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第七話 学園の大会長

 大会長、それは尊きもので、崇められる存在である。

 大会長、それは全ての生徒の代表であり、生徒会長の中の生徒会長である。

 大会長、それはあらゆる手段でもって、学校をより良い方向に進める人間である。


 大会長、間違っても大怪鳥ではない。決して、桃色のアイツではない。




―――※―――※―――




…えーと、どうしたんですか? タロ君?

「何でもない。ただ、ただただ申し訳ない」

…いやいやいや、土下座とかしちゃってる時点で何でもないとかないと思うのですが。


 土日が過ぎ、いつものように学校に来て教室に入ると、僕の隣の席でタロ君が土下座をしていました。

 状況がつかめません。現時点でわかるのはタロ君の謝罪対象が僕であることと、その理由が彼を土下座に駆り立てるほど重いものだということだけです。


…何かあったんですか?

「何があったかは言えない、殺されるから。……あと新宮、お願いだから黒板消しはやめてくれ」


 すでに頭が三色くらいになっているタロ君が、波音さんのサイコキネシスで宙に浮く黒板消しを必死に止めようとしています。


「…ヒロ君イジメたら、ダメ」

「ぶはっ! だから俺のせいじゃないんだって!」


 顔面に黒板消しが直撃したタロ君はそれでも何とか弁明しようと四苦八苦しているわけですが、波音さんはそれを聞き入れません。

 まぁ、このまましばらく放っておいてもよいのですが、さすがに気の毒なので波音さんにストップをかけます。


「お願いだ。もう少しはやく止めてくれ……」

…まぁ、あまり愉快な話しでもなさそうなのでこれくらいは前もって。

「…当然」


 落ちついた波音さんの頭をなでつつポケットからハンカチを取り出してタロ君に差し出します。

 憮然とした顔でそれを受け取って頭を拭くタロ君はふと諦めたような表情でため息を吐きます。その様子を見て何となくピンと来ました。


…まさか『あの人たち』が動き出したんですか?

「まぁ……そ、その何だ。俺から何とも言えないなぁ〜」


 明らかに動揺している様子のタロ君に僕は確信を深めます。

 タロ君が話したがらないのは、『あの人たち』のことですから盗聴器の一つ二つ自分に仕掛けられていると踏んでいるからでしょう。

 ちなみに先程からどこぞのボスキャラみたいな呼び方をされているのは……


「おはよー、どうしたの? 朝からそんなに騒いで」

「おはようございます。それにしても……チョークの粉が凄いんですが……」


 声をかけられた方を向くと、キョトンとした表情の真君と茜さんが並んで立っていました。

 登校したばかりだと思われる二人を見て、逆に僕が目を丸くします。


…おはようございます。……ところで今日は二人で学校に来たんですか?

「ん? うん、そうだよ。それがどうかしたの?」


 僕は苦笑いを浮かべて首を横に振ります。


 (一応)クラスの人たちには付き合っていることを隠していたので、二人が一緒に学校に来たことはありませんでした。もちろん何人も集まって登校した時には一緒になることもありましたが。

 その二人が急に一緒に登校してきたのですから、この休日に何か転機となることがあったのは想像に難くないわけですが……


「…作戦、通り」


 ポソリと呟いた波音さんの言葉を聞いて、この裏で暗躍している人物が誰なのかは何となくわかりました。

 とは言え、それが結果的にいい方向に進んだのは目の前の二人を見ていれば明らかなわけですからその行動を咎める必要はないでしょう。と言いますか、僕も過去の話なんかしちゃって真君を焚き付けてしまったわけですから何も言えません。


「…共犯、共犯」


 何も言えません。


 取りあえず、憂さ晴らしに波音さんの頬をビヨンビヨンと引っ張っていると、不意に校内放送を知らせる軽やかなチャイムが鳴りました。

 基本的に校内放送は重要なことを伝えるときにしか使われないので、自然、クラスの中に静寂が落ちます。


『……えー、テストテスト。っとオーケーですね……。はい、ではこれから呼ぶ人は急いで生徒会室に来てくださいねー』


 どこか気抜けしそうなほど明るい声が静かになった教室に響きます。

 何となく場違いなその声に教室が少しざわつきます。

 気のせいでしょうかね? 胸騒ぎが治まりません。


『一年の橘くん、至急生徒会室に来てください。生徒会長がお呼びですよー』


 じゃあねー、とフレンドリーに校内放送が終わりました。


 ふと、隣を見るとタロ君が再び土下座していました。




 とりあえず生徒会室の前まで来たわけですが、何かもう、猛烈に帰りたいです。


…失礼します。


 とは言え、そんなことは出来ません。

 この学校の生徒会長殿は圧倒的な知識と人脈でもって一年後期に前会長を蹴落とし、その後釜に就任。以後、今に至るまで(会長さんは現在三年です)独裁政権を続けているわけです。

