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第九話 第一次お弁当戦争《下ごしらえ編》

申し訳ありません。前話で予告したタイトルがあまりに適当であったためタイトルを変更します。

とはいえ、このタイトルも中々に適当なのですが。

 生活力を付けろ。


 義母が彼に言った言葉である。

 どんな時も。どんな境遇に陥ろうとも。腕一本でも余裕綽綽に生きられるようになれ、と。

 そして義母はニヤリと笑ってこうも言った。


 残った腕はお前の大切な人を護るために使え、と。




※――――――※――――――※




 大方の予想通り、お弁当作りの特訓場所は僕の家でということになりました。

 美佳さんの家、という選択肢もなかったわけではないのですが、タロ君の家と同等レベルの豪邸はさすがに気後れしてしまいますから、それ以外のどこか、と考えていたら結局僕の家でやるしかありませんでした。

 まぁ、勝手知ったる我が家でやった方が何をするにもはかどりますし、”助っ人”こと義姉さんに一から場所を教えるのも大変なので都合はいいのですけどね。


 我が家御用達のにっこりマートで帰り道に寄りました。

 珍しげにお店の中を見て回り、感嘆の声をあげながら片っ端から買い物かごに商品を突っ込んでいく美佳さんを止めつつ、ある程度目星をつけて野菜や調味料を選んでいきます。


「今回の代金はもちろん私が持たせて頂きますわ。橘さんにこれ以上迷惑は掛けられませんもの」

…今月は割とピンチだったので夜一食を浮かせる事が出来るのは助かります。


 トレーに入った牛ミンチを何パックも大量に持って帰ってきた美佳さんに苦笑しながら一パックだけ受けとります。

 まぁ、本当はさほどお金には困っていなかったのですが、美佳さんにこれ以上気を使わせるのも悪いのでそう返しておきました。


「…私のため?」


 そんなことを考えていた僕に並んで、黙って歩いていた波音さんが不意に口を開きました。

 ギリギリ意味が読み取れる限界点まで削られたその言葉は波音さんの心情を如実に表しています。

 簡単に言うと怒っているわけですね、ものすごく。


…やっぱりバレましたか。

「…私に隠し事は通用しない」

…ですよねぇ。


 あっはっはっ、と空笑いをしてバツが悪いのをごまかそうとしましたが、波音さんが不機嫌そうに目を細めているのを目にして笑顔が引きつりました。


 一学期の頃からクラスの雰囲気に馴染めずにいた波音さんは、その『力』も相まって精神に掛かった荷重に耐えきれずに暴走してまったことがありました。

 このクラスの皆さんはそれ事態大したことでないと見事に受け流してくれたのですが、彼女自身はそうはいきませんでした。

 どうしても他の人と距離をとろうとしてしまうのです。負い目、とでもいうのでしょうか。

 まぁ昔よりは幾分良くなったのですが、このままでは……、と考えていたところでトラブルメーカー美佳さんが波音さんを巻き込んで勝負などを起こしてくれたので、これ幸いにとその勝負のお膳立てを手伝ったのです。


「…余計なお世話」

…そう言わないで下さい。

「…………」


 プイとそっぽを向いてしまった波音さんの頭を撫でますが、いつものように機嫌を直してはくれません。

 ん〜……、かえって悪いことをしてしまったかもしれません。

 波音さんには波音さんのペースがあるでしょうし、むやみやたらにお節介を焼くのはひどく迷惑だったのかもしれません。


「…別にそこはそんなに怒ってない」

…あれ? それで怒ってないんですか?


 相変わらず波音さんは僕の心を覗き込んで話しを進めるわけですが、状況が状況なだけに何も言えません。と言いますか、僕のお節介に怒ってたのではないんですか?


「…違う。ヒロ君が私を気に掛けてくれるのは嬉しい」

…んんん? では何に怒っているのですか?

「…ヒロ君は自分のことを気に掛けなさすぎ」

…へ? 自分のことですか?

「…いつも自分のことは二の次。私の時も、それで倒れた」


 波音さんの不機嫌そうなオーラが少しだけ消えて、代わりに不安げに揺れる瞳で僕のことを見上げました。


 前に波音さんが能力を暴走させてしまった時、テレキネシスと同時にサイコキネシス、テレパスまでもを完全に『開いて』いました。

 その只中にいて机、椅子、思念の嵐にさらされている波音さんを教室から救出しようとした際、僕がマズってしまい飛んできた椅子を避けることが出来ずに当たってしまったのです。

 片手で頭部への直撃だけは避けたのですが、思いの外出血量が多く、波音さんと教室から抜け出た直後に倒れてしまったのです。

 僕が次に目を覚ますとそこは保健室で、目に一杯に涙を溜めた波音さんに手を握られていました。



 あぁ……、そうでしたね。

 自分のせいで誰かが傷ついてしまうのは、自分が傷つくよりもよっぽど辛いのでした。

 そんなこと、僕は誰よりも知っていたはずなのに。波音さんに同じ思いをさせてしまいました。


「…もう少し、自分のことを考えて」

…はい。

「…何か辛いことがあったら言って」

…はい。

「…私の言うこと、何でも聞いて」

…はい。……って、はい?


 うなだれながら返事をしていた僕は、思わず顔を上げて波音さんの方を見ます。

 今のは……聞き間違いでしょうか?


