誕生日パーティ 2
「……ルーファス」
思わず名前を呼ぶと、ルーファスは切れ長の瞳を驚いたように見開き「何故、ここに」と呟いた。
私もエリザとは付き合いがあったと聞いているけれど、彼の顔には私がこうして誕生日パーティに招かれているのが不思議で仕方ないと書いてある。何故だろう。
その隣には、先日ぶりのケヴィン様の姿もあった。
「まあ、何か揉め事でも始まるのかしら」
「セイディ様ですもの、文句の一つでも言うのでは?」
偶然といえど、私とルーファスがこうして向かい合うだけで、周りが騒がしくなっていく。
迷惑をかけてはいけないと思い、慌ててその場を離れようとしたところ、ケヴィン様が私達の間に入ってきた。
「こんばんは。それ、着けてくださっているんですね」
「あ、はい。ありがとうございました」
「貴女にそれを贈った人間も、喜んでいると思います」
彼の視線は、右手の指輪へと向けられている。
「この指輪、とても気に入っているんです。本当に嬉しかったと、これを贈ってくださった方に伝えて頂けますか?」
「はい、勿論ですよ」
「肌身離さず身に着けて、大切にします」
少しでも感謝の気持ちが伝わるといいなと思いながら、ちらりとルーファスへと視線を向ければ、彼は何故か片手で口元を押さえ、俯いていた。具合でも悪いのだろうか。
「ルーファス様も、あんな女といては品位が下がりますわ」
「本当よねえ」
心配になって声を掛けようとしたけれど、そんな声が聞こえてきて私はすぐに口を噤んだ。未だに周りからは、沢山の刺さるような視線を感じる。
「あの、それでは失礼します」
本当は、ルーファスと少しでもいいから話をしたい。けれど、彼が名前を伏せて指輪を贈ってくれたことからも分かる通り、私と直接関わらないようにしているのだろう。
一応本人の前でお礼を言えたことだしと、大人しくこの場を離れようとした時だった。
「…………?」
背を向けて足を踏み出した私の手首を、何故かルーファスがしっかりと掴んでいたのだ。
一体どうしたんだろうと思いながら向き直れば、彼もまた戸惑ったような表情を浮かべ、自身の手元を見ていた。彼に掴まれている部分が、ひどく熱く感じる。
ルーファスはしばらく何か言いたそうにしていたけれど、やがて何かを決意したように口を開いた。
「……その、よく、似合っている」
予想もしていなかったその言葉に、心臓が跳ねる。
まさか彼に直接、そう言って貰えるとは思わなかった。驚きながらも彼を見上げれば、その顔ははっきりと分かるくらいに赤く染まっている。
もしかして、照れているのだろうか。じわじわと嬉しさがこみ上げてきて、つい口元が緩んでしまう。
「ルーファスに、そう言ってもらえて嬉しい。ありがとう」
「……ああ」
やがて彼は私の腕をそっと離すと、ほんの少しだけ口角を上げた。大人になってから初めて見た彼の笑顔は、あまりにも綺麗で、優しいもので。つられて笑顔になってしまう。
「……私、ルーファスとはずっと、こうしてたまに、少しだけ話をする関係でいたい」
彼がこうして話しかけてくれたことが嬉しくて、私の口からは思わずそんな言葉が溢れた。
仲良くしたいだなんて、烏滸がましくて言えない。それでも、ほんの少し言葉を交わすくらいの関係でありたかった。
けれど私がそう言った瞬間、何故かルーファスの表情はこの世の終わりのようなものに変わったのだ。
そしてしばらく重たい沈黙が流れた後、彼は口を開いた。
「……嫌だ」
ショックだけれど、当たり前の反応だろう。きっと今のが特別だっただけで。調子に乗ってしまったことを後悔した。
「そ、そうだよね。ごめんね。私なんかが、」
「っ違う、俺は、」
そして、ルーファスが慌てたように口を開いた時だった。
「セイディ?」
そんな声に振り向けば、笑顔を浮かべたジェラルドが私のすぐ側まで来ていた。
私がこうして足を止めてしまっていたことで、彼を待たせてしまっていたことに気が付き謝れば、彼は「大丈夫だよ」と言い、私の手をするりと絡め取った。
彼は私とルーファスを見比べると「こんな所にいては駄目だよ」と言い、そのまま私の腕を引いて歩き出す。
「早く行こう?」
「う、うん……」
少し躊躇ったものの、ジェラルドに有無を言わせない笑顔を向けられた私は二人に向かって一礼し、歩き出した。
背中越しに「貴方はどこまでバカなんですか?」というケヴィン様の呆れたような声が聞こえてきていた。
◇◇◇
「……あいつのこと、好きじゃないよね?」
「えっ?」
「ルーファス・ラングリッジのこと、好きになったりしてないよね? ならないよね?」
腕を引かれたまま早足で歩き続け、人混みを抜けた先でふと彼は足を止めて。突然そんなことを尋ねられた。
ルーファスのことは、もちろん好きだ。とんでもない人間だった私を見捨てず、大切に思ってくれていたのだから。
あの婚約破棄だって仕方のないことだし、当たり前のことだとも思う。そして何より、彼は今もこうして私を心配し指輪まで贈ってくれた。
「その、ルーファスは本当は優しいんだよ」
「だから何?」
「えっ?」
「僕は、もっとセイディに優しいよ」
彼らしくないその物言いに、少し戸惑ってしまう。そんな私の様子に気が付いたのか、彼は困ったように微笑んだ。
「ごめんね。困らせたいわけじゃないんだ」
「……うん」
「あいつは、セイディに相応しくない」
はっきりとそう言い、ジェラルドは私の頬を撫でた。