 当然ながらそのような強硬な行動はあらゆるところで敵を作るのですが、それら反抗勢力をさらにあらゆる手段にて撃破していきました。

 現在に至っては、何人かの教師を裏で操っているとかいないとか。実質、学校を牛耳っているのはあの人なのでしょう。

 そんな人に呼び出されているわけですから、逃げるにも逃げられません。


「あ、ヒロくん! 久しぶりだねぇ」

…お久しぶりです、奏さん。とりあえず放してください。苦しいです。


 扉を開けざま、おっとりとした顔が印象的な茶髪の女性が手に持ったティーカップを置いて抱きついてきました。


 僕も男の子ですから、こういったスキンシップはやめてほしいです。義姉さんにも常々言っていますが、女性はそんな簡単に男の人と触れ合っちゃいけないんですよ?


「だって久しぶりなんだもん。遊びに来てって言ったのに全然来ないし」

…タロ君に迷惑がかかってしまいますからね、しょうがありません。


 室内に視線を巡らせると、白猫が眠っている大きな机に向かってパソコンのキーボードを叩いている眼鏡をかけた金髪の女性に行きつきました。

 僕のその視線に気付いたのか、その女性が顔を上げました。


「久しぶりだな、義弟おとうと君。大きくなったものだ」

…お久しぶりです、琴音さん。あと、前にも言ったと思いますが、その『義弟』というのやめてもらえませんか?

「何故だ? 奏の伴侶となる相手を義弟と呼んで何の問題があるというのだ」

…問題山積です。

「私には無いけど」

…僕にあるんですよ。


 ため息を吐きながら、とりあえず奏さんを元いたソファーに座らせ、慇懃に気をつけの姿勢などとってみます。


 二人の顔を見て、僕は改めて心の中で思うのです。あぁ、似ていないな、と。


 伊田奏いだかなでさん、二年生。茶髪をカチューシャで止めオデコ面積が広い方です。ちなみに副会長さんです。

 伊田琴音いだことねさん、三年生。長い金髪をなびかせて目つきが鋭い方です。さながらその雰囲気はライオンでしょうか。言うまでもなく会長さんです。


 苗字を見ればわかると思うのですが、タロ君のお姉さんたちです。


「ふむ、奏が気に入らんか……。姉の私が言うのもおかしいが奏はいいぞ、性格とか身体とか感度とか」

「やだなぁ、お姉ぇーったら!」

…もうツッコミを放棄してもいいでしょうか?


 なんと言いますか、無性に泣きたくなってきました。


…それで、用件はなんでしょうか? もうすぐ一時間目が始まってしまうのですが。

「ああ、その件は安心してもらって構わない。後々教師の一人でも脅せば済む話だ」


 何か今、さらっと恐ろしいことを言いました。

 とりあえず今のことは全力で忘れることにします。


「我が校がこれから冬に向かって行事が詰まっているのは知っているな?」

…えぇ、まぁ、知っていますが。


 突拍子のない琴音さんの言葉。僕は思わず目を丸くして返事します。

 一昨年までは夏に体育祭をやって秋に文化祭をやる、というスタイルだったらしいのですが、昨今流行りの地球温暖化なる理由から夏の体育祭は秋に変更になったのです。

 そのため、現在は秋と冬の間で学校の二大行事を消化しなければならなくなり、『殺人ローテーション』などと揶揄されるほど厳しい日程となっているのです。


「で、だ。本題なのだが、義弟君にはそれら行事の警備監督をしてもらいたいのだ」

…は、はい?

「何、手駒の心配ならいらん。部下には私の私兵も出す」


 眼鏡の奥に怪しげな光をたたえてニヤリと笑ってとんでもないことを言い出した琴音さんに、思わず口ごもります。


「最近、物騒な輩が多くてな。変質者や他校の生徒に良いようにされては我が校の名誉に関わる」

…な、何で僕なんですか? 僕はまだ一年ですよ?

「上に立つ者の年など、重要な(ファクター)ではない。要はそれらを纏め上げるだけの能力があるかどうかだ」

…僕にそんな能力があるわけ

「いや、あるな。義弟君には人を魅了するカリスマ性がある。音楽祭での君の裏での働き、新宮波音の暴走抑止、及びクラスへの順応化、悪漢への大立ち回り……どれも凡人なら何も出来ずに立ち尽くすだけであろうそれを、君は立ち向かって解決した。それは非凡と称しても過言ではない」


 一息にそう言うと、琴音さんは僕をじっと見つめます。

 何でしょうか……、少し動揺します。


「故に、奏の婚約者に相応(ふさわ)しい」


 もっと動揺しました。

 もはやどこからツッコミを入れればいいのか分からないので、とりあえず華麗にスルーします。

 僕がスルーするのを気配で察したのか、なかなかやるな、とぼそりと呟くと琴音さんは僕をじっ、と見据えてから視線を外し、口を開きました。


「では、警備監督の件、よろしく頼んだぞ。詳細は追って報告する」

…え? 僕の意見は無視なんですか?

