1.4.学園生活(4)
「いったいどういう了見だ?」
と念話を送ったのは、寒川であり、受け取ったのは耳にかかりそうになる髪をかき上げながらきつねうどんを食べている神崎だった。
寒川は表情一つ変えずに、食堂で神崎の斜め前に座った。寒川がおかしな行動に出れば、即座に首をねじ切るつもりで神崎は用意していたが、寒川にはまったくといっていいほど敵意がない。
寒川は、本当に不思議だ、という顔をしていた。
「ああいうことは表立ってやる必要がないだろう? それともあんたは俺のような人間に対して何らかの威嚇をする必要があったのか」
神崎は自分と同じタイプの人間が学校に何人かいることは感じ取っていたが、こうした形で名乗り出てくるとは思っていなかった。そして、寒川の言い分を聞いて、自分がある種の興奮状態にあって、悪戯で男性教員の睾丸をひねりつぶしたのだということを自覚した。能力を持ってから、こうした軽率な行いに出たことはなかった。
「単なるいたずらなの。残念ながら、これっぽっちも頭を使わない結果なの」
「いたずら? あんたはいたずらで人を殺すのか? 邪魔だから殺すんじゃないのか?」
「殺してはいないでしょ? 片方の睾丸を潰しただけで、殺したわけじゃないわ」
「あの延長で人を殺すんじゃないのか、あんたは? そんな理由で人が殺せるのか? いや、まったく殺すつもりがなかったとしても睾丸を潰されたダメージであの男が死ぬかもしれない。軽はずみで人が死ぬ結果になってもなんとも思わないのか?」
「ねえ、人が楽しく食事をしているときに剣呑な話はやめてくれる? それとも、義憤に駆られた説教?」
神崎は、ああ、やだやだ、と言わんばかりに念で挑発する。しかし、寒川は挑発を挑発として受け取らない。神崎のことを心の底から理解できないと言わんばかりに、いや、俺は、とまじめなトーンの念を送る。
「あのおっさんにせよ、あんたにせよ、自分の目的達成のために邪魔になるなら可及的速やかに殺すつもりだが、そうでないなら殺す必要を微塵も感じない。あんたの毎日の生活をあの男が邪魔をしたから、息の根を止める方向に走ったのか、とも考えたが、そもそも殺すならこっそりと誰にも見つからないところで殺せばいいし、あんなに中途半端に危害を加えるくらいならいっそ殺せばいいのにああいうダメージの与え方をするのは全く理解ができない。だから、俺は、あんたが俺を呼びだしたんじゃないかと思った。だが、俺はあんたに危害を加える理由もわからないし、名乗り出てもそれほど脅威にはならないと判断したからこうして話をしている」
「私、あなたにずいぶんとなめられていると考えてよいのかしら?」
神崎は挑発したつもりが馬鹿にされたような気持ちになって、反撃を実現するという方向で気分が高揚してきたのを感じたのだが、寒川の意図は異なるようだった。
「俺はあんたと殺し合いをしにきたわけではない。そのつもりなら、すでにその意図を現実にする方向で動いている。そうではなくて、あんたがなぜあんなことをしたのかが純粋に知りたいから、こうして呼ばれたと思ってあんたに会いに来た。ばかばかしい人間を殺すわけでもなく、殺してしまうかもしれないような形でばかばかしく痛めつけることに何の意味があるのか?」
「そうね、たとえば、小動物を痛めつけるようなサディスティックな気分に駆られただけ、とでも言っておこうかしら」
「害獣を殺す、ではなく、小動物を痛めつけるのか?」
「いや、私だってにゃんちゃんやわんちゃん相手に暴力をふるったりしないけど」
「俺の家に来て、毎日糞をするようなら殺すぞ」
「なんでよ? 猫も犬もかわいいじゃない。せいぜい叱ってあげればいいだけでしょ。どうして殺すという発想に至るかまったくもって理解できないわ」
「かわいいかかわいくないかという話が今の話題に何の関連性を持つのか全く理解できないのだが、何が言いたいんだ? あんたは? 害があるなら駆除をして害がないなら何もしないという話をしているのではないのか?」
「はあ? 自分の生活がちょっと邪魔されたくらいで愛玩動物殺す発想に至れるとか、あなた少し頭がやられているのではないかしら。スクールカウンセラーとして、相談に乗りましょうか?」
「いや、あんたと話をすると精神が滅入りそうだ。勘弁願いたい。今話して分かったが、あんたは俺にとってそこそこ無害だが、行動原理を理解できそうにない。あんたが俺に用がないということがわかったから、俺はあんたとはかかわらないことにする」
「監視対象に大きな動きもないようですからね」