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理由



 あれから、一週間が経った。今日はジェラルドとニールと三人で、我がアークライト伯爵家で話をすることになっている。ちなみにニールとは、舞踏会ぶりに会った設定だ。


 時間通りに来てくれた二人と共に、私の部屋でテーブルを囲む。お茶の準備を終えたメイド達が出ていくと、ジェラルドが口を開いた。


「セイディ、体調はどう?」

「お陰様で元気だよ。ありがとう」

「それは良かった」


 彼はエメラルドのような瞳を柔らかく細め、ひどく安堵したような表情を浮かべている。ニールから聞いた話が全て、何かの間違いだったらいいのにと思えてしまうくらい、彼は今日も穏やかで優しかった。


 その上、自分を恋愛的な意味で好いてくれているのだと思うと、なんだかそわそわしてしまう。とにかくいつも通りにしていようと、私は小さく深呼吸をして笑みを浮かべた。


「早速だけど、あの男は話せることは全て話してくれたよ」

「えっ」


 ノーマンの身体を奪ったあの男が、そんな簡単に全てを話してくれるとは思えない。不思議に思っていると、そんな私を見てジェラルドはにこりと口角を上げた。


「安心して、()()()()()()()


 彼のその言葉の意味がわからずにいる私を他所に、ニールは「本当、よくやるよ」と苦笑いしている。


「とは言え、強力な制約魔法をかけられているようで、肝心な事に関しては話せないことが多かったんだけどね」

「へえ、やっぱり向こうもしっかりしてるね」

「ああ。でもひとつだけ、朗報があるんだ」


 思わず見惚れてしまうくらい綺麗に微笑み、彼は続けた。


「僕達は、再び身体を奪われる心配はないらしい」


 そんなジェラルドの言葉に、私の口からは驚きの声が漏れた。ニールもまた、驚きを隠し切れない様子で「それ、本気で言ってんの?」と宝石のような碧眼を大きく見開いている。


「僕達の身体を交換した方法は、やはり魔法ではないみたいだ。男から引き出せた情報から推測すると、魔道具とか神具とか、そういうものを使っていたんじゃないかな」

「魔道具……?」

「うん。魔法省の職員も本当に知らないようだったし、国宝クラスの、それも公になっていないものじゃないかな。とにかくその『何か』の効力が切れ始めたようなんだ」


 だからこそ俺達はあの日突然、元の身体に戻ったんだと思うと、ジェラルドは言った。たしかにあの日は、前触れも何も無く本当に突然すぎたように思う。


「だからこそ、新たに人間を入れ替える力はもう残っていないらしい。とは言え、ノーマンがいつ元の身体に戻るかは分からないみたいだ。もしかしたらすぐかもしれないし、彼の身体の人生が終わるまで戻らないかもしれない」

「そんな……あの場所が何処なのかも、わからないの?」

「ああ。口止めされていたよ」


 ただでさえ辛すぎる生活だというのに、私達だけ突然元に戻り、居なくなってしまったのだ。彼が今どんな思いでいるのか考えただけで、泣きたくなった。


 そして自身の身体に戻った()や、二人の身体を奪った人間は一体今、どうしているんだろうか。大人しく元の暮らしをしているとはとても思えない。やはり分からないことが多すぎて、ひどく不気味で怖かった。


 けれどこれ以上新たな被害者が出ることも、私達が再び身体を奪われることもないと知れたのは、大きな収穫だった。ジェラルドに改めてお礼を言えば「当たり前のことだよ」と彼はやっぱり、誰よりも柔らかく微笑んだ。


「エリザのことは何か分かった?」

「実は、エリザに関することを尋ねて男が何か反応しようとするたびに、意識が飛ぶんだ」

「えっ?」

「へえ、怪しすぎるね」

「ああ。エリザの身体を奪った人間を、僕は一番注意すべきじゃないかと思ってる」


 今後ジェラルドは、エリザという名前の人間について調べることに力を入れるつもりだと言う。


「そうだ、あいつらの目的は聞いた?」

「ああ。普通の人間になりたかった、とだけ聞いたよ」

「ふつうの、人間……?」


 やはりその言葉の意味がわからずにいる私の隣で、ニールは「なるほどね」と溜め息をついた。


「なんとなくだけど、分かってきた気がする」

「どういうこと?」


「俺達の身体を奪っていた奴らってさ、上位貴族の子息子女として好き勝手に暮らしたい、ってだけな気がしない?」


 あくまで俺の想像だけど、と彼は続けた。


「だってさ、他人の身体を奪えるなんて力があれば、国王や国の重鎮の身体を奪って、この国ごと乗っ取ることだってなんだって出来るよね? それなのに俺たちみたいなただの貴族の、それも子供に成り代わることを選ぶなんて、余程学のない人間だったとしか考えられない」

「…………」

「そもそもあの身体に入った時点で、手足もボロボロで傷んでたし。良い暮らしはしてなかっただろうね」

 

 確かにニールの言う通り、私があの身体に入った時には手足の爪は剥がれていた箇所もあった。()がいい暮らしをしていたとは、とても思えない。


「もし本当に、そんなくだらない理由で俺達の10年近くが奪われたんだとしたら、余計に殺してやりたくなるよ。下手をすれば、一生を奪われていたんだから」

「ニール……」


 裕福な貴族の家に生まれ落ちた私達は、間違いなく恵まれているだろう。一方で私達の身体を奪った人々は、生まれながらにしてあの場所でのような生活を、一生涯強いられていたのかもしれない。


 死ぬまでこんな生活が続くのだろうか、という絶望感は私もあの場所で何度も味わっていた。その辛さだって、少しは理解しているつもりだけれど。だからと言って、何の罪もない他人の人生を奪っていいはずがない。


「とにかく、僕は引き続きあの男と話をして、また何か分かったら二人には報告するよ」

「その、ノーマンの家族は大丈夫なの?」

「ああ。しばらく家を空けるって手紙を書かせたから、しばらくは大丈夫だと思うよ」

「そうなんだ……」


 言われた通りに手紙まで書くなんて、本当にあの男は怖いくらい、大人しくなったようだった。


「私はあの場所が何処なのか、引き続き調べたいな。ノーマンを少しでも早く助け出したいもの」

「分かったよ。でもセイディは、なるべくこの屋敷から出ないでね。どこかに行きたい時には絶対に、僕に声をかけて」

「わかった、ありがとう」

「あ、俺も手伝うよ。暇だから」

「うん」


 とりあえず今日は、この話はここまでにしようということになり、私は少し温くなってしまった紅茶に口をつけた。一気に色々な話を聞いたことで、落ち着かない気持ちになる。


 そんな中ふと、向かいに座るジェラルドの視線が、私の右手の薬指で止まっていることに気が付いた。そこにあるのは先日、貰ったばかりのあの指輪で。そして彼は、相変わらず柔らかな笑みを浮かべたまま、口を開いた。


「ねえ、セイディ。その指輪はどうしたの?」



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