真実 1
「……仲間、だったんじゃないの」
「まあ、仲間だなんて。ステキな響きだこと」
小馬鹿にしたように笑うと、タバサと名乗った女は傷み伸び切った髪をかき上げた。
他人の身体だと分かっているはずなのに、10年も過ごしていたせいか、その姿を見ているだけで落ち着かない。
「私達は別に、仲間でもオトモダチでもない。ただ、目的が同じだっただけの他人だもの」
「目的……?」
「普通の人間として、生きてみたかった。ただそれだけよ」
それにしては大分贅沢させてもらったけどね、なんて言う彼女に対し、もちろん強い怒りを感じたけれど。
「たまたま生まれ落ちた場所が違うだけで、こんなにも差があるなんて不公平だと思わない?」
「…………」
「まあ、お前達には分からないでしょうね。生まれた瞬間から、全てが終わっているような人間の気持ちなんて」
……同時に、心のどこかで彼女達を哀れむような気持ちが芽生えてしまったのも、事実だった。
入れ替わった時の身体の様子から、今までどんな暮らしをしていたのかは想像がつく。きっと彼女達は生まれながらにして、あの場所でのような生活を強いられていたのだろう。
私だって、奴隷と変わらない扱いをされる日々の辛さも、終わりの見えない絶望感も、分かっているつもりだ。
それが一生続くとなれば私だって、苦労なんて知らずに贅沢に呑気に暮らしている人間を、妬ましく思ってしまうかもしれない。他人の身体を奪ってまで、他の誰かとして生きてみたいと願ってしまうかもしれない。それでも。
願うのと、行動に移すのは別だ。彼女達を許せるはずもないし、許すつもりもない。
それに彼女は私の全てを奪っただけでなく、家族やルーファスなど、沢山の人を傷つけたのだから。
「ま、そんなことより他に聞きたいことはないの? ここ、暗いし温かいし、なんだか眠たくなって来ちゃった」
タバサはこんな状況だというのに、呑気に大きな欠伸をしている。本当に自分勝手な人間だと思いつつも、彼女の協力により、一気に真実に近づいているという確信はあった。
気になることも、聞きたいことも沢山あったけれど。私は込み上げてくる怒りを必死に押さえつけ、一番気になっていたことを尋ねてみることにした。
「……どうやって、身体を入れ替えていたの?」
「魔道具よ」
さも当たり前のように女はそう答えた。以前ノーマンの身体を奪っていた男が言っていたことは、本当だったらしい。
「大司教が持っていたものだった」
「……大司教が?」
その言葉に一番反応したのは、ずっと私の後ろで黙っていたルーファスだった。
「どういうことだ」
「さあ? ベンと揉み合っているうちにあのおっさん、猫と中身が入れ替わっちゃったんだもの」
ああ、ベンはノーマンって男と入れ替わっていた奴よ、と付け加えて、女はやはり可笑しそうに笑った。
そして何もわからない私の為に、ルーファスが大司教について説明してくれた。
教皇に次ぐ権力を持つ大司教は、ある日突然行方不明になり、ようやく見つかった際には家族のことすらわからず、奇行を繰り返すようになっていたのだという。
何らかの事件に巻き込まれ、精神がやられたのではないかと判断されたらしいけれど。彼女の話が本当で、猫と入れ替わっていたことが原因だとしたら、全てに納得がいく。
「……私達はあの日、王都近くにあった地下労働施設から逃げ出して、大司教の家に盗みに入ったの。メイベルが過去にそこでメイドとして働いていたから、大司教が金品を大量に隠し持っていたことも、抜け道や屋敷内のことも分かっていたし、適当に金品を奪って国外に逃げるつもりだった」
「そうしたら忍び込んだ先でおっさんが魔道具を片手に、若い見目のいい男を押し倒して、何かしようとしていたのよ。今思えば、身体を奪おうとしていたんだろうけど」
「で、慌てたおっさんとベンが揉み合ってるうちに、どこからか現れた飼い猫が飛びかかって行った直後、突然おっさんが猫みたいな動きをし始めたってワケ」
そして同じく、突如気味の悪い動きをし始めた猫の腕に突き刺さっていたのが、その魔道具だった。大司教はそのまま窓から飛び出して行ったらしい。
タバサ達はその後、金目の物を盗み立ち去ったという。
「なんの変哲もない、金色の細い棒だった。私達は金で出来ているし、売れそうだなんて話していたんだけど、メイベルだけは違った。変な棒をまるで宝物のように抱えて、人生が変わるかもしれない、なんて言って笑っていたわ」
あの女は嫌いだけど、そういう鼻が利く所だけは尊敬するなんて言い、彼女は続けた。
「両端が針のように尖っていて、先端に同時に対象の血液が付くことで、入れ替わりが成立するみたい」
「たった、それだけ……」
「そう、それだけ。けれどそれだけのことを知るまでに、メイベルが何人の人間を実験に使って、殺したと思う?」
タバサは呆れたように、肩を竦めた。大司教に襲われていた男性も、その実験に使われたらしい。
そんな恐ろしい話に、私は声ひとつ出せずにいた。
「小瓶に血液を入れて渡しておいて、先端にそれを垂らした後に、もう片方の先端を入れ替わりたい人間の身体に刺してもらう。私達はただあの場所で、座って待っているだけ」
身体を奪われた際、誰かとぶつかったことを思い出す。その際に、魔道具を身体のどこかに刺されたのだろう。
「たったそれだけで、私はお前になれたのよ」




