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第二十一話 青空パレット

 その日、少年と少女は初めて夫婦喧嘩というものを見た。

 理由はよくわからないが、聞こえてくる話の内容から痴話喧嘩の類らしかった。


『ちょっと待って美桜みおさんっ! それはいけない! 僕、死んじゃうから!!』

『大丈夫よ、ゆうちゃん。人は簡単には死なないわ』

『何を根拠に!? 普通、美桜さんみたいなバカ力で殴られたら……あっ』

『……誰がバカ力ですって?』


 少年と少女は見えている地雷をみすみす踏む夫と踏まれた妻との喧嘩(一方的な暴力)を眺めていたが、やがてそれにも飽きたのか用意されていた朝食に手をつけ始めた。


『ぎゃあ!』


 二口ほど食べたところで、潰れたカエルのような声が聞こえた。どうやらもう捕まったらしい。


『ちょ、待って!!』

『とおっ…………りゃあぁぁぁ!!』



 その日、少年と少女は初めて人が空を飛ぶ姿を見た。




―――※※※※―――※※※―――




「では、次に文化祭での出し物を決めます」

「アイデアがある人は手をあげてね。その中から多数決で決めるから」


 体育祭の後始末の目処がようやく付いた頃、クラスではもう次のイベントである文化祭の出し物について話し合いが進んでいました。時間的余裕がないのでお昼休みを使って話し合いをしているのですが、それについて誰も文句を言わない辺りが、このクラスのノリの良さを現しています。

 前に立って司会進行をしている真君と茜さんが、あげられてくるアイデアを黒板に板書していく中、隣に座っていたタロ君が周りを見渡してニカッと笑いました。


「こういう雰囲気っていいよなー。あ、俺は『性別逆転喫茶』な」


 お昼ごはんのサンドイッチをほお張りながら自身も手をあげて発言すると、ははっと笑い声をあげました。


…何でまたそんな危なっかしい選択肢を増やすんですか。もし残っちゃったらどうするんです?

「さすがにそりゃねぇだろ。それにこういうのはこれくらいバカなモノがあった方が盛り上がるってもんだ」


眉をひそめてタロ君に文句を言いますが、タロ君はどこ吹く風といった様子で笑うと、新たに取り出したコロッケパンに取り掛かりました。


「…『性別逆転演劇』」

…波音さんも何言ってるんですか。ですからそういったものがもし選ばれたら

「…大丈夫。ヒロインはヒロ君、きっと映える」

…いえいえいえ、何が大丈夫なんですか。今の会話に何一つとして大丈夫な点はないですよ。

「おぉ、ヒロの女装か。ちょっとおもしろそうだな」

…だからタロ君も変な風に焚きつけないでください。


 タロ君に触発されたのか、隣でメロンパンをんでいた波音さんも妙なことを言い出し、僕は思わずため息を吐きました。

 仮にそんな出し物で決まったとしても、僕には警備の仕事があるため参加できません。

 まぁ、内装や小道具の製作くらいは手伝うことも出来ると思いますが、やはり一番忙しいのは当日です。一番に忙しくなるであろう日にお手伝いできないというのは、大変心苦しいものがあります。

 とはいえこのクラスの皆さんならば、どんな難題であろうと本番までにはどうにかしてしまうのではないか、などと思ってしまうほど適応性が高く、何よりも個々のポテンシャルが高いですから、僕一人程度抜けたところであまり問題にはならないのかもしれません。

 そんなことを考えながら、ふと壁掛けの時計を見てみると、お昼休みはもう残り半分を切っていました。


…もうこんな時間ですか。少し生徒会室に行ってきますね。

「あー、姉貴たちに呼ばれてるんだっけか。まぁこっちは任せろ、上手いこと誘導して性別逆転喫茶を出し物にしといてやるから」

「…そうはさせない。性別逆転演劇を一位に誘導する」


 一方は悪戯っぽく、一方はかなり真剣に。言い争いを続ける二人を見て、もう一度大きくため息を吐きました。




「今回の件、義弟君もクイナ嬢もよくやってくれた」

「おかげで今年の体育祭、実害はほとんどなかったよ。警察に突き出した人も何人かいたけどね」

…それは何よりです。皆さんが無事に体育祭を楽しめたなら、僕としても嬉しい限りですよ。

「わ、私は……」


 生徒会室に呼ばれた僕とクイナさんは、まず琴音さんと奏さんにねぎらいの言葉をかけられましたが、それを受けたクイナさんはどうにもバツが悪そうな顔をしてもじもじとしています。

