0.幕開け。♦一人の青年の話♦
プロローグです。この青年と主人公は別人です。
この人は後に出てきます。
剣と魔法と神、王道ファンタジーをどうぞご堪能あれ。
──風に揺れているその髪を
──赤黒く染まっているその姿を
あの夜桜が咲き誇る草原で見てしまった。
僕には、助ける以外の選択肢なんて無かった。
♦
僕はまた一人、夜の道を歩いていた。
孤独。
帰る場所も、僕を迎え入れてくれる人も、何もない。
ただ月日が流れていくのに身を任せ、今日までこうして生きている。
幸い、僕は魔法力が高いらしく、生活はできた。
けれど……寂しいことに変わりはなくて。
いつでも手から出せる炎は、僕の心までは温めてくれなかった。
……だから、惹かれた。
親近感が湧いたのだと思う。
ふと視界に映ったのは黒い影。暗くてよく分からないが、大きいし……多分、人だ。男の人。
倒れているらしかった。
闇夜に光を出し、その辺りを照らす。
まず目に入ったのは、巨大な桜の木だった。桜の花は満開だ。
僕が出した光に照らされて、とても綺麗だった。
次に、その人影がよく見えるようになったので覗き込む。
あぁ、酷い……。
その男性は、胸に剣が突き刺さっていた。ここら辺は草むらだったのだが、青々とした草も赤黒く染まっていた。だけど、既に出血は止まっているようだ。
そして、魔力の感じで分かる。
──この剣、神器だ。僕には抜くことができない。
一瞬、諦めようとした。
その時、風が強く吹き荒れた。
桜の花びらが一斉に夜空へ飛び立った。
あまりにも幻想的で哀切を歌うこの光景に、男性を置いていくのは躊躇われた。
……だって、可哀そうじゃないか。彼だって一人なんだ。寂しいに決まっている。
僕は彼に向って一歩、踏み出した。
その華奢な身体をそっと持ち上げる。その拍子に、彼の胸に刺さっていた剣に軽く右腕を引き裂かれてしまった。
痛みなど慣れっこだ。
実際、右腕からは血が滴り落ち、落ちた雫は彼のと混ざっていたが、痛みは感じなかった。
再び彼の身体をしっかりと抱きかかえ、意外にも軽傷だったことに驚く。
それでも抱えた時に少し傷が開いてしまい、新たに流れた彼の血が僕の先程の傷跡を辿る。
「……おっと」
──不意に強い眩暈を感じ、僕はたたらを踏んだ。
まさか貧血だろうか? この程度で?
ダメだなぁ、最近ろくに寝ていないから。
最後に寝たのは……本当にぐっすり眠れたのは、いつだっただろうか。
遠い記憶は霞んで見えない。
僕はよいしょ、と姿勢を立て直し、一人呟いた。
「……僕じゃ何もできないよなぁ……。誰かに手当をしてもらおうか」
そして歩き出す。
願わくば、彼が僕のような人生を歩まないで欲しい。
そして──またいつか、僕に会って欲しい。
♦
コンコン。
ドアをノックする音は、まるで自分の心の扉をノックしているようだ。
〈もしもし──僕の心は、生きていますか?〉
「はーい。……あら? どちら様ですか?」
出迎えたのは若い女性。
受け入れてもらえるだろうか。若干緊張しながら僕は話した。
「突然すみません。この人の手当てをしてくれる方を探しているんです。今は回復したようですけど、まだ傷は完全には癒えてなくて。どうか、お願いします──この子を、助けて下さい」
彼は驚いたことに、僕が彼を抱えて歩いている間に血が止まり、剣も抜けた。
「ええ、いいわよ」
この世界の住民は、皆優しい。
それは神がこの世界を創るときにそうしたからだと言う。
「あなたも大変だったでしょう? 少し休んでいきなさいな」
優しく微笑んで彼女は言った。
──僕はそこで初めて愛を知った。
初めて、自分が育ってきた環境が他人と違ったことを認識した。
〈他の人は、誰だってこんなに愛を貰っています〉
〈──僕は、本当に「生きて」いますか?〉
人間の本当の心に触れた瞬間、僕はある欲望に掻き立てられていた。
……殺したい。
何故僕だけがあんな目に合わなくてはいけないのか。
おかしい……絶対に可笑しい。
この世の中は狂っているのだ。
なら、僕が矯正すればいい。
さぁ、この手で、あの人を。誰もかも、何もかも。
殺し続──
「──ッ!」
はッ、と我に返った。
「な……何だ、今の……」
「? どうかしたの?」
──いつからだろう、こんなに人を恨むようになったのは。
いつからだろう、こんなに人を殺そうなどと思ったのは。
たまに僕ではない僕が、暴れようと身を疼かせる。
「いえ……僕は用事がありますので、これで。彼を、よろしくお願いします」
「そう? 分かったわ。任せて」
彼の温もりが僕の腕から消える。
ぺこりと一礼し、僕はその場を後にした。
不思議と、彼とはまた会えるような、そんな気がした。