第四話 放課後でいず おまけと絶対守護人形
作者のパソコンがへそを曲げているため、しばらくは他の小説ともどもまったり更新です。はい。
あ、あと後々訂正を入れていくかもです。
我は護るのだ。
彼に迫る有象無象、あらゆる脅威から。
我が幼少の頃より学ばされたあらゆる武を用いて護るのだ。
理由は明快。
好いているからだ。
愛しているからだ。
しかし、彼を前にしてそれを口に出すのは憚れる。
だって、だって…………
女の子だもん。
――※※――※※――
誰かを愛するって大変ですよね?
きっと人が人として生きていく中で一番悩ましいことなんだと思います。
だって、良きも悪きもこれ一つで人生の転機を迎えてしまうこともあるわけですし。
そうですねぇ。例えるなら平坦なはずのサーキットコースに突如として現れた『バナナの皮』だとか走っている車と併走するくらい速い『カメの甲羅』だとか。
で、ですよ。僕がいきなりこんな話をしはじめた理由なのですが、目の前でしょげかえっている天使君の話を聞いていたからなのです。
ちなみに波音さんと茜さんはお手洗いに行っています。
「どうすればいいと思う……?」
探るような目線で僕に問いかけてくる真君。
彼にしては珍しくひどく難しい顔をしています。
今回、真君から相談された内容なのですが、なんでも真君の『友達』が恋愛について悩んでいるらしいのです。
往々にして『友達の』とか『知り合いの』とかいう話はその人自身の話であることが多いわけですが、僕も一応、空気が読めると自負していますからそこら辺は華麗にスルーします。
で、その友達はひどく迷っているのだそうです。付き合っている彼女と二人きりでらぶらぶするのが怖くてたまらない、とか。
普通に考えればおかしな話です。矛盾していますよね。
好きで好きでたまらなくて一緒にいることを選んだのにそこからは怖くて踏み出せない。
まぁ、正直その気持ちは痛いほどわかるのですが。
…たぶん、その人は一線を超えることを恐れているだけなんですよ。
「……一線?」
…そうです、一線です。大切な人だと『思っていた』人が本当に、それこそ体でも心でも本当に大切な人だと認識し直す一線です。
「…そこでためらっちゃうのは、実は彼が彼女のことをあんまり好きじゃなかったってことなのかな、かな?」
僕の見解がよほどショックだったのか某竜宮さんちの娘さんのような口調になっている真君に苦笑いを返します。
…違います、とは言い切れませんがたぶん違います。原因は他にあるんですよ。
そこで一つ息を吐いて氷が溶けきってしまったグレープジュースをすすります。
あー……、改めて自分のことを話すのは辛いですねぇ。傷口に塩とキムチを同時にすりこまれる気分です。
まぁ、すりこむのは僕自身なのですが。
…たぶん、真に恐れているのは今の自分が変わってしまうことなのですよ。
―――――※――――――
私は少し考え事をしていた。
何を、と聞かれれば好きな彼にあまり相手にされてない気がする、とかさっきから壁一つまたいで向こう側にいる彼の心の中に何か霞がかっているけど女性の笑顔が浮かんでいる、とかそこら辺を即答する。
「どうしたの、波音ちゃん? 難しい顔をしてるけど」
場所は洗面所、平たく言えばお手洗いなわけだが、一際大きな鏡には確かにムッとした私の顔が写っていた。
昔から両親にもよく言われていた。
『笑えないのか?』
『もっと楽しそうに出来ないのか?』
『何が納得いかないの?』
別段、つまらなかったわけでもないし納得がいかないことがあったわけでもない。何となく笑顔を浮かべるのが苦手だっただけで、心の中では割とその日あったことを反芻したりして楽しんでいた。
しかし、まぁそんな親の態度で更に表情の乏しい人間になった気がするけど、他人のせいにするつもりはない。
そんな風に思えたのは私の思い人が私を止めてくれたから。叱ってくれたからだ。
「今度は笑顔。どうしたの?」
「…何でもない。気にしない」
いけない、いけない。
彼の顔を思い出したらニヤケ顔になっていたらしい。
隣にいる可憐で綺麗でモデル体型な(身長は百八十位はあるのではないか)女の子―――立川茜に出来るだけそっけなく返して内心を読み取られないようにする。
