、力になれなくてごめんね」
「ううん、ジェラルドも私達の為に動いてくれてたんだし」
彼は申し訳なさそうな顔をしているけれど、むしろ今まで彼に頼りきりで、何でも任せてしまっていたのだ。気にしないで、と言えば彼は困ったように眉尻を下げた。
「……でも、一番に僕のところに来てくれたんだよね?」
「うん? そうだよ」
「嬉しいな」
ジェラルドはやがて、エメラルドのような瞳でまっすぐに私を見つめた。その表情はいつの間にか、ひどく真剣なものへと変わっている。
「ねえ、セイディ」
「うん?」
「その魔導具をメイベルって女から回収して、無事に全てが解決したら、僕と結婚してくれないかな」
「…………えっ?」
そんな信じられない言葉に、私の口からは間の抜けた声が漏れた。ジェラルドと、結婚。もしかして私は今、プロポーズをされているのだろうか。
あまりにも突然のことに、私は戸惑いを隠せずにいた。息をするのも忘れ、美しい瞳を見つめ返すことしかできない。
「好きだよ。ずっと君が好きだった」
「……っ」
「僕は本気だから、考えておいてくれると嬉しいな」
そして彼は、誰よりも綺麗に微笑んだのだった。
◇◇◇
あの後ジェラルドはノーマンとエリザにも会い、二人と少し話をした後、帰って行った。
「またね、セイディ。好きだよ」
帰り際には、そんなことを耳元で言われてしまって。三人で庭でお茶をしている今も、動揺し続けている。
ニールから気持ちは聞いてはいたものの、告白や求婚をされるだなんて思ってもみなかった。そして何故、ジェラルドはこのタイミングを選んだのだろう。
とは言え、あの告白を思い出すたびに顔に熱が集まっていくのを感じていた。異性からこうして想いを告げられるなんて、生まれて初めてな気がする。
「それにしても、ジェラルドってあんな綺麗な顔をしていたのね。セイディも美人だし、本当に驚いちゃった」
「そ、そうだね」
「セイディは悪女の、ジェラルドは女好きのイメージがついているんだろう? 大変だったよな」
「うん、少しだけね」
二人はやはりこの生活が落ち着かないらしく、私もその気持ちは痛いくらいにわかってしまう。
今すぐ家族の元へ戻れない状況に心が痛んだけれど、こうして暮らせているだけで幸せだと言ってくれていた。ちなみにニールは明日の昼、我が家へ来ることになっている。
「それに、ルーファス様もとても素敵な方よね」
「私もそう思う。本当に優しいもの」
「ねえ、本当に何もないの?」
「…………?」
その質問の意図がわからず、私は首を傾げた。そんな私を見て、二人は納得したような様子で笑っている。
「まあ、セイディはそうよねえ」
「だと思ったよ」
何のことだと尋ねたけれど、誤魔化されてしまって。その日は結局、ジェラルドの言葉が頭から離れず、魔道具を奪う良い方法も思いつくことが出来なかった。
……翌日の夜、ルーファスから手紙が届いた。一緒に行きたい場所があるからすぐに時間を作って欲しいということ、昨日彼が大司教の住んでいた屋敷へと行ったこと、
そして『大司教も元の身体に戻っていると思う』ということが男性らしい、けれど綺麗な字で綴られていた。




