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第六話 海と夢のあとに

 交錯する思いは、届いているようで届かず。

 伝えたい言葉は、口に出せているようで出せず。

 届けたいぬくもりは、稚拙な行動でしか現せず。


 振り切ったと思った過去は、いつまでもあなたの目の前に立ち塞がり続ける。

 ……まるで、あなた自身の墓標のように。




――※※――※――※※――




「うわーっ! 広い! 広いよ海!」


 砂地に足を取られながら歩く僕の前で、齢十七になる義姉さんが非常に新鮮なリアクション取っています。

 少し恥ずかしいのですが、それくらいいい反応をしてくれると連れてきたかいがあるというものです。

 それにしてもです。


…意外と人が多いですね。

「そだねー。しかもカップルばっかり」


 そうなのです。すでに秋だというのにこの砂浜には意外と人がいて、なおかつそのほとんどがカップルなんです。

 なんと言いますか……、目のやり場に困る光景です。


…有名なデートスポットだったりするんでしょうかね?

「そ。この前テレビでやってたんだよ。静かでキレイな穴場だ、って。やっぱりデートスポットになっちゃってたね」

…分かってて来たんですか?

「分かってて来ました!」


 風で飛びそうになった麦わら帽子を押さえながらニヤリと笑う義姉さんを見て、思わずため息が漏れます。


…なんでまたそんなところに

「いいじゃん、いいじゃん。たまには”でぃと”しようよ!」


 一見ふざけた様子の、それでいて一切含みのない義姉さんの言葉に心臓が一瞬、凍りつきました。


「……ん? どしたの?」

…な、何でもないです! 荷物を置く場所を探しましょう!


 内なる動揺を見透かされないように顔を逸らして辺りを見回します。

 そんな僕の些細な抵抗は義姉さんの次の行動で見事に打ち崩されます。


 僕の腕をぐいと引き寄せると、そのまま抱きついたのです。


「あっちなんて空いてていいんじゃない?」

…あ……あぅ。……え、ええあそこにしましょうか。

「んん〜、どうしたのかなぁ? そんな玉のような汗をかいてぇ?」

…にゃ!? や、やめてください! 耳はッ! 耳わぁッ!!


 何というか、形容しがたい妙な感情と闘っている僕の耳を義姉さんの息がかかります。

 全身の毛が逆立つような感覚に身震いが止まらず、同時に顔が赤く染まっていくのが自分でもわかりました。


「気持ちいいくらいの反応だねぇ。義姉さん”いぢめ”がいがあるよー」

…のおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!


 身を捩って逃げようにも捕縛された腕が抜けずに奇妙な踊りを踊っています。

 あれ? ものすごく既視感が……?



