誕生日パーティ 1
「えっと、これは、その……」
まさかこの指輪について尋ねられるとは思っておらず、私の口からは動揺したような声が漏れてしまった。
贈ってくれた人に心当たりがある以上、私を好いてくれているらしいジェラルドには、なんとなく正直に言い辛い。けれど嘘をつくのも嫌で、私はおずおずと口を開いた。
「こないだ、もらったの」
「誰に?」
「ええと、誰かは分からないんだけど」
すると今度はニールに「えっ、知らない人間から貰った物なんか身につけてんの?」と咎めるように尋ねられた。
「違うの、知人の騎士団の方を通して貰ったから、安全なものだと思う。むしろこの国一番の魔法使いが作った護身用の魔道具で、着けてる方が安全みたいだから大丈夫だよ」
「へえ、すごいね。いくらするんだろ。そんな物を贈ってくれるなんて、そいつは余程セイディが好きなんだろうね」
「そういうのじゃないと思うよ」
もしも贈り主が私の想像通りの人だったとしたら、きっと恋愛感情からではないだろう。
ジェラルドからの好意に気が付けなかった鈍感な私でも、流石に今までの彼の態度を見ていれば、恋愛感情などないことはハッキリと分かる。
彼はとても優しい人だから、長年一緒に過ごした幼馴染や元婚約者として、心配してくれているに違いない。
「とにかく、これは肌身離さず着けていようと思って」
「それが本当なら、そうした方がいいね」
ニールは納得してくれたようだけれど、ジェラルドは先程と変わらず、じっと私を見つめているままで。
「……婚約は、破棄されたんだよね?」
「えっ? 確かきちんと書類を交わして破棄されたよ」
「そっか」
何故、今そんなことを尋ねるのだろう。もしかしてジェラルドもまた、私と同じ相手を思い浮かべたのだろうか。
やがて彼は「セイディにはもっと、落ち着いた物が似合うと思うけどな」と呟くと、形のいい唇で弧を描いた。
「今度、僕にもセイディに似合う物を贈らせて欲しいな」
「あ、ありがとう」
そして戸惑う私の隣で、ニールは「セイディは人気だね」なんて言って笑っていたのだった。
◇◇◇
「エリザの、誕生日パーティー?」
「うん。どうしたらいいかなと思って」
それから一週間が経った、ある天気の良い日の昼下がり。私はジェラルドと我が家の庭でお茶をしていた。
ノーマンがまだあの場所にいると思うと、毎日焦燥感に苛まれながらも、今の私にできることをしていたのだけれど。
そんな中、エリザから誕生日パーティーの招待状が届いたのだ。そこにはジェラルドも是非一緒に、と綴られていて。私はすぐに彼に手紙を出し、相談することにした。
「うん、一緒に行こうか。彼女についても調べたいし」
「分かった、ありがとう」
条件に合う"エリザ"という名前の貴族令嬢達について調べてみたものの、エリザが入れ替わった時期から今まで、何か変わった様子があった人間は一人もいなかったという。
だからこそまずは、私とも交流があったエリザ・ヘインズについて詳しく調べてみるべきだと、ジェラルドは言った。
そんな彼はしばらく、エリザから送られてきた招待状に目を通していたけれど、やがて私へと視線を移して。
「……この一言が無くても、君は僕を誘ってくれた?」
何故かそんなことを、真剣な表情で尋ねてきた。
「うん、ジェラルドを一番に誘ったと思うよ」
私が迷わずにそう答えると、彼はあまりにも嬉しそうに笑うものだから、思わず心臓がどきりと跳ねた。
ニールに言われるまでは全く気が付かなかったけれど、意識してみると確かに、彼は私のことが好きなのではないかと思う瞬間がいくつもあった。
恋愛事なんて自分に縁がないと思って生きてきた私は、やはり落ち着かなくなる。それと同時に、ニールから聞いた話を思い出してしまい、複雑な気持ちになってしまう。
「当日は迎えに来るから。僕から絶対に離れないようにね」
「うん、分かった。ありがとう」
二人で参加することが決まり、私は気合いを入れた。
そして、エリザの誕生日パーティー当日。
メイド達がばっちりと身支度を整えてくれ、立派な貴族令嬢の姿になった私を、ジェラルドは約束の時間ぴったりに迎えに来てくれて。恥ずかしくなるくらいに褒めてくれた。
もちろん、今日もあの指輪は着けたままだ。
やがてヘインズ男爵家に到着し、馬車から降りた私とジェラルドは、相変わらず人々の視線を集めてしまっていた。人の噂は何十日、という言葉があるらしいけれど、私達の場合は一生涯付き纏うような気がしてならない。
ヘインズ男爵家はかなり裕福だと聞いていたけれど、敷地はかなり広く、屋敷も驚くほど大きく豪華なものだった。
「エリザ、お誕生日おめでとう」
「セイディ、そしてジェラルド様。今日は来てくれてありがとうございます。ふふっ、楽しんでいってくださいね」
誕生日パーティー会場もまた、かなりの広さであることにも関わらず、大勢の招待客で溢れていた。楽しげな人々の様子から、彼女が大勢の人に好かれていることが見て取れる。
そんな中まず私達は、本日の主役であるエリザに挨拶をしに行った。美しく着飾った彼女は誰よりも綺麗で、思わず見とれてしまったくらいだ。
本当に私達の身体を奪ったような人間が、ここまで上手くやれるものなのだろうかと思ってしまう。次々と挨拶に来る人々の波に押し出されるように、私達はその場から離れた。
「さて、どうしようか」
「自然な感じで、男爵夫妻から話を聞けないかな……?」
どんなに必死に演技をしたって、結局は他人なのだ。入れ替わった時期には間違いなく、変化や違和感が現れるはず。
そう考えた私達はまず男爵夫妻を探すことにし、人で溢れる会場内を歩いていた時だった。
「あ、ごめんなさい」
長身の男性と軽くぶつかってしまい、反射的に謝罪の言葉を口にする。すると不意に、戸惑ったような聞き覚えのある声に名前を呼ばれて。
顔を上げれば、深い夜のような瞳と視線が絡んだ。




