第三話 放課後でいず
彼女が喚けば世界は変わる。
彼女が泣けば世界は変わる。
彼女が笑えば世界は震える。
全てを、世界を塗り替え潰す力を持つ彼女は、孤独に震えて怯えている。
虚ろな瞳で手を伸ばし、誰にでもなく声をあげ、世界に、人間に、変貌を要求する。
一人にしないで、と。
――※――――※――
…やはりと言いますか当然と言いますか、二学期も学級委員長ですね、茜さん。
「ほとんど満場一致だったもんね。さすがだよ!」
「………他に適任がいなかったから当然。次点は北条さん?」
某有名ファーストフード店のテーブル席に僕と真君、茜さんと波音さんが向かい合って座っています。
今はいわゆる放課後、とはいっても半日授業なのでまだ一時を回ったくらいの時間です。
ちなみにタロ君はバスケット部があるので学校でお別れしました。
あのあと、委員会や体育祭、文化祭の委員役員を決め直して帰宅となりました。その間、ものの数十分とかなりのスピード決議でした。
橋本先生が本気になったときの処理能力は過去に『鬼神』と呼ばれていたとかいなかったとか噂の校長先生に匹敵する……らしいです。違うクラスのちょこまか動く姿が印象的な女の子に聞いたので真偽のほどは不明ですが。
閑話休題です。
そして、いざ解散となったときに真君と茜さんに昼食に誘われた、というわけです。
義姉さんが心配でしたがそう遅くならなければ問題ないと思います。
…まぁ、真君も『仲良く』一緒に学級委員長になれたんですから万事うまくいった感じですよね。
「………こっちも圧勝」
感慨深げにもらした僕と波音さんの言葉に二人がお揃いで買ったシェイクを同時に吐きだしました。
ちなみに真君の委員長が決定したのは茜さんのあとだったので男子の若干生温かい視線(男子の大半は二人の関係に気付いています)と女子の若干熱っぽい視線(女子の半数ほどが真君のファンクラブ、もしくは茜さんのファンクラブに所属しているらしいです)を受けながら二位にトリプルスコアをつける大差で見事に男子の学級委員長に選出されました。
二人ともぱっとみて分かるほど真っ赤です。
相変わらず二人はにゃーにゃーきゃーきゃー日本語として成立してない言い訳をしているわけですが、何て言いますか、こういう姿を見てると和みますよね。
僕がグレープジュースを飲みながらハイハイと生返事をうっていると視界の端になにか写った……気がしました。
…ちょっと、家に電話してきますね。
「えっ? ……うん、わかった」
未だにゃんにゃんと弁解をしている真君は僕の唐突な言葉にきょとんとしながらも首を縦に振りました。
二人の弁解の対象が波音さんに変わったのを心の中で謝罪しながら……
「………気にしない」
相変わらず心を読まれていることにため息をついて席を立ちました。
「要求通り情報委員になってくれたようっすね」
お店を出て、すぐ隣の路地に入ったところで開口一番、目の前の制服を着た女の子がそう言いました。
その女の子の身長はかなーり小さく……
「ちっさいとか言わんでください!」
声に出てました。
やり直します。
その女の子は身長は真君と同じくらいで、頭の上に結われたお団子の髪とクリッとした目が特徴の……
「情報委員会所属一年A組、神津クイナっす!」
…僕の説明を奪わんでください。
グッとつきだした手を握っている同学年の女の子、神津クイナさんはその小さな姿にぴったり合う元気な声で僕の説明を遮りました。
小さい体に大きな声。さながらその姿は小学せ……
「小学生じゃないっす! ぴっちぴちの十五才ですっ!」
…ちょっとした冗談です。あまり本気にしないでください。
ぷりぷりと怒っているクイナさんをなだめてなんとか落ち着いてもらいます。
なんとなくですが、姿形を抜きとすれば義姉さんにすごく似ている気がします。
クイナさんが所属する(あっ、僕も所属するはめになったんでした)情報委員会とは学校の配布物の編集がおもだった仕事です。なんと学校で配布されるプリントの九割が委員会で作られているらしいです。
ただ、彼女はなにをどこら辺から勘違いしたのか『探偵』とか『情報屋』とかの仕事だと思い違い、なにやら今でも暴走を続けているのです。
本来、知り合いとしては止めてあげるべきなのですがなにを言っても聞き入れてもらえずに今にいたるわけです。
で、です。今回僕は彼女に一つのお願い……というよりも脅しを受けてしまい彼女と同じ情報委員に入るはめになってしまったのです。
「……やっぱり、無理やり委員会に入れたこと怒ってるっすか?」
…まぁ。怒っていないと言えば嘘になりますね。
少しの間とともにクイナさんが口に出したのはそんな言葉でした。
少し意外な気がしましたが、僕がやたらと彼女をいじめていたから勘違いしたのだと思います。
…嘘ですよ。そんな暗い顔しないでください。
泣きそうな顔をしてしまったクイナさんの顔を見ているとちょっと可哀想になってしまいすぐさまフォローを入れます。
んー…やっぱり義姉さんと対面しているような気分になります。
僕の言葉にクイナさんの顔が少し明るくなります。が、同時にぶぅと顔を膨らまします。
「……ヒドイっす! 私は私でけっこう気に病んでたんですよ!」
…だってあんな強引にことを進めるとは思ってもみなかったですからね。少し位は気に病んでもらわなければ僕も溜飲をおろせません。
僕がわざとらしくうんうんと顔をしかめるとクイナさんがばつの悪そうな顔をして目をそらしました。
彼女のお願い、もとい脅しは僕の『ある情報』について黙っているかわりに孤軍奮闘している彼女の委員会に入って(おもに彼女を)手伝え、というものでした。
その『ある情報』とは、僕が夏休み前に他校の男子生徒数人を裸に剥いてちょっと恥ずかしい姿に縛り上げてそのまま街中に放置して帰った、というものでした。その時の一部始終をクイナさんに見られてしまったわけですね。
あっ、もちろん僕にそんな趣味はないですよ? ちょっと彼らにイラッとしたので、物理的な死と精神的な死のどっちがいいですか? っと聞いたらどっちかというと精神的な方が……、と言うのでそこら辺に捨ててあった荷造り用のビニールロープで縛り上げたのです。
「だって一人じゃさすがに限界があったし、なんか最近空回りばっかしちゃうっす……」
…わかってます。僕もクイナさんが頑張ってるのは知ってます。けど、そんなに焦らなくてもいいんです。少しずつ、自分の納得するように進めばいいんです。僕も少しですがお手伝いしますから。
「うう…………あう〜、ありがとうっす」
クイナさんは少しだけ涙がにじんだ顔を制服の袖でぐいとぬぐい、気合いを入れ直すように頬を叩きました。
「そうと決まればちょっと学校に戻ります! スクープが私を待ってるっす!」
…僕は今日はお手伝いできませんが頑張ってくださいね。あ、ところで今はどんなことを調べてるんですか?
「教頭先生の不倫とその壮絶な女性関係についてっす!」
ビシッと学校がある方角に指をさして目に見えるほどやる気をみなぎらせているクイナさんの後ろ姿をみて心の中で思うのです。
教頭先生ごめんなさい……と。
結局、かなり微妙な心境でクイナさんを見送り、席に戻った僕なのですがなんとなしに真君の様子がおかしいことに気付きました。
はて、そんな思いつめた顔をしてどうしたんですか?
真君にそんな顔されると僕まで悲しくなってしまいますよ?
次回『放課後でいず おまけと絶対守護人形』
お楽しみに!