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手紙



「ニールから、私に?」

「そうだよ」

「ど、どういうこと……?」


 ニールから私に手紙だなんて、訳がわからない。戸惑う私に、ジェラルドは「順を追って話すね」と続けた。


 ──ジェラルドが調べてくれた結果、この国の同世代の貴族に「ニール」という青年は一人しかいなかったという。ちなみにエリザは六人、ノーマンは三人だったとか。


 今は侯爵家でその同名の人々に、最近変わった様子がないか調べてくれているらしい。けれどこれには、時間がかかりそうだと言っていた。


 身体が入れ替わる方法などないと言われてしまったのだ、今後も自分達で動くしかない。ジェラルドや侯爵家に頼ってばかりではなく、私も何か出来ることを探さなければ。


 とにかく、中身がどうであれニールという人物の身体は、あのニールのものだという可能性が高いということだった。


「先日、ニール・バッセルに手紙を出したんだ。会って話がしたいと。ちなみに彼は、辺境伯の一人息子だった」

「辺境伯……そうだ、そんなことを言ってたかも」

「ああ。すぐに返事が来て、来月舞踏会で王都へ行くからその際に是非会おう、と返事が来たよ。その返事と一緒に、それが入っていたんだ。君の話なんて一切していないのに」

「えっ?」

「もしも彼が僕達と同じタイミングで元の身体に戻っていたとして、僕の名前で手紙が来たこと、最近僕と君が噂になっていることから、推測したのかもしれないけど」


 それにしても不自然すぎると、ジェラルドは言った。とにかく読んでみようと手紙を開く。


「ええと……あれ? 何も書いてない」


 けれど便箋は、何度見ても真っ白だった。ジェラルドも手紙を覗き込み、首を傾げている。


「間違えたのかな?」

「分からない。気味が悪いね」


 光に透かして見ても、やはり何も書いていない。ちなみに私にとってのニールのイメージは、賢いしっかり者だった。


「とにかく、また何かわかったら連絡するよ」

「ありがとう。ジェラルドはすごいね」

「僕はセイディより二つ年上だし、あの場所にいた時間だって、君よりも三年も短いからね」


 とにかくまた連絡すると言い、ジェラルドはそっと私の頭を撫でると帰って行った。本当に彼がいてくれて良かった。


 彼を見送った私は、一人自室へと戻る。ふと先程テーブルに置きっぱなしだった白紙の手紙を、一応保存しておこうと手に取る。そして私は、自分の目を疑った。


「えっ……?」


 つい先程まで白紙だったはずのそこには「ジェラルドには気をつけて」とたった一言だけ、綴られていた。




◇◇◇




「一体どうしたんですか、その顔」

「父に殴られた」

「は? どうしてです?」

「セイディと関わったからだ」


 とある日の朝、いつも通りに出勤してきたルーファスの右頬は、遠目から分かるほど赤く腫れていた。どうしたのかと尋ねれば、彼はさらりとそう答え、普段と変わらない様子で騎士団の制服に着替え始めている。


 ヒーラーの元へと行くことを勧めたが断られ、俺は仕方なく氷嚢を出して来ると、水と自身の魔法で作り出した氷を中に入れ、ルーファスに手渡した。すまないとだけ言うと、彼は大人しくそれを頬に当て始めた。


「あの女と縁を切らないと、勘当するとまで言われた」

「……そうですか」


 先日、あのセイディ・アークライトが元婚約者や護衛と共に、魔力暴走を起こした子供を炎の中から救い出したという話は、社交界でも今一番の話題になっていた。そしてそれはもちろん、侯爵の耳にも入ったのだろう。


 確かに彼女がしでかした事の大きさや、誰がどう見ても諦め切れていないルーファスのことを思えば、侯爵がそこまで言うのも肯ける。むしろこの10年間、よく婚約を解消させなかったなと不思議ですらあった。


「それでも、人命救助をしたんです。褒められることはあっても、殴られることでは無いと思いますよ」

「……大司教が、妙な様子で見つかったのは聞いたか?」

「えっ? 噂では聞いていますが」


 何故セイディ・アークライトの話から突然、そんな話をするのか不思議に思いながらも、俺は頷いた。


 教会の中枢人物である彼は、しばらく行方不明になっていたのだ。そしてようやく見つかった頃には、何らかの事件に巻き込まれたのか精神がやられてしまっており、家族のことすらわからず、奇行を繰り返すようになっていたという。


 現在はその地位を剥奪され、地方で療養していると聞く。


「……そして今度は、教皇の体調も良くないそうなんだ」

「何ですって?」

「ラングリッジ侯爵家は生粋の教会派閥だ。そのせいか、父も焦っているんだろう。最近はずっと虫の居所が悪いんだ」


 この国の貴族は王派閥と教会派閥、そして中立に別れている。そしてラングリッジ侯爵家は、代々教会派閥だった。


 教会の歴史は長く、王家ですら干渉できない部分が多い。


 そこには、この国が出来た頃から存在していると言われている、奇跡のような存在の教皇がいるからだ。だからこそ常に教会の信者は多く、絶大な権力を誇っていた。


 まるで神のように扱われている教皇の体調不良など、聞いたことがない。もしも教皇に何かあれば、この国の勢力図は一気に変わるだろう。侯爵が焦るのも当然だ。


 ふと時計へ視線を向ければ、まだ始業時間までは余裕がある。俺は二人分のコーヒーを煎れると、椅子に腰掛けた。


「……そもそも本当に、あのセイディ・アークライトが水魔法を使って子供を救ったんですか?」

「ああ」

「本当に、最近の彼女はおかしいですね」


 俺が先日カフェで見た姿やルーファスの話を聞く限り、最近の彼女は以前とはまるで別人だった。


 子供相手ですら容赦なく怒鳴っていた彼女が、命懸けで救出に向かうなど、それこそ中身が別人にでもならなければ有り得ない気がしてしまう。


「身体が入れ替わる方法なんて、あるんでしょうか」

「……俺が調べた限りは、なかった」

「でしょうね」


 そんな方法が存在していれば、世の中は大変なことになるだろう。誰も何も、信じられなくなってしまう。


 だからこそ、いくら最近の彼女の様子が変わったとしてもそんな話、信じることなど出来るはずがなかった。ルーファスだってそんなことくらい、分かっているに違いない。


「これから、どうするんですか」

「彼女とは今後一切、関わらないようにする」

「それが一番いいでしょうね」


 そう言った彼の横顔には、ひどく切ないものがあった。


 やはりまだ彼女への未練はあるものの、家や自身のためにその選択を決断したことを思うと、胸が痛んだ。


 

 ───しかし、この日の午後。


 セイディ・アークライトが騎士団を訪れたことで、ルーファスのその誓いは、いとも容易く破られることになる。



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