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誕生日パーティ 3



「私に、相応しくない……?」


 どう考えても、私の方がルーファスに相応しくないというのに。ジェラルドは私の頬に触れたまま、笑顔で頷いた。


「そうだよ。君は、誰よりも綺麗で尊い人だから」


 ……ジェラルドの美しい瞳に、私はどんな風に映っているのだろうか。尊いだなんて、私には勿体なさすぎる言葉だ。間違いなく、過大評価されすぎている。


 頬を滑り落ちていった彼の手のひらが、首元に触れる。その指先は驚くほど冷たくて、ぞくりと寒気がした。


「……私は、そんなに凄い人じゃないよ」

「ううん。そんなことはない」


 けれど彼は、本当に私のことをそう思っているようで。まるで、眩しいものを見るかのような視線を向けてくる。


「は、早く男爵夫妻のところに行かないと」


 落ち着かなくなり、とにかく話題を変えようと今度は私がジェラルドの腕を引いて歩き出したけれど。


 彼は「嬉しいな」なんて言って微笑むものだから、余計に落ち着かなくなってしまった。


「あれが男爵夫妻じゃないかな」


 そうして戸惑いながらも会場内を歩き続けていると、ジェラルドが指差した先には人の良さそうな男女の姿があった。


 次々と挨拶に来る人々に笑顔で応対しているその様子から、主催者である男爵夫妻で間違いないようで。


 なるべく自然な感じを意識して挨拶をしてみると、二人は悪名高い私達に対しても驚くほど気さくで優しく、少し話をしただけでも素敵な人だというのが伝わってくる。


 想像以上に会話も弾み、この流れならいけると思った私は早速、エリザのことについて尋ねてみることにした。


「あの、子供の頃のエリザ様はどんな感じでしたか?」

「あの子ったら、驚くほどに今と変わらないんですよ」

「そうだな。子供の頃からの癖だって、未だに直っていない物の方が多いし」

「……そう、なんですか?」


 詳しい話を聞くと、彼女の口癖などは全て、子供の頃からのものらしい。それも10年以上前、私達が身体を奪われるよりもずっと前からだという。


「その頃の話なんかも、よくするんですか?」

「ええ。子供の頃に戻ってみたいなんて言って、当時の話をよくしてくれるんですよ」


 それからも色々と話を聞かせて貰った私達は、二人に礼を言いその場を離れた後、顔を見合わせた。


「あのエリザは関係ないのかな……?」

「今の話を聞く限りは、そうみたいだね」

「……でも、男爵夫人の笑う時に髪を耳にかける癖が、私とずっと一緒にいたエリザとそっくりだった」


 それも偶然なのだろうか。けれどこの会場内にいるエリザには、入れ替わった時期よりも前の記憶があるようで。


 ジェラルドも、腑に落ちないという表情を浮かべている。


「向こうだって、あんな制約魔法を掛けるくらいなんだ。今の暮らしを絶対に手放したくないだろうし、簡単に尻尾は出さないとは思う。別の方向からも調べてみるよ」

「ノーマンの為にも、早くしなきゃいけないのに……」

「うん。僕が頑張るから、大丈夫だよ」


 ジェラルドは、優しい手つきで頭を撫でてくれた。彼はやっぱり、誰よりも甘くて優しい。ニールからの話を聞いていなければ、私は完全に彼に甘えきっていたに違いない。


 ……そして結局、エリザに関する証拠を掴むどころか謎は深まったまま、私達は会場を後にしたのだった。




◇◇◇




「……………おわった」

「そもそも、何も始まっていませんでしたけどね」


 アルコール度数の高いウイスキーの瓶を片手に、ルーファスはぐったりとテーブルに突っ伏していた。間違いなく、かなり酔っ払っている。


 エリザ・ヘインズの誕生日パーティから早めに抜け出したというのに、何故か俺は今、ルーファスに縋り付かれ侯爵家のいつもの部屋でやけ酒に付き合わされていた。


 ここで飲むのは、彼が婚約破棄をした日以来だ。


「とにかく、貴方の関わらない宣言はもう信用しないことにしました。何のために俺が間に入ったと思っているんです」

「身体が勝手にうごくんだ」


 ルーファスは顔を上げると、片手で目元を覆った。


「……あんなの、狡すぎる。かわいすぎた」


 好きな女性が自身が贈った指輪を身に着け、とても気に入っている、嬉しかった、大切にすると言っていたのだ。彼が浮かれてしまう気持ちも分からなくもない。


 だが、流石にあの場所での引き止め方は不味かった。侯爵の耳に入れば、また殴られてもおかしくはない。


 やがて深いため息を吐くと、ルーファスは何本目かわからないワインをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。


「何より、ぜったいに誤解された」

「でしょうね」


 そして見事に、二人の会話は噛み合っていなかった。


 間違いなく彼女の方は、ルーファスに今後関わりたくないと言われたと受け取っているに違いない。


「たまに話すだけの関係が続くなんて、いやだと言いたかっただけなのに……あいつのせいで……」

「人のせいにするのは良くないですよ」


 あいつというのは、会話の途中で入ってきたジェラルド・フィンドレイのことだろう。あの男がセイディ・アークライトを好いているのは、その態度から丸わかりだった。


 瞳が潤んでいるように見えるルーファスは「消えてなくなりたい」「だが俺と話をしたいと言ってくれた」「嬉しい」「つらい」などと呟き続けていた。情緒が不安定すぎる。


「……恋人、なんだろうか」

「はい?」

「あいつと見つめあって、頬に触れられていた」


 確かにあの後、二人は妙に親密だった。こちらからはセイディ・アークライトの表情は見えなかったものの、側から見れば恋人同士のような雰囲気だったように思う。


 それを見たルーファスは、まるで目の前で一族郎党を皆殺しにされたような、酷い顔をしていた。


「本当に恋人同士であれば、いくら魔道具といえど貴方から贈られた指輪なんて着けないと思いますよ」


 そう声をかければ、ルーファスは水を得た魚のように瞳を輝かせた。常に冷静沈着で、何を考えているのかわからないと言われている彼は一体、どこへ行ってしまったのだろう。


「……今日も嫌になるくらい好きだと、思い知らされた」


 パーティーの最中、ルーファスの元へと美しく着飾った令嬢達が次々とやって来ては、声を掛けていた。主役であるエリザも、彼のことを特別扱いしていたように思う。


 それでも彼は令嬢達に一切見向きもせず、呆れるくらいにずっとセイディ・アークライトだけを見つめていたのだ。


 例え直接彼女に声を掛けなくとも、あの熱のこもった視線から周りに気付かれるのは時間の問題ではないかと思う。


「明日、神殿にいく」

「何のためにです?」

「セイディの言っていた話について調べる。あの場所にしかない文献も、色々とあるはずだ」


 生粋の神殿派であるラングリッジ家の人間なら、神殿内の図書館にも入れるのだろう。彼はそれだけ言うと、空き瓶を抱きしめたまま、糸が切れたように眠ってしまって。


 いつものように上着をかけてやった後、少し酔ったせいか眠くなって来た俺も、ソファに寝転がりそっと目を閉じた。



 ──そして翌朝、部屋に駆け込んできた執事によって起こされた俺達は、教皇の訃報を知ることになる。



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