ジェラルド・フィンドレイ 2
『じゃあ、────くれる?』
『うん、いいよ。でも、わたしたちは───だし、───ら、────しようね』
小さな私と、綺麗な男の子が花畑の中でくっついて座り、とても楽しそうに話をしていた。彼が私を見つめる漆黒の瞳は、隠し切れないほどの熱を帯びている。
やがて男の子は私の小さな手を取ると、まるで結婚式の誓いの儀式のように、私の指に花で作った指輪を嵌めた。私は頬を赤く染めて、照れたように微笑んでいて。
そんな私の頬を撫で、彼もまた幸せそうに微笑んだ。
『大丈夫だよ。俺はずっと、セイディを好きでいるから』
◇◇◇
「……いまの、夢……?」
そう呟くと、私はベッドから起き上がった。やけにリアルな夢だった気がする。必死に思い出そうとしたけれど、懐かしくて優しい夢だった、ということしか覚えていなかった。
それからは身支度をして両親と朝食を食べ、無事だったハーラやティム、護衛の皆に改めてお礼を言って回った。あの後、駆けつけた騎士団によって全匹討伐されたらしい。
「お嬢様が、ご無事で良かったです」
「みんなこそ無事で、本当によかった……」
あの場にティムや護衛達がいなければ、騎士団が駆けつける前に死者が出ていただろうと、いたく感謝されたらしい。現在は、街中に魔獣が出た原因を調査しているんだとか。
けれどあの男は、まるで私を護衛達から引き離すために故意に魔獣を呼び寄せたような口ぶりだった。そこまでして私を殺したい理由は、口止めの為なのだろうか。
そして私と共に殺される予定だったらしいタバサという女性は一体、誰なのだろう。分からないことが多すぎる。
……今頃、ジェラルドがノーマンの身体を奪ったあの男から、話を聞いているのだろうか。それが解決のきっかけになればいいと思いながら、気分転換に自室でちくちくとティムの剣帯に刺繍をしていた時だった。
「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」
「誰?」
「ニール・バッセル様です」
「えっ? すぐにここへ通して」
突然、ニールが我が家へやって来たという知らせを受けた私は、慌てて針と糸を仕舞い立ち上がる。やがて彼は大きな花束を抱え、眩しすぎる笑みを浮かべて現れた。
「突然ごめんね、ジェラルドから今日は延期って聞いたんだけど、なんだか気になってさ。これ、どうぞ」
「ありがとう」
お見舞いに来たと彼は言っていたけれど、私は大した怪我はしていない。少し膝を擦り剥いたくらいで済んでいた。
とは言え、彼が持ってきてくれた素敵な花や、お土産として持って来てくれたケーキは、しっかりと頂くことにした。
メイドにお茶の準備を頼み、二人きりにしてもらった後、私はニールに昨日のことを全て話したのだけれど。
「ああ、見ちゃったんだ。ジェラルドのそういうところ。あの場所でもあいつ、一人殺しかけてるからね」
そんな彼の言葉に、私は戸惑いを隠せずにいた。
「ころ……?」
「昔さ、奴隷の一人が君のことを襲ったのは覚えてる? あの後あいつ、急にいなくなったと思わない?」
「……覚えてる、けど」
今から1年ほど前だっただろうか。同じ場所で労働していた奴隷の男の一人に、無理やり近くの小屋へと引きずり込まれ、襲われかけたことがあった。
すぐにジェラルドが助けに来てくれて、事なきを得たけれど。あの時は本当に本当に、怖かった。
ニールは「見ちゃったんなら、もう話してもいいよね。セイディには気を付けてもらいたいし」と言うと、続けた。
「あの男も、ジェラルドが殺しかけたんだよ。両手両足の指までぜーんぶ折ってさ。俺とノーマンが二人がかりで本気で止めなかったら、普通に殺してたと思う」
監視員には適当に誤魔化して引き渡したけど、あの後男がどうなったのかは俺も知らない、とニールは言った。
「セイディをそんな目で見るな、セイディはお前が触れていいような人間じゃない、セイディは、ってずーっとぶつぶつ言ってんの。怖すぎて普通に引いたよ」
