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救出作戦



「お嬢様、なに馬鹿なことを言っているんです!」


 私達の会話を聞いていたらしいティムが、ひどく慌てたように私の両肩を掴んだ。当たり前の反応だと思う。


「私ね、多分水魔法が使えるの」

「多分って、そんな不確定なことに頼るつもりですか」


 彼の言うことはもっともだ。危険を冒して中へと戻り、やっぱり何も出来ませんでした、という可能性だってある。


 今この場で本当に魔法が使えるか、試してみることも考えたけれど。先日読んだ本には、とある風魔法使いが初めて魔法を使った際にコントロール出来ず、巨大な竜巻を作り出し一瞬で魔力を使い果たしてしまった例が載っていたのだ。


 子供の頃、私が初めて魔法を使った時には屋敷中を水浸しにした後、こてんと倒れるように爆睡したという。どうやら私は、かなりセンスのない側の人間らしい。


 今だってきっと、その時と変わらないレベルだろう。だからこそ一気に魔力を使い果たすことになったとしても、せめて子供がいるであろう火の中心部が良かった。


「俺は絶対に絶対に、反対ですからね!」

「だって、このままじゃ絶対に助からないよ」


 あの炎の勢いを見る限り、建物自体もう長くは持たないだろう。それなのに、このまま何もせずに黙って見ているだけなんて、私には出来なかった。


 きっと中にいる子供は、母親と離れ一人ぼっちでとても怖い思いをしているに違いない。その気持ちは、誰よりも痛いほどにわかる。


「私は今ここで何もしなかったら、一生後悔する」


 けれど、ティムが止めるのも当たり前だ。護衛である彼の立場ならば、私を止めなければいけない。


 むしろこんな状況では誰だって、そんな無謀なことはやめろと言うに決まっている。そう、思っていたのに。



「行くぞ」



 不意にそんな言葉が、隣から降ってきたのだ。


「早くしろ、もうじき崩れ始める」

「……ルーファスも、一緒に行ってくれるの?」

「瓦礫からくらいは守ってやれるはずだ」


 彼はまっすぐに前を見つめたまま、そう言った。


「わ、私が今も魔法を使えるって、信じてくれるの……?」

「ああ」


 当たり前のようにそう言った彼に、視界が揺れた。


 ……本当は、あんな中に一人で行くのはひどく怖かった。けれどルーファスが付いて来てくれるというだけで、泣き出したくなるくらい、安心してしまう。


「あーもう、分かりました! 俺も一緒に行きますよ!」


 そして今度は、ティムまでもそう言ってくれたことで、私は既に半分泣きかけていた。


「お嬢様とルーファス様だけ、行かせるわけにいかないでしょう。本当に危ないと思ったら、無理やり抱えてでも連れて戻りますからね! 無理はしないでくださいよ」

「っありがとう、約束する……!」


 二人に何かあっても困るのだ。絶対に無理はしないと決めて、私達は燃え盛る建物の中へと向かったのだった。




 一番激しく燃えている所を目指し、走っていく。ルーファスの風魔法により、私達は煙を吸い込むことなく呼吸できていて、感謝した。煙を長時間吸うと、命に関わるらしい。


 建物内は既に所々崩れかけていて、日頃運動なんてしていなかったこの身体では、辛い場面も多かったけれど。その度にルーファスが何も言わず、助けてくれていた。


「ありがとう、ルーファス」

「……ああ」


 相変わらず、返事も態度も素っ気ないものだったけれど、彼の優しさは何度も伝わってきていた。


 そしてなんとか、男の子がいるであろう場所までたどり着くことが出来た。けれどあまりにも彼を囲んでいる火の勢いが強すぎて、その姿すら見えない。


「お嬢様、本当にこれ、消せるんです……?」

「わ、分かんないけど、やるしかないよね……」


 想像していた数十倍、火の勢いは強く熱気も凄い。立っているだけで汗が止まらない。ルーファスの魔法がなければ、呼吸さえまともに出来ていたかすら、怪しいレベルだった。


「……大丈夫、私ならできる」


 魔法を発動するのは、そう難しいことじゃない。難しいのは、コントロールをすることだ。私は慣れていないため、加減が間違いなく出来ない。


 けれど今は全部出しきるだけでいいのだ。むしろそれくらいしないと、この炎はどうにもならないだろう。私は両手を前に突き出すと、魔力を使い果たす気持ちで念じた。


「お願い……!」


 その瞬間、荒れ狂うような水が視界いっぱいに広がった。


 無事に魔法を使えたことでほっと安堵するのと同時に、思っていた数倍凄まじい水の勢いに、まるで身体の中身が根こそぎ持っていかれるような感覚に襲われる。