下手をすれば相手が不快に思いかねない私の返答を、かってしったるか右から左に受け流して私の髪を『人形みたいだ〜』と言いながらいじりだした。
彼同様、彼女にも相当にお世話になっているため、私も無下には出来ずにされるがままになっている。
彼の友達のちょこまかと動く姿が印象的な女の子―――名前を思い出せないが、彼女曰く『立川さんはちっちゃいものに目がないっす。私も何度襲われたことか…。あやうく私の純白が汚されるとこでした』だそうだ。
彼女の情報はそれなりに信用できるので最後のところ以外は鵜呑みにしていいと思う。
そんな猫みたいな習性を持つ彼女にいじいじされながら本題に入る。
「…で、どうしたの? わざわざトイレにまで来て」
私がそう聞くと彼女の動きがピタリと止まる。
私は生まれつき人の心を読むことが出来るのでそんなことを聞く必要もないが、現在、そこら辺の力は閉じている。そんなことを出来るようになったのはつい最近のことで彼の協力なしにはなしえなかったことだろう。
まぁ彼に対してはこの力をガンガン使っているわけだが、そこは気にしてはいけない。
「実は……友達のことなんだけど……」
かなり言いづらそうに切り出した彼女の顔は真っ赤だ。
友達とか知り合いとかそこら辺の前置きは、自分のことだ! と大声で叫んでいるのと同義な気がするがそれは置いておく。
この反応、この前置き。正直、次の言葉が予測できる。たぶん、『こ、恋の悩みが、あ、あ、あるんだって!』とかそこら辺だ。
「こ、恋の悩みが、あ、あ、あるんだって!」
まさかの大正解に頬がひくつくが彼女にそれに気付くほどの心的余裕は無かったらしい。
「…で?」
先を促してみるがもじもじしてなかなか言い出せない様子だ。
彼女は女の私から見てもかなり魅力的だ。
勉強では県内有数の進学校である我が学校で、一学期の一学年最優秀生徒賞をとるほど図抜けている。
運動では一年であり、何ら部活に所属していないのにひっきりなしに至るところから勧誘が来ている。理由は体育の時間の体力測定で校内一の成績を叩き出したからだ。
見ての通りの性格、前述した容姿、無言の内に発揮されるリーダーシップ、そして運動に勉強と非の打ち所がない完璧超人な彼女にも致命的な弱点がある。
それが蛙と恋愛沙汰だ。これらは如何な彼女でも、どうにも苦手なようでそれに直面したときは顔を青くしたり赤くしたりしている。
「な、なんかね、その友達には彼氏がいるらしいんだけど……」
「…よくある話」
私が無言で彼女の言葉を待っているとたっぷりと間を持って話し出した。
一見、何らおかしな話ではない。高一とは多感で恋多き年代だ。斯く言う私も彼に熱烈攻撃中である。
まぁ、彼女の言う『友達』はイコール自分のことと捉えて問題無さそうなので間接的に恋愛相談を受けていると考えてもよいのだろう。というか彼女は未だに、自分があの小さい男の子と付き合っていることがバレてないと思っているのだろうか? それに気付いていないのはいつも彼女に勝負を挑んでは負けている北条さんくらいだ。
「そ、そのね、彼との関係はうまくいってると思うんだけどどうにも相手の押しが少ないと思うんだ。……って友達が言ってたの!」
この期に及んで未だ隠し通そうとする気概を汲んでまぁ、知らない振りを続けてみる。
「…たぶん、大丈夫」
「ほんとかな……?」
私の根拠のない言葉に更に心配そうな声を出す彼女。
一応、私も彼女の友達だ。何かしらの言葉をかけて彼女を勇気づけてあげたいとも思う。
「…彼の心の中は彼女でいっぱい。思いが空回りして動けないだけだと思う。男女とはそんな感じ。それでも不安なら……」
そう前置きしてから、私は鞄の中に入っていたハウトゥー本(女の夜這い初心者編)を片手に彼女の説得を開始した。
――※――――※――
自分の過去をあることないこと脚色しながら真君に話していた僕は少し長めにため息をつきました。
「アルフにそんな過去があったなんて…」
真君は僕の話を聞き終えて目を潤ませていました。
ちなみにアルフとは架空の小説の架空の人物です。自分のみっともない過去を赤裸々に話すのはさすがに恥ずかしかったので小説の話ということにして話していました。危ういところもいくつかありましたが、なかなかうまく誤魔化せたと思います。
…で、どうです? 決心、と言いますか心の整理はつきましたか?