「ああ、問答無用で無視だ」


 机の上に置いてあるパソコンの画面を見ながら、決定事項だと言わんばかりに淡々と話す琴音さんは不意に顔を上げ、僕の顔を見てから盛大に顔をしかめます。

 僕の不満げな顔が気に入らなかったのでしょうか。ですが、時には僕とてこんな顔をします。理不尽な決定がなされようとしている時なら尚更です。


「今回、我が校に体育祭の喧騒に紛れて乗り込もうという計画を建てている不逞の輩の情報が事前に入っている。義弟君の友人の神津クイナ嬢は優秀だな」

…えっ? ええ、そうですね。


 思わぬタイミングで思わね人の名前が出てきたので、驚きのあまりすっきりとしない返事を返してしまいます。


 クイナさん、そんなアグレッシブな行動をとってたんですねぇ……。

 本人は空回りしていたと言ってましたが、その結果、生徒会に貸しをつくったのですから驚嘆すべき行動力です。しかもただの生徒会ではなくこの学校の生徒会です。その貸しがいかに大きいものか、考えるまでもないでしょう。


 とは言え、僕は普通のスクールデイズが送りたいのです。余計なことに首は突っ込みたくはないのです。


…それで、何なのでしょうか?

「『帝稜ていりょう高校』。聞いたことなーい? 割と有名なんだけど」

…帝稜ですか? えー……あっ。

「覚えがあるだろう。義弟君がぼっこぼっこのめっためったにした連中だ。駅前のファーストフード店と商店街の路地裏だったか?」


 何でそんなことまで……。それに路地裏の件はクイナさんが教えたとしても、ファーストフード店でのことはクイナさんは学校に行っていたのですから知らなかったはずです。と言いますか、どっちかというと暴れたのは僕ではなく茜さんです。


「あれだけ大っぴらに暴れたんだ。クイナ嬢がいなくとも情報は回ってこよう。ちなみにあのチェーン店の経営をしているのは私の遠い親戚だ」

…そうですか……ってさらっとすごいこと言いましたね。あのファーストフード店、全国チェーンですよ?

「今更だな。我が家も、昔の君の家までとはいかんが名家だからな」


 心底つまらなそうに琴音さんは鼻を鳴らしました。

 自分の家が有名なことに一切興味がないといった様子です。


…では、あの豪気な店長さんは?

「あれは店長ではなく取締役だな。ああして神出鬼没に出現しては社員と共に働きだすのだ。管理職は暇らしい」


 なるほど……。あれだけ豪気な人はそうそういないと思っていましたが、変わり者が多いと言われる伊田家の関係者というならば納得です。


「愚弟は凡庸だがな」

…愚弟はかわいそうですよ、さすがに。


 琴音さんは殊更冷やかにタロ君のことを罵ります。その口元が三日月描いていることから、彼女がいかにタロ君をいぢめることに命を賭けているかわかります。


「愚弟のことは置いておいて、本題に戻ろう。つまりその帝稜の者が我が校に攻め入ろうというのだ」

…まさか、僕への

「復讐でしょうねー」


 優雅に紅茶を啜りながら奏さんがにっこりと笑います。


 実際問題、笑いごとではありません。


…僕のせいで他の誰かを巻き込んでしまうのは非常に忍びないのですが……。

「あまり気に病むな。あの高校の風紀の乱れは酷かったからな、遅かれ早かれこのような結果になっていたろう」


 僕が項垂(うなだ)れて過去の過ちを後悔していると、珍しく琴音さんのフォローが入りました。

 それに驚いて顔を上げると、そこには不敵な笑みとともに、モノアイばりに光ってやまない眼光のお二人がいました。


「けど、可哀想ですねぇ。お姉ぇの世代に学校に攻め入ろうなんて」

「ああ、後悔してもらおうじゃないか。……それこそ、母なる海(羊水)に還りたくなるくらいにな」


 嗚呼、今、何か殺人予告めいた言葉を聞いた気がします……。

 本当は止めるべき現場なのでしょうが、僕にはいささか荷が勝ちます。


「うっふっふっふっふ……」

「くっふっふっふっふ……」


 もう、本当にごめんなさい……。

 未だ見ぬ帝稜の皆さんに、心の中で深く謝罪しました。

心なしかふらつく足取りで教室に戻ります。

教室の後ろから、しずーかに入室して席に着こうとしたところ、一時間目の社会の先生と目が合って……逸らされました。


琴音さん、あなたは先生のどんな弱みを握ってるんですか……?


次回『第一次お弁当戦争』


お楽しみに……。

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