「んふふ、もう少しいぢめてもいいんだけどとりあえず座ろっか」


 ひとしきりくすぐられた後、義姉さんが僕を引きずるように空いている場所に連れて行きました。

 何か……、何か大切なものを失った気分です。


「んんんん〜、潮の匂いってたまに嗅ぐと気持ちいいよねぇ」

…まぁ、そうですよね。


 僕が引いたピクニックシートの上に座って何事もなく笑う義姉さんにどんな表情かおをしていいか分からずに微妙な顔で微妙な相づちを打ちます。


「……笑えばいいと思うよ」

…ほっといてください。

「ぷはっ! 冷たいなぁ」


 楽しそうに笑う義姉さんの隣に座ると、視界にはどこまでも続くような海が広がっていました。


 なるほど……確かに穴場ですね。

 思いのほか綺麗な景色に思わず息を飲みます。


「……前に海に来たのは施設にいた時だっけ?」

…そうでしたね。随分前に行ったきりだったんでしたっけ。

「…そかそか。やっぱりいいね、海は。私は山よりも海派だよ」

…山は暑いですからね。


 苦笑いしながらいつものように、どうということもない会話をします。

 何も海でそのような話をしなくてもいいかもしれませんが、何となく幸せです。


 少しだけ沈黙が落ちます。

 波が寄せては返し、寄せては返し。何回かそれを繰り返した時、義姉さんが口を開きました。


「……ごめんね」


 一瞬、何故謝られているのか分かりませんでしたが、それが昨日のことだと思い至るまではそれほどかかりませんでした。


「あの日の朝にね、すごく怖い夢を見たの」


 話し始め、すぐに俯いてしまった義姉さんの表情は、長い髪と麦わら帽子に隠れて窺えません。

 僕の手のすぐ隣にある義姉さんの手は小刻みに震えていました。


「一人きりになっちゃう夢だったんだ。みんないなくなっちゃって、暗闇に一人取り残されちゃう夢」


 子どもみたいだよね、と呟いて少し笑う義姉さんはそのまま話を続けます。


「……けど、朝起きてヒロの顔見たら、そんなこと忘れちゃって。あぁ、ヒロはいつも隣にいてくれるんだって思って」


 手の震えが少し大きくなります。まるで何かに脅えるように、カタカタと震えています。


「だから、ヒロと離れるのがすごく怖かったけど、サキもいるし他にもいっぱい友達もいるから怖くないって言い聞かせて学校に行ったんだ」


 ぽたぽたと何かが落ちる音がしました。たぶんそれは―――


「サキと別れて、家に帰って。しばらくは大丈夫だったんだけど、ちょっとしたら震えが止まらなくなって、涙が止まらなくなって…………」


 風が吹いて、義姉さんの麦わら帽子が飛ばされました。


「もしかして、このままヒロがいなくなっちゃうんじゃないかって。あの夢が本物になっちゃうんじゃないかって。本当は私のことわずらわしく思ってて、そのまま帰ってこないんじゃないかって。怖くて怖くて……!」

…僕はここにいます。


 震えている義姉さんの手に触れます。手がぴくりと跳ねて、やがて落ち着いたのか震えが止まりました。


「けど……」

…けどもクソもありません。僕は今、あなたの―――アキの隣にいて話を聞いて、話しをしています。


 少し、汚い言葉使いましたがそんなこと構ってられません。

 僕は竜也さんに会ってから……いえ、そのずっと前から考えていたことを口に出しました。


…僕はアキの隣からいなくなりません。例え何が起ころうとも、アキが望むなら、僕はいつだってあなたの近くにいて、あなたの手を握ります。だから……


 握った手に少し力を入れて、ハッキリと義姉さんに向けて言います。


「泣かないでください、お願いします」


 嗚咽に震えていた義姉さんの身体が、ピクリと止まりました。

 不意に空いていた右の手を引っ込めると、ぐいぐいと顔を拭い始めました。


「……そだね、ごめん。ありがと、もう大丈夫だよ」


 上げられた顔には少しだけ砂がついていましたが、浮かべられていたのははにかんだような笑顔でした。

 そして自然な動きでコテンと僕の肩に寄りかかってきました。


…え、えーとこれは。

「……充電中でーす。バッテリーを抜き差ししないでください」


 どきまぎしている僕をよそに、義姉さんは目をつむったままじっとしています。

 若干、声が上ずっているように聞こえましたが何なんでしょうか?


 雨が降る気配もないのに雲がかかった太陽を見て、少しだけため息を吐きました。




――――――※――――――




 ありがとね、ヒロ。


『僕はいつだってあなたの近くにいて、あなたの手を握ります』


 ヒロは優しいね。

 私、本当に嬉しくて。

 けど、少しだけ悲しくて。


 たぶん、ヒロは私のことを思って、私のためにそう言ってくれたんだよね。

 けどね、ヒロ。私が本当に聞きたかったのは、そんなことじゃないんだよ。


 私が聞きたかったのはヒロの本当の気持ちなの。

 嫌いでも、好きでも。何でもよかった。



 ―――ヒロ、あなたは優しすぎるよ。

誰が泣こうとも世界は淡々と廻り続ける。

誰かが辛くても世界は黙々と歩み続ける。


……人の想いなど顧みず、日常は再び動き出す。


次回『学園の大会長』


お楽しみに。

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