「……うん。覚悟完了だよ」
先程までの弱々しい瞳が嘘のように今は覇気で満ち満ちています。
なにか最後の方は『友達の』恋愛相談ではなかったように思いますが、やる気を出しているところに水を差すのも気が引けますし、再び華麗にスルーしようかと―――思ったのですが。
隣の通路を歩いていた学生集団の鞄が波音さんの飲んでいたオレンジジュースを倒してしまいました。
「あー、カバン汚れちまった」
「ハハハ! ばっかじゃねーの」
「きったねぇな、オイ!」
まさか物理的に水を差されることになるとは、とため息をついてテーブルの上のジュースを拭こうとした時に、学生集団から出てきたのはこんな言葉でした。
ムカッときたのも事実です。ですがここでことを大きくしてもお店に迷惑です。それにクイナさんの件もありましたから、うかつに動くのはちょっと避けたい…
「ねぇ、まずはこっちに謝るのが先じゃないの?」
と思っていたのですが、真君は彼らの態度が気にさわったのでしょう。ムッとしながら彼らに食って掛かります。元来、正義感の強い真君ですからガラの悪そうな学生集団にも気後れしないんですね。
「ンだとっ?」
「テメェらがそんなとこに座ってんのが悪いんだろ?」
それに対して、ヤクザよろしくに肩を怒らせていちゃもんをつけてくる茶髪の男子学生の顔を見て…妙なものを感じました。
…あれ? 前にどこかで会いませんでしたっけ?
「アァッ!? んな訳ね………ぁぁぁぁぁッ!」
僕がカクリと首を傾げてその男子学生に問い掛けると、彼は一瞬眉を寄せましたが次の瞬間には声にならないといった様子で悶絶しはじめました。
それにつられるようにして後ろにいた男子学生の何人かも同じような表情を浮かべています。
その様子を見るに、僕と彼らにはなにがしかの接点があるのでしょう。
えー……。あっ、思い出しましたよ! 件の事件で僕がぐりぐりと縄で縛った人たちじゃないですか!
ポンと手を打って立ち上がる僕に恐怖で強ばったままの表情が張り付いている数人の男子学生。意味がわからずにポカンとしている真君と残った男子学生数人。
時が止まったように静まり返った状況の中、最初に動いたのは僕のことを知らない男子学生でした。
とりあえず倒すべき敵として判断したのでしょうか。先陣をきる形で飛び出して来たのは僕よりもだいぶ大きな人です。
僕を掴んで動きを止めようとしたのか、腕を広げて走ってくる彼に僕もスルリと近付きます。
距離は数間歩。
彼の手が僕の肩を掴むより間合いをつめた僕の掌が彼の腹部にそえられる方が幾分か速かったようです。
軽い踏み込みと重い踏み込み。
緩やかなスピードと瞬発力をいかした短距離走のようなスピード。
絶対的な体格差。
僕には、突進してきた彼に勝る有利な条件はないはずなのですが吹き飛んだのは彼の方でした。
ずっとずっと昔の話です。
裕福な家に拾われた僕と義姉さんは、いの一番に叩き込まれたことがありました。
それは単純に身に振りかかる火の粉を払うだけの力とそれを行使するだけの技術でした。
その中でも、身体の小さかった僕には義母さんが独自に練り上げた、ある格闘術をことさらみっちり教え込まれました。
それがこれです。
…知ってましたか? 人っていうのはただ歩くだけでもとてつもないエネルギーを使ってるんです。だってそうでしょう? 日常的に何十キロもある体をいとも容易く動かしているんですから。
呆然とその場に立ち尽くす彼らが聞いているかはわかりませんが僕はことさらゆっくりと話し続けます。
ちなみに吹き飛んだ彼は気を失ったまま通路に転がっています。
…だから、です。その力の流れを阻害しないようにすれば、強い踏み込みも力もスピードもあまり必要ないんですよ。もちろん床がすり減るような訓練と魂がすり減るような応用訓練は最低限必要なんですけどね。
自然、カタカタと笑い声が漏れてしまうのは昔の修行と称した『死業』を思い出したからです。
山奥にいる茶色くて大きくてハチミツが大好きなあの生き物とか、遠くアフリカとかの川辺にいるバナナが似合うあの生き物とかとの衝撃的な出会いは今も鮮明に思い出されます。
「そんなご託はいいんだよ! 動くんじゃねぇ!」
ヒステリックに叫んで僕を制止するのは最初に僕と会話していた男子学生でした。
…男の子のヒステリックはみっともないんですよ?