「…違う。間違いない」


 してやったりな顔をしている波音さん。や、個人的には波音さんのムッとした表情が和らいだのでいいのですが、まさか波音さんがこのようなユーモア溢れる言葉遊びを展開してくると思いませんでした。見方によればこれもまた成長なのかもしれませんが……。


「…じゃあ最初の命令」

…もはや命令ですか。まぁいいです、こうなったら何でも来いですよ。

「…ここからヒロ君の家に着くまで私に対して敬語はダメ」

…はい? 波音さん何を

「…ダメ」


 即座にダメ出しです。

 どうやら僕には何かを言う権利すら与えられていないようです。


 五秒ほど目をつむって唸ってから、一応最後の確認を取ります。


…小学校からコレだったので上手く喋れないかもしれないのですがいいですか?

「…構わない。さぁ早く」


 うぅ……、目が怖いのです。

 瞳に剣呑な光を宿し始めた波音さんに少々怯えながら泣く泣く腹をくくります。

 うーん……、何だかすごく変な緊張をしているのですが。


 しょうがありません……、いきますよ。




 両手に持ったもろもろの荷物を器用に動かして手のひらから手首に移すと家の鍵を取り出します。

 家の鍵を取り出した右手でそのまま玄関を開けます。


…ただいまでーす。

「……おかえりー」


 少し間を置いてから義姉さんの声と足音が聞こえてきました。


「橘さんは家でも敬語ですの?」

…はい、そうですね。何か変なところでもありましたかね?

「……いえ、まぁ、何でもないですわ。私も人様のことは言えませんし」


 明らかに妙な言い回しと態度をとって頭を振る美佳さんに首を傾げていると、廊下の奥の方の部屋から制服姿のままの義姉さんが姿を現しました。


「あっ、いらっしゃーい。そこにスリッパがあるから使ってねー」

「は、はい。わかりました」

「じゃあ、ヒロは荷物を……」


 美佳さんに笑いかけたあと、僕の荷物を受け取ろうとした義姉さんが僕の背中を見て少し固まりました。

 コンマ五秒ほど固まってからその顔は次第に苦笑いに変わっていきました。


「……デジャブ?」

…やっぱりそう思いますか?


 僕も苦笑いを返します。


 まぁつまるところ、僕の背中には波音さんがいるわけです。

 何故か帰り道の途中で顔を真っ赤にして気絶してしまった波音さんを背中におぶって帰ってきたのですが、両手に荷物を持ってカバンも肩に掛けているこの状態はいつぞやに体験した気がします。

 とはいえ、いつまでもこのままというわけにはいきません。


…波音、さん。起きてください。もう家に着きましたよ。

「…ん」


 首だけひねって波音さんに声を掛けると、閉じられていたまぶたがゆっくりと開かれます。

 波音さんは状況がわからないといった様子で辺りを見回したあと……僕と目が合いました。


…一人で立てますか?

「…問題ない」


 そう言って心なしか頬を引くつかせて僕から目を離すと、波音さんがよじよじと僕の背から降りました。

 あれ? まだ機嫌を直してもらえてなかったのでしょうか?


「え〜と、波音ちゃん、かな。こっちにどうぞ。ヒロは荷物貸してー」

…はい、お願いします。

「…お邪魔します」


 僕は義姉さんに買い物袋を渡す横で、波音さんはスリッパに足を通すとフラフラとした足取りで義姉さんの後を着いて家の奥に消えました。


「……あの方が噂のお義姉さんですの?」

…はい、そうです……って、噂になってるんですか?


 ちょっと驚きの事実に思わず頬を歪めて美佳さんの方を見ます。

 たぶん、広げたのはあの人ですよね……。


「それにしても……噂に違わぬ美人ですわね」

…いったいどんな噂が流れてるんですか?


 何か色々と尾ひれが付いていそうな噂話に気のせいか頭痛まで……。


「確か、橘さんは義理の御姉さんと二人暮らしをしていて、その御義姉さんはとても綺麗だけど、少し変な人っす、と」

…変なところがあるのは事実ですけどねぇ。まぁ僕たちも上がりましょう。


 僕は苦笑しながらスリッパを二足分用意すると、片手で携帯を取り出してメールを打ちながら義姉さんの笑い声が聞こえてきたキッチンに向かいました。

いつもどおり私が情報収集に街を駆けずり回っていると不意に携帯が振動した。


「珍しいっすねぇ……こっちの携帯にメールが来るなんて」


最近、電話としての職務を放棄していた携帯を取り出して送り主を見て驚愕した。それはもう盛大に。

送り主の欄には、橘と映っていた。

メールアドレスを交換してから三ヵ月、すでにワンシーズン過ぎているわけなのだが今の今までメールなど送られてきたことはなかったのだ。


(こっちからはよく送ってるのに……。不公平っす)


とは言え、今日、今、とうとう来たのだ。いったいどんな内容なのか……胸の高鳴りが止まらない。

意を決して震える指で携帯の決定ボタンを押した。


『……覚えておいてくださいね、クイナさん』


「……えっ、え? 何すかこれ!? 何か怒ってないっすか、凄く!?」


次回『奇跡の家事は』


 ちょっ、せっかくハードボイルドに決めてたのにこんな終わり方っすか!? っていうかヒロさんは何でこんな怒ってるんすか!?


お楽しみに♪

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