「そ、んな……」
「だからジェラルドには気をつけて、って言ったんだ」
あの後にそんなことがあったなんて、私は知りもしなかった。ずっと、エリザが慰めてくれていたのだ。
私の為に怒ってくれたのだとしても、両手両足の指まで全部折るなんて、どう考えても普通ではない。
けれど先日のジェラルドの様子を思い出すと、あり得ないことではないと思えてしまった。
「どうして、そんな……」
「セイディのことが好きだから、でしょ」
「えっ」
間の抜けた声を漏らした私に、ニールは眉尻を下げた。
「あそこまで行くと、好きというより崇拝とか執着? なのかもね。俺にはよく分からないし、分かりたくもないけど」
「…………」
「でもすごいよね、ジェラルドは見た目とか立場とか何もかも関係なく、君のことが本当に好きなんだと思うよ。もちろん俺も、セイディのことは大好きだけどさあ」
ニールはそう言って、子供みたいな笑みを浮かべた。私だって、彼のこともジェラルドのことも大好きだ。
けれどジェラルドのそんな気持ちには全く、気が付いていなかった。家族同然の、仲の良い友人だと思っていたのだ。
「ジェラルドは君に対して酷いことはしないと思うけど、気をつけたほうがいい。ああいう人間って、一度切り替わっちゃったら暴走しそうだから」
「……わかった。ありがとう、ニール」
「んーん」
次にジェラルドに会った時、どんな顔をすればいいのだろう。今まで通りになんて、とてもできる気がしなかった。
◇◇◇
「突然、すみません」
「い、いえ」
そしてその2日後。私の元を訪ねて来たのはなんと、以前カフェで会った男性だった。先日の舞踏会では、ルーファスと一緒にいた記憶がある。
ケヴィンと名乗った彼は騎士団の副団長であり、伯爵家の次男でもあるという。先日、妹さんのぬいぐるみを直したことに対して丁寧にお礼を言われた後「実は」と彼は続けた。
「僕の知人が、とても貴女のことを心配しておりまして」
「えっ?」
「街中で氷狼に襲われたとか」
「あっ、はい」
どちらかと言うと、私自身はその後の方が大変だったのだけれど。あの男のことはジェラルドが上手くやるということで、ニール以外には隠してあった。
「その話を耳にして心配しすぎたあまり、仕事が手につかないどころか、食事や睡眠にも影響が出ているレベルでして。そこでこれを、貴女に常に身に付けて欲しいと」
そうして渡されたのは、可愛らしい花の形をした指輪だった。中央には大きなダイヤモンドが、その周りの花びらにも宝石が散りばめられていて、高級品だということが目利きのできない私でもわかってしまう。
「護身用の魔道具です。この国で一番の魔法使いが作った物なので、効果は間違い無いかと」
「えっ」
「詳しい事はこちらに記してあります。突然のことで不安でしょうし、もちろん魔法省などで調べて頂いて構いません」
その上、国一番の魔法使いが作った魔道具だなんて、いくらするのか想像もつかない。受け取れるはずがなかった。
そして何より、食事や睡眠にまで影響が出るほど、私のことを心配してくれている人というのは一体、誰のことなのだろう。思い当たるような相手は一人しかいないのだけれど、ケヴィン様は最後まで頑なに教えてはくれなくて。
とにかく、こんな高価なものは受け取れないと言ったものの「人助けだと思って」なんて言われてしまい、私は結局断りきれずに受け取ってしまったのだった。
ケヴィン様を見送った後、自室へと戻った私は早速、頂いたばかりの指輪を指にはめてみた。
無知な私でも魔道具として使うのならば、こんなにも凝ったデザインにする必要がないことくらい分かっていた。私のことを考えてくれているのが、すごく伝わってくる。
「……きれい」
手をかざして見てみると、思わずため息が漏れてしまうくらいに綺麗で。私がこれを着けているのが当たり前だと思えてしまうくらい、不思議としっくりときたのだった。




