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あなたはわたしの 2

 キヨツグの声は、夜に似ている。静けさ、暗闇、遠くから響く風の音。不快ではないのに心をざわめかせてアマーリエを落ち着かなくさせる。声の持ち主を確かめたくてならなくなるような、恐ろしくて、けれど優しい魔法のような……。

 それはただ耳元で名前を囁くだけでいつでもどこでもアマーリエを容易く縛ってしまうから、必死に抵抗しなければならないときがある。

「も、もう、そこまでで……!」

 くすりとするだけでも心臓に強い衝撃になる。気付かないうちに縄でぐるぐるにされているような気がして、身動ぐことを止められない。

「っひゃ!?」

 冷たい指に耳を撫でられて叫んでしまった。

 口を押さえて汗をかく。もう片方の手で迫ってくる彼を押し返しながら、アマーリエは騒ぐ心臓と首元から頬にかけて上る熱を落ち着かせようと必死になった。

(変な声出た! もう、もう……!)

 歯を食いしばって睨みつけると、キヨツグはようやく少し離れてくれた。

「……もういいのか?」

「も、もういいとかそういう話じゃないです!」

「……誘っ、」

「誘ってないです! 見てただけです!」

 叫ぶと、わけのわからない衝動でいっぱいになった。自分の意に反して口からも目からも熱が噴き出すみたいだった。叩きつけるように決壊した思いをぶつける。

「自分でもわけがわかなくなるくらい、キヨツグ様が好きだって思うときがあって! どうしようもなくなるんです、爆発しそうになるんです!」

 キヨツグが普段あまり変わらない表情でじっとこちらを見ている。彼の驚きが伝わって、なんて自分は子どもなんだろうかと今度は悲しく、情けなくなってきたアマーリエだった。

 どうして思うようにならないのだろう。気持ちが膨らんでばかりで上手く伝えられないのか。幼くて不器用な自分に自己嫌悪を覚える。

「……好きなんです……キヨツグ様……」

 醜い感情も拙い言葉も脱ぎ捨てれば、その思いだけが真実として残る。

 しばらくの沈黙が熱を冷まし、理性を取り戻すにつれてアマーリエは羞恥心のあまり消えたくなった。両手で情けない顔を隠して呻く。

「ご……ごめんなさい……」

 キヨツグがどんな顔をしているのか怖くて確かめられない。けれど意気地がなくて逃げ出すこともできなかった。そんなアマーリエを震え上がらせる、キヨツグのため息。

「……そういうところが、本当に、可愛い」

 呆れられた、と落ち込みそうになって、あれ? と思う。

 宙ぶらりんになった手を外しながら、目を覗き込んでキヨツグが言った。

「……可愛い」

 それが彼の表情をわずかに甘くとろかせていたから。

 アマーリエの顔は、ぼん! と熱を吹き出したのだった。

(か、かわっ、かわ、かわいいって……!)

 揶揄われているとわかっていても反応してしまう自分が憎らしい。それがまた自分が恋心を持て余している相手からの言葉なのだから、顔は真っ赤になるし目はぐるぐる回るし、うわ、あわ、はわ、と奇妙な声が意味もなく漏れてしまうのだった。

 心臓に悪いから止めてほしい。いつもこういうことばかり言う人ではあるけれど、本気になってしまう。嬉しい、と思ってしまうのだ。心がふわふわとしていまにも飛び上がってしまいそうになる。

「……エリカ」

「…………」

 迷惑をかけているし負担になっているし、いつも気遣ってもらって優しくされて、大切にしてもらって。これ以上を望んでしまったら、アマーリエは本当にだめになってしまうだろう。

 だから望んではいけない。簡単に答えてはいけないと、そう思うのに。

「……返事をしないのなら、したくなるよう、唇を奪おうか」

 ひぇ、と声が出た。そう言うなら彼は必ず実行する。脅迫されてはもう、アマーリエにできることは何もなかった。

「……はい、キヨツグ様」

 答えた後に小さく付け足した「……だいすき」が、しっかり彼に届いた証に、アマーリエのもとには口付けが幾度となく降り注いだのだった。

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