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差し出された手



「ジェラルド様がお戻りになるのは、二日後です」

「そんな……」


 ロイド様から話を聞き終えた後、図書館を飛び出したその足でフィンドレイ侯爵家を訪ねたけれど。彼はあの男を連れて、制約魔法を使える魔法使いの元へと向かった後だった。


 制約魔法の使い手はかなり少なく、現在は王都から離れた場所にいるようで、往復で二日かかるらしい。


 ようやくあの場所の重要な手掛かりが見つかったというのに、タイミングの悪さがもどかしい。侯爵家を出た私は、今度はニールの元へと向かった。


 いつも通りホテルの部屋に居た彼もまた、調べ物をし続けていたようで。無事に会えたことにほっとしつつ、私はすぐに、先程聞いた話を説明した。


「まさか、隣国だったとはね。とはいえ、俺達だけで行ったところで捕まって殺されて終わりだし、どうする?」

「…………っ」

「どこに訴えたって、俺達の証言だけで隣国まで今すぐに助けに行ってくれるはずなんてないだろうし」


 ニールの言う通りだ。今までだって、信じて貰えなかったのだから。このまま何もせず、とりあえずジェラルドが戻ってくるのを待った方がいいのだろうか。


 そう思っていると、ニールは「でも」と続けた。


「俺、思うんだよね。あの男を解放したところで、本当に助かるのかなって」

「えっ?」

「あれだけ用意周到な敵さんが、あいつが捕まってることを知らないことってあるのかな? ジェラルドも気付いてると思うよ、俺もあいつも全力は尽くしてるけどさ」

「そんな、」

「俺だって勿論、ノーマンを助けたいよ。それでも、いつ殺されてもおかしくない気はしてる」


 それならば尚更、至急ノーマンを助けにいくべきだ。


 かと言って、今すぐに手練れの人間を集めて隣国に行くなんて、どれだけ非現実的で無理なことなのかは、私にも分かっていた。そもそも、移動だけで数日はかかってしまう。


 ニールは両親に頼み、ロイド様に聞いた場所を至急調べて貰うと言ってくれたけれど。もしも間に合わなかったら、という絶望感と無力感に襲われ、視界がぼやけていく。


『……本当に困った時には、俺を頼って欲しい』

『絶対に、力になるから』


 そんな時、ふと思い出したのは彼の事だった。




◇◇◇




 騎士団の受付でルーファスに会いたいと伝えれば、必死な様子が伝わったのか、すぐに取り次いでくれたようで。


 ちょうど仕事を終えたところだったらしく、すぐにやって来たルーファスは私の姿を見るなり、ひどく驚いた様子を見せていたけれど、すぐに別室へ案内してくれた。


「大丈夫か? 何があった?」


 心配そうな表情を浮かべる彼に対して、いきなり訪ねて来てしまったことの謝罪や、きちんと順序立てて説明すべきことがあると頭では分かっているのに。


 私の口からは「たすけて」という言葉だけが、溢れた。


 これだけでは何も伝わるはずがないし、返事のしようもない。それなのに。私をまっすぐに見つめると、彼は頷いた。



「ああ、絶対に助ける。だから大丈夫だ」



 ──どうして。どうして、ルーファスはこんなにも優しいんだろう。まっすぐなその言葉に、ひどく泣きたくなった。


「ゆっくりでいいから、話してくれないか」

「っうん、」


 それからは、お茶を運んできてくれたケヴィン様と彼に、隣国のとある場所に友人が囚われていること、殺されてしまうかもしれないこと、あまり時間がないことを伝えた。


 何の証拠もない、突拍子もない話だというのに、ルーファスはやっぱり「分かった」と頷いて。


「ケヴィン」

「はい。もちろん、お供しますよ」

「助かる。……俺とケヴィンと、三人で行こう」

「えっ?」

「少ない人数だと思われるかもしれませんが、大丈夫ですよ。ルーファスは50人分の働きをしてくれますから」


 そう、言ってくれたのだ。


「本当に、助けてくれるの……?」

「ああ。同盟国だから、向こうの騎士団の駐屯地には此処と繋がるゲートがある。それを使えばすぐに行けるだろう」

「勝手に使ったら、まずいんじゃ」

「大丈夫だ。俺が鍵を持ってる」


 ルーファスはそう言ったけれど、勝手に国家間を繋ぐゲートを使うなんて、到底許されることではないはずだ。そう思っていると、ケヴィン様が困ったように微笑んだ。


「まあ、バレたらルーファスなら首が飛ぶくらいです」

「そんな……! やっぱり、」

「大切な友人の命がかかっているんだろう」

「…………っ」


 甘えてはいけないと分かっていても、ノーマンを助けられるかもしれない。そんな希望を捨てることは出来なかった。


 すぐに向かうと言うと、彼らは支度を始めた。そんな二人に何度もお礼を伝えたけれど「気にするな」と言われてしまって、余計に泣きたくなった。



 やがて支度を終えた彼らと共に、ゲートがある場所へと向かい、廊下を歩いて行く。私の少し前を歩く彼の背中を見つめながらも、やはり罪悪感でいっぱいになっていた。


「私、ルーファスに良くして貰ってばかりで、なにも返せてない……」

「そんなことはない。それに、」

「それに?」

「俺を頼ってくれて、嬉しかった」


 やっぱり、ルーファスは優しすぎる。私はすでに、彼に対して一生分の恩義を感じていた。


「その、私に出来ることなら、何でもするから」

「……俺に、何でもするなんて言わない方がいい」

「ううん、私に出来ることならどんなことでもするよ。何でも言って欲しい」


 もちろん、本気だった。かと言って、私が出来ることなんて限られているどころか、何もないのだけれど。それでも、今後は彼の為に出来ることなら何でもするつもりだ。


「……もし、俺に何もなくなったとしても、」

「うん?」

「いや、これは今言うことじゃない。卑怯だ」


 ルーファスはくしゃりと髪を掴むと、そう呟いた。一体、何を言おうとしたのだろう。


「無事に友人を救えた後に、また聞いてくれ」

「うん」


 私が頷くと、彼は小さく口角を上げた。




◇◇◇




「これが、ゲート……」

「はい。では早速、起動しますね」


 やがてゲートのある場所へとたどり着くと、ケヴィン様はルーファスから先程受け取った鍵を使い、機械を操作し始めた。何も無かった空間に、光の束ができていく。


「行こう」

「……うん、ありがとう」


 私は差し出されたルーファスの手を取ると、ゆらゆらと揺れる光の中へと、歩みを進めたのだった。



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