望まない邂逅
「……どう、して、」
どうして、此処にいるのだろう。そして向こうもまた、私が此処にいることが信じられない様子だった。
その服装はあの頃私が着ていたものと変わらず、身体はボロボロなままで。どう見たって奴隷の扱いと変わらない。動揺を隠せずにいる私を見て、女は可笑しそうに笑った。
「あはは、はじめましてだねえ、セイディ」
「……っ」
言いたいことは、沢山あった。罵って、責めて、問い詰めてやりたい。この女に、私の人生の大半が奪われたのだ。
それなのに、いざとなると頭が真っ白になって、口からは何ひとつ言葉が出てこない。色々な感情がめちゃくちゃになって溢れ出し、視界がぼやけていく。
そんな私の手を、隣にいたエリザがそっと握ってくれた。
「お前達、ここから逃げるつもりなの?」
「……ああ、そうだ」
ノーマンがそう答えると、女は再び口角を上げた。
「ねえ、私も連れて行ってよ」
「っ何を勝手なことを、」
「私は全部知ってる」
その言葉に、私達は息を呑んだ。
「もしも連れて行ってくれたなら、全部話してあげるわ。私だってメイベルには、殺してやりたい程腹が立っているし」
「……メイベル?」
「ああ、お前達で言うエリザよ。私はこんな場所で死にたくないし、そっちだってまだ知りたいことはあるでしょう? お互いに得しかないんじゃない?」
二人が元の身体に戻る為には、間違いなく情報が必要だった。もちろん本当のことを話す保証はないし、この女の言う通りにするのはひどく癪に障るけれど。この状況では、彼女を連れていくのが一番良いのかもしれない。
「……分かった」
やがて私はきつく両手を握りしめ、そう呟いたのだった。
◇◇◇
あの後、無事に自国に戻ってきた私は、まずエリザとノーマンを連れてアークライト伯爵家へと向かった。そして二人にゆっくりとお風呂に入ってもらい、お腹いっぱい食事をしてもらった後に、三人で自室で話をすることにした。
私やジェラルドが元の身体に戻ってからのこと、そして今の状況を全て話せば、二人はひどく驚いた様子だった。
そして今、その身体で家族の元へ戻って正直に話しても、信じて貰えるかどうかは分からないと考えたようだった。特にエリザの身体を奪った女ならば、間違いなく上手く立ち回るだろう。
ひとまず、落ち着くまではこの家でゆっくりして欲しいと伝えれば、二人は頷いてくれた。
「とりあえず、今日はもうゆっくり休んでね。私はケヴィン様のお屋敷へ行ってくるから、何かあったらすぐ使用人に伝えて私に連絡して」
「分かったわ。セイディ、本当にありがとう」
「ううん。助けに行くのが遅くなってごめんね」
「お前が謝ることなんて無いよ、ありがとうな」
そして二人がそれぞれ客間へと入ったのを見届け、ジェラルドとニールに急ぎで手紙を書いた後、私は上着を羽織りティムと共に馬車へと乗り込んだ。
「すみません、遅くなりました」
「いえ、大丈夫ですよ。お二人は大丈夫でしたか?」
「お陰様で。ありがとうございます」
伯爵家へと着くとすぐに、ケヴィン様が出迎えてくれた。案内された広い部屋にはルーファスの姿があり、彼は未だにこの世の終わりのような表情を浮かべている。
「ルーファスが歩いた跡には、キノコが生えそうですね」
「あの、ルーファス、本当に気にしないでね。今だって二人のお陰でエリザとノーマンを助けられたんだし」
「…………俺は、どうしようもない人間だ」
「そ、そんなこと絶対にないよ!」
「とりあえず、ルーファスは放っておきましょうか」
ルーファスにもう一度「本当に大丈夫だからね」と声をかけた後、私はケヴィン様に勧められた椅子に座った。
それから私は、改めて二人に今までのことを説明した。あの場所を実際に見たことや、エリザやノーマンに会ったことで、二人は完全に私の話を信じてくれたようだった。
とは言え、ルーファスの纏う空気が余計にどんよりと重たくなってしまっている。
「あの女は今どこに?」
「地下牢に閉じ込めていますよ。目が覚めた後、腹が減っていたようなので、一応軽い食事と水は与えました」
あの後、ケヴィン様が女を気絶させ捕縛した後に、連れて戻ってきたのだ。なぜ屋敷内に地下牢があるのだろうと気になったけれど、逃げる心配もないようで感謝した。
ちなみにケヴィン様のお屋敷で話し合うことにしたのは、私がラングリッジ侯爵家に出入りすることは難しいからだ。また、あの女をアークライト伯爵家に連れて行けば、両親が落ち着いていられるはずがないことも理由の一つだった。
女から話を聞くため、私達は三人で地下へと移動した。
地下牢の床に座り込んでいた女は、私達の存在に気が付くと顔を上げた。その口元には、やはり笑みが浮かんでいる。
「ルーファス様ったら、以前はあんなに私に優しくしてくれたのに、酷いのね」
「やめて!」
これ以上、ルーファスを傷付けないで欲しい。私は一人牢の前まで行くと、女を睨みつけた。
「名前は」
「タバサよ」
確かノーマンの身体を奪った男が、その名を口にしていた記憶がある。どうやら嘘は言っていないらしい。
「どうして話す気になったの?」
「あのクソ女、自分はまだあの身体で良い暮らしをしているくせに、元に戻った私には奴隷と同じ扱いをしやがった。邪魔でしかないし、近いうちに殺すからって告げてね」
仲間割れをしたらしい彼女は、エリザの身体を奪ったメイベルという女を本気で恨んでいるようだった。
ノーマンの身体を奪った男の様子や、この女の話を聞いていると、彼らの関係はかなり歪なように思える。
「ジェラルドやニールの身体を奪った奴らは?」
「ニールの方は知らないけれど、あいつなら死んだわ」
「えっ?」
「ジェラルドって男に入っていた奴は、もうこんな人生、こんな体に耐えられないって、すぐに自殺したわよ」
ほんとバカよねえ、と女はやはり可笑しそうに笑った。