「うるせぇ! 減らず口叩くな! こいつがどうなってもいいってのか?」
取り出していたのはずいぶんと切れ味の悪そうなサバイバルナイフでした。そのナイフで僕の隣の真君を指しています。
…知ってますか? ナイフって切れ味が悪いと刺されたとき痛いんですよ? 傷口から化膿もしやすいですし。
「だからうるせぇって言ってんだろ!」
そう叫びなから駆け出す先には真君がいます。彼を捕まえて僕の動きでも封じようとしてるのでしょう。お店の中は狭いですが乱戦になれば僕とて彼を守りきれる自信はありません。
いい狙いです。ですが残念ながら彼には…
「……真君に、何してるんですか?」
絶対守護人形がついているのですよ。
結局、お手洗いから帰ってきたばかりの『ゴーレム』こと茜さんが真君に危害を加えそうな輩を、その規格外な身体能力を存分に使って地に沈めていきました。
さながら拘束具が外れた汎用人型決戦兵器のような暴走っぷりでしたが、一人も重傷者を出さなかったところから一応は理性もあったようです。
一方僕は、軽々空を飛ぶ(飛ばされている)学生たちが他の人たちに迷惑をかけないように避難してもらったり、備品を壊さないように彼らを受け止めていたりしていました。
そのおかげか、あれだけお店に迷惑をかけたのにお咎めはありませんでした。なんでも彼らにはお店側も困っていたそうで、ちょうどよかったとかなんとか。
それにしたって無罪放免とは…、店長さんもずいぶんと豪気な方です。
彼らの処遇をお店に任せて、好奇の視線から逃げるようにして僕らは帰路についたわけですが、途中で真君と茜さんが二人で話があると言って別れました。
二人がどうなるかはわかりませんが余計な詮索や心配は不要でしょう。
唯一気がかりなのは、二人の別れ間際に波音さんがニヤリと笑ったことくらいでしょうか。
で、今に至ります。
時間は何だかんだで四時すぎです。少し遅くなりましたが問題ないと思います。
嫌がる波音さんを電車につめて、いつものようにニッコリマートによります。
晩ごはんたるしょうが焼きの材料を買い、ついでに義姉さんの好物であるアロエヨーグルトなども買っておきます。
物で釣るというのはあまり好きじゃないのですが、おそらく遅くなったことをぶちぶち怒っているであろう義姉さんを懐柔するには必要不可欠なものでしょう。
怒っているようにみせて、心の中ではいつも笑顔を絶やさない。
太陽のように、ひまわりのように、底抜けに明るい彼女はぶつぶつと文句を言いながらもきっと僕を許してくれる。最後には笑顔を見せてくれる。
そう、思っていたんです。
「……一人に…………しないで」
義姉さんの涙を見るまでは。
わかっていたんです。知っていたんです。
もしかしたら、こうなってしまうのではないかと。
僕はきっと、忘れたかっただけなんです。
僕の罪と義姉さんに負わせた心の傷を。
次回『おそく起きた朝に』
…僕の護りたかったものは―――