「お嬢様、本当に魔法、使えたんですね……」


 視界の端にいたティムが、驚いたようにそう呟く。私自身も、こんなにも上手くいくとは思っていなかった。


「……っう、」


 けれど想像以上に、魔力消費が激しい。とはいえ少年も魔力切れを起こしかけているのか、段々と火の勢いが弱まってきていた。このままいけば、何とかなる気がする。


 汗が止まらず、目眩がしてくる。思わずふらついてしまった私を、後ろにいたルーファスがしっかりと支えてくれた。


「……何も出来ず、すまない」

「そんなこと、ないよ、ありがとう」


 やがて完全に水の勢いが、火の勢いを上回った。本当にあと少しだと、必死に自分を鼓舞する。


 そして最後の最後に、全部持っていけという気持ちで全てを出し切った瞬間、目の前がぐらりと揺れた。


 少し離れた場所で泣いている男の子の姿が見えた瞬間、全身の力が抜けていく。そんな私を、やはりルーファスは支えてくれていた。すぐにティムが男の子に駆け寄り、その小さな体をひょいと抱き上げる。


「お嬢様、よく頑張りましたね! ギリッギリ間に合ったみたいです! もう崩れかけてるんで、急いで出ましょう」


 そんなティムの言葉に、ルーファスは頷くと私をひょいと抱きあげ走り出した。この体勢が恥ずかしいとか、歩くことさえできずに申し訳ないとか思うよりも、とにかく疲れが上回っており、私はとてつもない眠気に襲われていて。


「良くやった」


 ルーファスのそんな声を最後に、私は意識を手放した。




◇◇◇




「セイディ、気が付いたのね!?」


 ゆっくりと目を開ければ、そこには両親の姿があった。どうやらここは、アークライト伯爵家の自室のベッドらしい。

ティムやハーラ、そしてジェラルドの姿もある。


 目を覚ました私を見て、皆ひどく安堵した様子だった。無事に子供を救出した後、ルーファスに抱かれたまま眠ってしまったことを、私はすぐに思い出していた。


「本当に、無事で良かったわ……」

「心配をかけて、ごめんなさい」


 今にも泣き出しそうな皆の姿を見て、胸が痛んだ。今回の自分の行動に後悔はないけれど、今後こんな心配をかけないようにしなければと、反省した。


「でも、男の子は無事でしたよ。命に別状もないって」

「本当に? 良かった……。ティムも本当にありがとう」

「いーえ。今頃、外はお嬢様の話で持ちきりでしょうね。あの稀代の悪女と言われているセイディ・アークライトが、実は魔法を使えた上に、命がけで子供を救ったんですから」


 ティムはまるで自分のことのように、自慢げだった。


 彼にも私の我儘に付き合わせてしまい、助けられたのだ。後日改めて、彼にはしっかりとお礼をしたい。


「あの、ルーファスは?」

「僕の顔を見た途端、帰っちゃったんだ」


 ジェラルドは、申し訳なさそうにそう言った。


 そういや先日も、ジェラルドを見てすぐにルーファスはどこかへと行ってしまったのだ。婚約破棄の日には、私と彼が関係を持っているのかなんて言っていたし、とんでもない誤解をされているような気がする。


 とにかく後日改めて、彼にもお礼をしなければ。


 それから両親は私の体調に異常がないことを確認した後、部屋を後にした。そして、ジェラルドと二人きりになる。


「ちょうど君に会いに行こうと思っていたら、このことを聞いて本当に驚いたよ」

「そうだったんだ、驚かせてごめんね。何かあったの?」


 ベッドの上で身体を起こした私の側に、彼も腰掛けた。


 あの場所ではいつも、狭い場所で皆で身体を寄せ合ってお喋りしていたけれど、今のジェラルドはあまりにも顔が良すぎて眩しく、なんだか落ち着かない気持ちになる。


「セイディには、二つ話したいことがあるんだ。まず一つ目だけど、魔法省に確認を取ったところ、身体を入れ替える魔法なんて聞いたことがないと言われた」

「えっ……?」


 それなら、私達に起きていることは一体何なのだろう。


 身体を入れ替える方法がないとなれば、私達の話など誰も信じてくれるはずがない。このままでは私達の妄言扱いされて終わり、事件として扱ってもらうことも出来ないだろう。


「そして二つ目が、これだよ」


 ジェラルドは一通の手紙を取り出すと、私に手渡した。差出人は書いておらず、誰からのものだろうと首を傾げる。


 そんな私に向かって、ジェラルドは言ったのだ。


 「ニールから、君宛ての手紙だよ」と。



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