舞踏会
「お嬢様、本当に本当に素敵です……!」
「ええ、間違いなく世界一お美しいです!」
「みんな、ありがとう」
舞踏会当日。この日の為にお父様が用意してくれた素敵すぎるドレスを着た私に、メイド達はそれはそれは気合いを入れて化粧をし、髪を結ってくれた。
ドレスには真珠まで散りばめられていて、動くたびにキラキラと輝いている。私が好き勝手していたようだし、色々と大丈夫なのか心配になったけれど、私が思っていた以上に我がアークライト伯爵家は裕福らしく、毎月かなりの領地収入があるから心配しなくていいそうだ。
淡い紫色のドレスは私の瞳の色と似ていて、銀色の髪ともよく合っている。最近はようやく自身のこの姿にも慣れてきて、お洒落をするのも楽しくなってきたところだ。
私の使っていたジュエリーボックスを開けると、相変わらず目が痛くなるほどに眩しい宝石たちが輝いていた。
「ええと……これとこれでいいかな」
どうやら彼女は赤が好きだったらしく、とにかく大きなルビーのアクセサリーが多い。私は比較的シンプルなアメジストのイヤリングとネックレスを取り出すと、身に着けた。
総額いくらなんだろうと考えただけで、目眩がする。近いうち、ほとんど売ってしまおうと思う。
支度を終えて広間へと行き、両親や使用人たちに恥ずかしくなるほど褒められた後、私は馬車へと乗り込んだ。今日も会場まではティムが一緒だ。
「いいですか、お嬢様。どんなに過去の悪評が流れていたとしても、この姿を見れば間違いなく男は寄ってきます。フラフラついて行ってはいけませんよ」
「うん、わかった」
「婚約破棄後なんて、間違いなく狙い目ですからね。それと絶対に、会場以外の場所に行かないでくださいよ」
「了解です」
ティムは会場に着くまで、ずっと私の心配をしてくれていた。元の身体に戻ってからずっと、彼は外出の際には私の側に居てくれたのだ。手の届かない場所行くことで、余計に心配してくれているのだろう。彼は本当に優しい人だ。
……ちなみに昨日、家庭教師であるラモーナ先生が我が家へ来てくださった。本当に素敵な方で、社交の場で気をつけるべき最低限のことを、短時間で叩き込んでくれた。
今後、彼女から魔法や勉学など色々と教われることがとても楽しみだけれど。本当に、なぜ私の家庭教師を引き受けてくださったのか、不思議で仕方なかった。
やがて会場に着き、馬車を降りた私は小さく深呼吸をすると、ゆっくりと歩き始めた。あの婚約破棄以来、初めての社交の場だ。それも、かなり大規模な。
緊張はするけれど、とにかく落ち着いて大人しくしていよう。突き刺さるような視線を浴びながら、王城へと足を踏み入れた。「あれ、セイディ・アークライトか……?」「よくもまあ、顔を出せたわね」そんな声が聞こえてくる。
気にしない、気にしないと自分に言い聞かせ、胸を張って歩いていく。ちなみにヒールを履いて歩くのも、かなり練習したのだ。すると不意に、舞踏会のホールの少し手前で見覚えのある黒を見つけた私は、思わず足を止めた。
「……ルーファス?」
長い廊下で同僚らしき人と会話していたルーファスと、ばっちりと目が合ったのだ。一緒にいる男性にも、見覚えがある。騎士服を着ているあたり、今日は王城内の警備の仕事なのだろう。彼は私よりも、4つ歳上なのだ。
そんな彼は切れ長の目を見開き、驚いた様に私を見つめていた。そんな表情すら、なんだか絵になると思ってしまう。
思わず足を止めてしまったけれど、あまりのんびりとしている時間はない。私は微笑み小さく会釈をすると、再び歩き出した。先日の手紙、読んでくれているといいな。そんなことを思いながら、彼の横を通り過ぎてすぐのことだった。
ゴンッという物凄い音が、背中越しに聞こえてきたのだ。慌てて振り返るとなんと、ルーファスの頭が何故か壁とくっついていた。どうやらうっかり、ぶつけてしまったらしい。
大丈夫かと心配になったけれど、同僚らしき人物が苦笑いを浮かべながら「大丈夫ですから、どうぞ」というジェスチャーをしてくれて。私は頷き、再び歩き出す。
騎士団長を務めるようなルーファスでも、うっかりぶつけてしまうことがあるらしい。なんだか彼の顔を見たら、少しだけ緊張が解れたような気がする。
そして私は一人、煌びやかなホールへと足を踏み入れた。
◇◇◇
「あら、セイディ。待ってたわ」
「エリザ」
「ふふっ、今日もとても素敵ね」
中へと入ると、エリザがすぐに声を掛けてくれた。けれど私の姿を見た途端、彼女の周りにいた人々は皆、分かりやすく戸惑ったような反応をし、私から一歩後ずさった。
「セイディ、様……?」
「はい、そうです」
「本当に雰囲気が、変わりましたのね……」
私は自身より身分の低い令嬢に対して、かなり当たりが強かったと聞いている。少しばかり見た目の雰囲気が変わったところで、当然の反応だろう。
「……私、少し挨拶回りをしてきますね」
もちろん挨拶をすべき相手など分からないし、私に挨拶をされて喜ぶ人も居ないだろう。けれど私がいるせいで、かなり場の空気が悪くなっていることが申し訳なかった。
エリザは一緒に居てくれると言っていたけれど、私はとりあえず一人で過ごすことにした。
何よりも、ニールを探さなければ。本当に彼も、この広い会場内のどこかにいるのだろうか。
会場の隅へと行き、壁に背を預ける。相変わらず刺さるような視線を感じる中で、どうやってニールを探そうか、彼の中身が別人だったらどうしよう、と考えていた時だった。
「こんな所にいたんだね、探したよ」
そんな声に顔を上げれば、柔らかな栗色の髪をした美青年が私を見つめ、微笑んでいた。私を見つけ、ひどく嬉しそうにしているその様子から、親しい間柄なのが窺える。
もしや私が色々と仲良くしていた男性だろうか。そうだとしたら、気まず過ぎるし怖い。どう対応しようかと悩んでいると、彼は何故かおかしそうに笑い出して。
「ははっ、セイディは変わらないな」
「…………ええと、」
「相変わらず、顔になんでも出ちゃうんだね」
そして彼は、まるで子供みたいにくしゃりと笑った。
「はじめまして、セイディ。俺がニールだよ」