 そんな様子に目聡めざとく気付いた琴音さんは、クイナさんの方を向いて再び口を開きました。


「クイナ嬢、あの程度のミスで負い目を感じるな」

「え? いえ、あの……」


 クイナさんとしては、何らかの叱責を受けるものだと思っていたのでしょう。そんな折に掛けられた意外な言葉に、目を白黒させながら言葉に詰まっています。

 そんなクイナさんが二の句を探し終わる前に、琴音さんが口を開きました。


「クイナ嬢はまだ若い。なら今のうちに甘えて、ミスをして、学習しろ。自らの伸びしろを出来る限り広げておくんだ」

「……伸び代、ですか」

「そう、伸び代だ。人の器の大きさはごく短い時間に決まる。その時期が今だ。その瞬間を見逃すな、惰性で生きるな。その時を見誤れば底が知れる人間になってしまうぞ。それにな……」


 話を一端そこで切ると、琴音さんはちょいちょいとクイナさんを呼び寄せる仕草をします。

 クイナさんはその行動に面食らった顔をしましたが、すぐにハッとしたような表情になり、琴音さんのもとに小走りで走り寄りました。

 そんなクイナさんを迎えるように琴音さんはイスから立ち上がると、机ごしのクイナさんの耳に小声で何事か吹き込みます。


 その瞬間、ボンと大きな音をクイナさんの顔が赤く染まりました。 


「……そ、そんなことはっ!」

「おや、否定するのか、クイナ嬢? それで数多いる恋敵らいばるに対抗できるとでも思っているのか?」

「あ、え、うう、それは……その………………………認めます」


 非常に長い沈黙のあと、諦めたようにクイナさんはカクンと首を縦に振りました。


「……ふふふ、しっかり成長しているようだ。何事もまずは己を知ることからだ、クイナ嬢」


 そんなクイナさんの様子に、満足したように琴音さんは笑うと、更にヒントだ、と言って再び小声でクイナさんに何事かを吹き込み、同時にクイナさんの髪をくくっていた髪ゴムをとりました。

 突然のその行動に、てっきりクイナさんは戸惑うかと思ったのですが、一瞬動きが止まってから、まじまじと琴音さんの顔を見てから『ホントっすか?』と問い返しました。

 そんなクイナさんの問い掛けに琴音さんは大仰に頷いて見せると、話の矛先を僕の方に変えてきました。


「なぁ、義弟君。今のクイナ嬢の髪形を見てどう思う?」

…へ? え、えぇとても似合ってるんじゃないですかね?


 突然予想だにしない話を振られた僕は、変な声を出してしまいながらも何とかそう答えると、今度はクイナさんがガバッと音がしそうな勢いでこちらに向き直りました。


「マジッすか!? それは心の底から思っての言葉っすか!?」


 何と言いますか、鬼気迫るものを感じさせるほどのプレッシャーを感じる詰問に思わず頬が引きつります。別段、嘘をついているわけでも、やましいことがあるわけでもないのですが、なぜか、こう……、背を押されるような焦燥感を感じなければいけないのでしょうか。


 とりあえず、落ち着く意味を込めて頭を振ってから、改めてクイナさんに目を向けます。

 いつも頭の頂点に纏められ、頭を下げると遅れてお辞儀をする髪の毛が、今は背を撫でるようにクイナさんの後ろで揺れています。一度も脱色をしたことがないのか、痛みの見られない髪が窓から入ってくる陽光を反射して白い光を生み出しています。いつも髪を結っている姿しか見たことだなかったので、それを解いた姿は新鮮に見えます。

 顔は上級生、しかもプレッシャーの塊みたいな琴音さんと話していたせいか、微妙に緊張して紅潮しているように見えます。身体もやはり緊張しているのかモジモジと小さく身動みじろぎしています。


 まぁ、総評しますと――



…心の底からそう思いますよ。すごく似合ってます。

「……ッ!!」


 イメージとしては小動物。若干、緊張しているところが余計にそう感じます。何と言いますか、真君や波音さんに近い感じでしょうか。頭を撫でたくなります。

 さすがに、『小動物みたい』とは言いませんでしたが、概ね思っている事を正直に口にすると、クイナさんは目を白黒させながら言葉を失っています。

 琴音さんと奏さんは、何故か後ろを向いてます。あれ、お二方とも笑っていませんか?


