本当と嘘と
「……どういう意味なんだろう、これ」
舞踏会まで残り2日。お母様とのレッスンを終えた私は自室のソファに腰掛け、ニールからの手紙を読み返していた。
もしもニールが本物のニールじゃなかったとして、私とジェラルドを引き離すための嘘なのか。それともニールが本物で、本当にジェラルドが何かを隠しているのか。どちらにしても、私にとっては最悪だ。
特に後者だった場合、私はもう何も信じられなくなりそうだ。一番頼りにしているのもまた、ジェラルドなのだから。
そんな時、皮肉にもジェラルドの『今まで通りに付き合いは続け、私の中でほんの少しだけ線引きをするだけでいい』という言葉をふと思い出してしまって。彼を疑うのは嫌だけれど、とりあえず今はそんな気持ちでいることにした。
やがてお昼になり、両親と昼食をとる為食堂へと向かう。
セイディに話があるんだ、と言ったお父様はかなり機嫌が良く、どうやら今日は悪い話ではなさそうで安堵した。
「実はな、セイディ。お前の家庭教師が決まった」
「本当ですか?」
「ああ。それもこの国でも指折り数えるほどのお方だ」
「えっ、何故そんな方が私に……?」
「とある方からの紹介だと言われたんだが、それ以上は教えてくださらなくてな。勉学やマナーだけでなく、魔法についても教えてくださるらしい」
「魔法まで……!?」
そんなすごい方が、何故私の家庭教師なんて引き受けて下さったんだろう。紹介してくれたらしい人に関しても、私や両親も全く想像がつかない。
けれどようやく家庭教師が見つかったこと、魔法まで教えて貰えることで、私はひどくホッとしていた。その上、早ければ明日にでも早速来てくれるらしく、舞踏会の直前に色々と叩き込んで貰うことにした。
「けれどセイディ、体調は大丈夫? 魔力測定をしたばかりだし、疲れたりはしていない?」
「はい、とっても元気ですよ」
実は2日前、魔法で子供を救出したという話を耳にしたのか、魔法省の職員を名乗る人々が我が家を訪れたのだ。そして魔力の計測が行われ、しっかりと反応が出た私を見て、こんなことは初めてだと彼らはひどく驚いていた。
当時の私は何者かに身体を奪われており、魂と身体が食い違っていたからこそ、反応が出なかったのではないかと必死に説明してみたものの、さっぱり信じていない様子だった。
悪評高い私の嘘みたいな話よりも、今まで一度も起きなかった計測機の不具合の方が、可能性が高いと思われたのかもしれない。悲しすぎる。けれど一応、この事について調べてみてくれるとは言っていた。本当だろうか。
昼食を終え部屋へと戻ると、ハーラがすぐにお茶を淹れてくれた。私の好きな甘めのミルクティーだ。そしていつものように彼女に、話し相手になってもらうことにした。
「ねえ、ルーファスへのお礼って何がいいと思う? 私が何かを贈っても迷惑だろうし、手紙だけで大丈夫かな」
「ええ、それが一番無難かもしれませんね」
結局あの日は彼の腕の中で寝落ちしてしまい、お礼の一言すら言えていなかったのだ。
それに私一人では、絶対に助けられなかっただろう。間違いなく二人のお陰だ。巻き込んでしまった上、助けてくれたルーファスとティムにはしっかりとお礼をしたかった。
ちなみにティムには、本人の要望を受け、剣帯への刺繍をお礼としてすることになっている。お守り代わりになるものだと聞き、毎日少しずつ心を込めて縫っている最中だ。
「……汚い字でも、大丈夫かな」
「気持ちがこもっていれば、大丈夫ですよ」
文字の練習も毎日コツコツと続けているお蔭で、大分上手くなった気がする。それでもやっぱり、恥ずかしい。
そしてお茶を飲み干した私は早速、机へと向かいルーファスへのお礼の手紙を書きあげた、けれど。
「これ、ラングリッジ侯爵家に送ったらまずいよね?」
「……本人の手に届かないかもしれないですね」
やはり、手紙も送らない方がいいのだろうかと悩んでいると、やがてハーラが「直接、騎士団へ届けに行っては如何ですか?」と声をかけてくれた。
