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GRAYHEATHIA*グラィエーシア番外編・小話集  作者: 瀬川月菜


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ひとびと。 1:キスをしましょう

「キス、しましょう」

「そういう関係」になってから、夜はお互いの出方を探るようになっていた、と思う。それを変えるための一言を、アマーリエは意を決して告げた。

「…………」

 しかしせっかくの勇気は、キヨツグのゆるりとした瞬きの前に呆気なく霧散した。さらには首筋から頬に向けて上ってきた熱でもって、他愛ない言葉も失われた。寝台の上に正座し、膝の上で拳を握りしめていたアマーリエは、肩に首を埋めてしまうくらいに固くなったまま、頭の中を真っ白にした。

 やっぱり、こちらから言い出すのははしたないことだったか。

 けれど、嫌がっていると思われるのは心外だ。

 恋人や夫婦の知識に激しく乏しいアマーリエは、何が一般的で、どれが常識はずれなのかわからない。そうして様々な思いが複雑に絡んだ結果、せめて好意を伝える台詞としての「キス、しましょう」なのだった。

「……キス」

 繰り返さないでほしい、お願いだから。

 萎えてしまいそうだったアマーリエだったが、はっと気付いた。もしかして『キス』が何か伝わっていないのではないか。

「くっ、口付けのことですっ」

 勢いよく説明したところで、限界が来た。

(だ、だめ! やっぱり恥ずかしい……!)

 大丈夫です、もう忘れてください、そう言うためにぐるぐると定まらない目を上げた先で、キヨツグが動いた。

 寝台の隣に静かに腰を下ろし、そっとアマーリエの頬を包む。見上げた先に、彼の瞳がある。魅入られる。なんて綺麗な黒――。

「……目は、開けたままでいいのか」

 慌てて目蓋を下ろすと、くつ、と笑う気配。

 そうして唇に熱が触れた。

 柔らかくて温かくて。触れられた瞬間、砂糖のように全身が溶けてしまいそうになる。

 睫毛を震わせて目を開くと、キヨツグはまだ吐息のかかる距離に留まっていた。途端に鼻先を擦り合わされ、驚きのあまり石化したアマーリエを、この上なく愛おしいものを前にしたように、キヨツグが目を細める。遊ぶように触れる指先は、思わず呼吸を止めてしまいそうな艶めいた仕草だ。

「……この歳になって、口付けひとつを面映ゆく感じるとはな……」

 口の端に浮かんだかすかな笑みに、アマーリエは今度こそ真っ赤になった。それをキヨツグは覗き込むようにして身を寄せてくる。

 次の口付けはきっと、さっきよりもう少しだけ熱いはずだ。

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