 なにやら皆さんが皆さん、よくわからない反応をするので首を傾げていると、午後の授業の予鈴が鳴りました。

 その予鈴が鳴り終わる頃には、琴音さんは何事もなかったかのように表情を正して、口を開きました。


「少々雑談が過ぎたな。まぁ、今日はさして目的があって呼んだわけではない。問題は無いか」

「じゃあ、クイナちゃんは授業が始まる前に教室に戻ってね。ヒロくんは少し残ってね」

「……あ、はい、えっと、失礼します」

…僕ももう教室に戻りたいので

「義弟君は残ってくれ」

「ヒロくんは残ってね」

…はい、わかりました。


 目的はないと言っていたにも関わらず、強制的に居残りを決定された僕を置いて、我に返ったクイナさんがそそくさと生徒会室の入り口に向かいます。

 クイナさんは、一瞬いつぞやの射殺さんばかりの視線をこちらに向け、ぺこりと一礼をしてから生徒会室をあとにしました。 


 僕、クイナさんに何かしてしまったんですかね……?


 どうしてクイナさんに親の仇を見るような目で睨まれなければいけないのか、よくわからずに悩んでいると、奏さんが苦笑いを浮かべて口を開きました。


「あはは。まぁ、あんまり気にしないであげてね。クイナちゃんは自分を表現するのが苦手なだけだから」

…は、はぁ。


 首を捻って奏さんの言葉の真意を理解しようと色々と思考を広げてみましたが、結局わからずじまいのままその場は過ぎてしまいました。




…ど、どういうことですか、これは?

「……まさか、ここまでとは」


 本題三割、雑談七割の話し合いを終え、なんとか六時間目が始まる前に教室に到着した際、やたらとふりふりしたドレスのような服が何着も教室内をいったりきたりしていました。

 目くるめく嫌な予感に、思わず口をついてこぼれた言葉に、横から返答がきました。

 その言葉に、横を向くと脱力して机に寄りかかっているタロ君がいました。



 煌びやかなパーティードレスを着て。



…え、えぇ? その格好はいったい

「皆まで言うな、ヒロ。それ以上言うなら俺はそこの窓から飛び降りるぞ……!」


 何故そのような格好をしているのか問いただそうとしたところ、悲壮な決意を感じる声音でタロ君が僕の言葉を遮りました。

 どうしたものか……。そう考えていたところに、テクテクと波音さんが歩いてきました。


「…全ては自然の摂理。敗者は勝者の成すがまま。…………ぷっ」

「あぁ、今日はいい天気だ。こんな日は空を飛びたくなるよな」



 突如としてスカートを翻し窓に向かって走りだしたタロ君に追いついたのは、窓からギリギリ一歩手前でした。

「思ったよりもみんな乗り気になっちゃって……。特に女子がすごくって」

…そうなんですか。さすがに皆さんそこまで悪乗りしないと思ったんですが。

「演劇部の人なんかは小道具のドレス持ってきちゃってるし」

…あー、そのー、なるほどー。

「……ヒロ、俺からあからさまに視線を外すな。善意はときに悪意よりも人を傷付けるんだぞ」

「…配役も決定済み」

…僕は忙しいですからたいしたことはできないですよ?

「…折込済み。ヒロ君はもしもの時の代役」

…代役ですか? それならなんとか……なるんですかね?

「…大丈夫」

…ちょ、波音さん鼻血出てますよ!

「…大丈夫」

…いえ、力強くサムズアップしても鼻血は止まってませんからね?


次回『デートに行こう!』


「…………ってか何で俺だけ着替えさせられたんだよ」

「…何となく」


お楽しみに!

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