「騎士団に?」
「はい。差し入れなども受付を通して渡せるみたいなので、そこに手紙を渡せばいいのかと」
「なるほど……」
騎士団員の方々は貴族女性や市民達からも大人気で、差し入れやプレゼントなどの贈り物が尽きないのだとか。だからこそ最近では、そういう仕組みが出来ているらしい。
「確か今日は、ティムも騎士団の訓練に参加しているはずですよ。見学も出来るようですし。それこそ騎士様が沢山いる安全な場所なので、旦那様もお許しになるかと」
「うん、見てみたい……!」
ティムやルーファスの騎士姿を見てみたいと思った私は早速、出かける支度を始めた。そして今日も両親によって護衛を三人もつけてもらい、私は馬車に乗ったのだった。
◇◇◇
「可愛すぎる」
「はあ」
「まるで天使の輪のように、丸くかわいらしい字だ」
「なるほど」
その日の晩。とある小料理屋の個室にて、ルーファスは穴が空いてしまうのではないかという位、一枚の紙を眺めては「可愛い」「嬉しい」という呟きを繰り返していた。
なんと今日、あのセイディ・アークライトが騎士団を訪れルーファスに手紙を差し入れし、見学して行ったのだ。
そして誰よりも早く彼女の存在に気が付いたルーファスの動きは、まるでS級の魔獣を相手にした時のようで、とにかく誰がどう見たって彼は張り切っていた。
そんな中、うっかり彼女と目が合い手を振られたルーファスは、振り返すかどうか悩んでいる様子で。そうしているうちに彼女は無視をされたと思ったらしく、振っていた手を下ろし悲しそうに微笑んでいた。
結局、焦った彼は彼女の帰り際に偶然を装い「来ていたのか、気が付かなかった」という、わざとらしい声掛けをしていた。関わらないという誓いはどこへ行ったんだろうか。
「結局、貴方は何がしたいんですか」
「……分からない」
ルーファスは片手で目元を覆うと、そう呟いた。
「彼女の言うことを、信じていない訳じゃないんだ」
「えっ?」
「だが今は、彼女を信じていい根拠なんてほとんどない。教会が危うく侯爵家の地位も不安定なこの状況で、信じたいという気持ちだけで行動するのは、愚かすぎる」
早くに母親を亡くしたルーファスにとって、侯爵はたった一人の家族だった。
それに先日子供を救出したとはいえ、今も尚、社交界でセイディ・アークライトの信用は地の底まで落ちているままなのだ。犯罪まがいの話に手を出した事も広まっている中、不用意に彼女と関わるのは、間違いなく自殺行為だろう。
それに、エリザの話も気になる。あの彼女が、あんなにも必死に訴えていたのだ。何か事情があるのかもしれない。
「とにかく今は、表ではセイディとは一切関わらずに陰から彼女を見守るつもりだ。今日は失敗した」
「……つまりストーカーですか?」
「違う。とりあえず、アークライト家の家庭教師の求人がずっと出ているままだったから、ラモーナ先生に彼女の指導をしてもらうよう頼んだ」
「ラモーナ先生ですって?」
「ああ」
ラモーナ先生、もといラモーナ・イングラム伯爵夫人はルーファスの子供の頃の魔法の師でもある。そんな彼女はこの国の女性の中でも、かなりの影響力を持つ人物だろう。
「よく説得できましたね」
「何でもすると言ったからな」
当たり前のようにそう言ったルーファスに、思わずため息が漏れた。本当に、どうかしているとしか思えない。
けれど俺もそんな彼を見ているうちに、本当に彼女が善人と入れ替わっていたらいいのにと、思い始めていた。
「……本当に、かわいいな」
ちらりと見えた封筒に書かれた「ルーファス・ラングリッジ様」という字は、お世辞にも上手いとは言えない。
それでも彼はまるで宝物のように、その手紙を何度も何度も読み返しては、嬉しそうに口元を綻ばせていたのだった。
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