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ジェラルド・フィンドレイ 1

暴力描写がありますので、苦手な方はご遠慮ください。



「……ジェラルド……?」


 私のそんな呟きに、男は身体を強ばらせた。首に回されていた腕が余計に絞まって、息苦しい。


「来るな! それ以上近付いたらこの女を、」

「この女を、なに? セイディをどうするつもりなのかな」


 こんな状況でもやけに落ち着き払っているジェラルドは、何故かこちらへ向かって手をかざした。


 それと同時に、首に回っていた男の腕から聞き慣れないボキリという鈍い音がして。獣のような叫び声が上がり、私の身体は投げ出されるようにして解放された。


 一体何が起きたんだろうと振り返れば、腕を押さえて地面に転がる男の右手は、曲がるはずのない方向へと曲がっている。……まさか、ジェラルドが魔法を使ったのだろうか。


 そんな中、いつの間にかすぐ目の前へと来ていたジェラルドは、ひどく冷え切った瞳で男を見下ろしていた。


「セイディは、お前如きが触れていい相手じゃないんだよ」


 そしてもがき苦しむ男の身体を、彼はなんの躊躇いもなく思い切り蹴飛ばした。何度も何度も、何度も何度も。


 表情が抜け落ち、何を考えているのかわからない彼の様子に、背筋が震えた。いつもの私の大好きな優しくて明るいジェラルドはもう、どこにもいなかった。


 理解が追いつかず呆然としてしまっていた私は、はっと我に返った途端、慌ててジェラルドの背中に縋り付いた。


「っジェラルド、お願いだから、もうやめて!」

「……どうして?」

「ノーマンの身体なの、だから傷つけないで……!」


 必死にそう訴えれば「ああ、そうか」と言って彼は振り上げていた足をそのまま下ろしてくれて、ほっとする。


 こちらへと向き直ったジェラルドは、いつもの笑顔を浮かべると私の頬に触れた。思わずびくりと小さく身体が跳ねてしまった私を見て、彼は困ったように眉尻を下げた。


「ごめんね。怒りで我を忘れてしまっていたみたいだ」

「う、うん……」

「大丈夫? 怖かったよね、もう大丈夫だから」


 そう言って、彼は私を抱きしめてくれたけれど。私の身体の震えは、いつまでも治まることはなかった。




◇◇◇




 そして私は今、ジェラルドが手配してくれた馬車に乗り、アークライト伯爵家へと向かっている。


 意識を失っている男の身柄は、憲兵団に引き渡すのではなくジェラルドが呼んだ人々によって、どこかへと運ばれて行った。色々と、話を聞くためだという。その手際の良さに、私はただ驚くばかりで。


 そんな彼は今も私の隣に座り、優しく手を握ってくれている。時折、身体を気遣うような言葉もかけてくれており、先程の姿は幻だったんじゃないかと思えるくらい、今の彼は穏やかで優しかった。


「その、ジェラルド、本当に助けてくれてありがとう」

「ううん。当たり前のことをしただけだよ」

「……どうして、私があそこにいるって分かったの?」

「今日は僕もちょうど街中にいたんだけど、騒ぎを聞きつけてあの場に行ったら、君の姿が見えないと聞いてね。必死に探していたら、たまたま見つかったんだ」


 偶然だとしても果たしてあんなにもすぐ、あの場所までたどり着けるものなのだろうか。頭の良くない私でも、奇跡みたいな確率だということはわかる。


 けれど、彼が来てくれていなかったら私は間違いなく、殺されていただろう。本当に、感謝をしてもしきれない。


「セイディは、僕が守るからね」


 そう言って彼は、私の手を握っていた手に力を込めた。


「そうだ、ジェラルドも魔法が使えたんだね」

「あれ、言っていなかった? もちろんセイディに隠しているつもりはなかったんだ、ごめんね」


 私が実は魔法を使えるという話をした時に、どうして話してくれなかったんだろうと、少しもやもやしてしまった。本当に、忘れていたのだろうか。


「それに使いこなせていて、びっくりした。すごいね」

「僕は元々、魔法を少し学んでいたから」


 彼が使っていたのは、間違いなく風魔法だった。この国では風魔法使いが一番多いのだという。そして次が水だ。


 魔法省にバレては面倒だから黙っていてほしい、と言われ私は頷いた。ジェラルドも魔法が使えたことを伝えれば、私達が入れ替わっていたことの信憑性が上がるのでは、と思ったけれど。彼がそう言うのなら、黙っておこうと思う。


「これからどうするの……?」

「あの男から、色々と話を聞いてみるつもりだよ。まずは俺達の身体を奪った奴らや、その方法を知らないと」

「うん。ノーマンの身体だから、痛いことはしないでね」

「分かってるよ。本当にごめんね」


 いつもの優しいジェラルドの雰囲気に、内心ほっとする。


「……エリザも、まだあの場所にいるのかな」


 ノーマンが元に戻れていなかった以上、エリザだってその可能性はある。二人が今も尚、あんな生活をしているかもしれないと思うと、胸が締め付けられた。


 私達だけ、こんな暮らしをしていいのかと思ってしまう。


 仕方ないこととは言え、罪悪感のようなものが押し寄せてくるのだ。そんな私の考えを見透かしたように、ジェラルドはまっすぐに私を見て、微笑んだ。


「セイディ、大丈夫だよ。これが当たり前なんだから。あまり気にしないで今日以降もきちんと食事をとって、ゆっくり眠ってね。ニールと三人で会うのも、後日にずらそうか」

「……うん、ありがとう」


 やっぱり、ジェラルドは誰よりも優しい。先程のだって、あんな状況では誰だって戸惑うだろうし、加減が出来ずやりすぎてしまったのだろう。


 そう、思っていたのに。




「ああ、見ちゃったんだ。ジェラルドのそういうところ。あの場所でもあいつ、一人殺しかけてるからね」


 翌日、我が家へお見舞いと言ってやって来たニールは、あっさりとそう言ってのけた。



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